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第2話
パチモンの笑顔 (4)
しおりを挟む夜の後宮の石畳を歩く琳華は暫くしょんぼりとしていたが……翌日、それがとんでもない風評を生じさせる。
後宮内では秀女たちの見目について早速、ある事ない事なんでも混ぜ込んだ噂話が下働きの下女たちの間で交わされ始めていた。
「お嬢さまぁ」
梢が語尾をだらしなくするときは基本的に琳華と二人だけの時に限定される。今朝も秀女たちは広間に集められ、朝礼と今日一日の行動について説明を受けた。
そして今は個々の部屋での朝食の時間。
ひそひそと琳華の部屋の前には官職ではない若い下女たちがひと目、元布団部屋に住まう秀女を見ようとしていた。
琳華への配膳の直前まで梢は扉のそばでそわそわと聞き耳を立てていたのだが下女たちが簡易的な食卓を作って出て行ったあとのこと。
「最年長の年増って言われていますぅ~」
「仕方ないわよ。間違いなく、事実なのですから」
それに自分は目的が違う、と梢に言う琳華は汁物などがちゃんと熱く温められている事に気がついた。
(昨夜はなんとなくぬるい感じだったのに湯気が……時間の関係かしら)
逗留している寄宿楼には広い炊事場がある。秀女と侍女たち分の食事はそこで“後宮に訪れた客人用”として作られているのだが今朝のおかずは昨夜より少し多いようにも見える。
先に梢が毒見がてら小皿に取り分けて口にするが「お野菜も柔らかく煮てあって美味しいです」と言っている。昨夜は味や食感に言及せず「大丈夫です」としか言っていなかった。確かに、正直に言えば街の食事処の方がうんと美味しいくらいの……。
「小梢も聞いたと思うけれど今日の午後、わたくしたちの予定の中に後宮内の案内と散策があったわよね」
「はい。お作法の座学のあとに……そうなりますと昨夜の」
「ええ、その中に」
取り分けて貰った食事に手を付けようとした琳華は口を噤む。
「ねえ小梢」
急に小さな声になった琳華はちょいちょい、と梢を傍に寄せる。
「わたくしたちだけの言葉やしぐさを作った方が良いかもしれない。ほら昔、父上の目を掻い潜って街に遊びに行く計画を立てていた時みたいに」
正直、ここの部屋から漏れ出る声を誰が聞いているか分からない。洗濯物干しにも使っていたような日差しのよくあたる角部屋であるが実際は悪い面もあり、二方向の窓から覗き放題となっていた。
部屋には大きな衝立が二枚あるが一枚は扉の前、もう一枚は琳華の寝台と着替えの場所に置いてあった。
梢は「慎重に行動をしないとなりませんね」とぐるりと部屋を見回す。
昨夜、親衛隊長の偉明が言っていたように感情のみならず言動も慎まなければならない。すぐに反応をせず、まずは一呼吸おいてから行動に移した方がいい。
朝食の時間はあっと言う間に過ぎ、膳を下げに来た先ほどとはまたがらりと人が入れ替わったらしい下女たちがじろじろと不躾にも食後のお茶を飲んでいる琳華を好奇の目で見た。しかしそこで琳華は下げに来た下女たちににこっと笑いかける。
直接的な言葉は発しなかったが優しく、ほんのりと口角を上げて彼女たちへ礼の意思を示した。
下女たちはとても若い、少女と言っても良いような年齢の女の子たちが混ざっている。
ゆえに梢よりも年若く、廊下では小さな歓声が上がっていた。
「……チョロイわね」
「お嬢様、地の部分が早速お出ましに」
「あら失礼」
頭が良くなければ秀女になれない。
しかし琳華は武官の父と文官の母の血を引いた子供。兄たちはそれぞれに受け継いだが彼女は特別。知を元にした計略を実行するには度胸が重要であり、その度胸を得るにはやはり健康な体も必要だった。琳華はそれらのどちらも兼ね備えている。
「わたくしは姫……猫のように、しなやかに……」
「見せかけの皮など被らずともお嬢様はとっても素敵な女性なのに」
ぶつぶつと独り言のように復唱している琳華。偉明に言われた事が侍女として未だにちょっとだけ許せないでいた梢は唇の先をきゅっと尖らせながらも最後にはぐい、とお茶を飲む。本来ならば琳華と梢は絶対に覆らない主従の関係。茶どころか席を共にするなどあってはならないが琳華の性格上、人が見ていない所では梢を自由にさせていた。その方が自分も疲れないから、と琳華は梢に伝えてある。
言わば二人は元から『ソトヅラは良い』部類だった。誰も見ていなければ姉妹に近い振る舞いが行われているし、誰かの目がある場所ではしっかりとした主従関係を装っている。
「ほかの秀女の方たちを観察していれば多少なりともわたくしの所作も良くなるかしら」
まだまだ偉明からの強めなジャブが効いている琳華は物憂げに小さく息をつく。しかし今日は今から昨日の夜に言われていた通りに皇子の謁見が秘密裏に行われる。
「小梢、髪形はあまり目立ちすぎないように……羽織も昨日と同じ薄桃色の物で構わないわ」
「承知いたしました。ではお化粧もいつも通りのお色にしましょう」
食後のお茶もあまりゆっくりはしていられない。
昼の後宮内の散策を兼ねた案内が始まる前は座学として基本的な後宮での振る舞い方などの講義を受ける。その講義は後席で御付きの侍女たちも必ず聞くこと、となっているので主人と一緒に逗留している侍女たちは皆が出なくてはならない。
「そうだ。小梢はあの濃い桃色の石がついた簪が良いわね。わたくしの口紅の色や羽織りとも合う」
「あのぅ……本当に私が頂いてよろしいのですか?」
「当たり前じゃない。周家は気前が良いのよ」
その言葉は梢が遠慮をしないようにするための建前だった。琳華も単純に飽きたわけなどではなく、梢に似合うと思っていた。
そうしている内に集合の時間となり、琳華は梢を伴って寄宿楼の上階にある広間へと向かった。
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