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第5話
本当の秀女選抜 (5)
しおりを挟むそれから梢用の一回り華奢な組紐も偉明から手渡された琳華は「一応、形式上」と偉明から今回のこの“表側の役目”としての証文に細筆で署名をし、梢もまたその隣に自分の名を書き記す。
退室する間際、琳華と梢は白い組紐を帯に提げてから偉明と雁風に浅く一礼をして執務室から出て行った。
なんとか平静を取り戻した雁風は偉明の顔をちらりと見る。
「今日は薄化粧だったが女人はその時々で使い分けるのだな」
「隊長……」
張っていた肩を下げた雁風は偉明がしでかした事をどうやって彼の気に障らぬよう伝えるか考えあぐねる。確かに偉明自身、上級貴族の子女であり産まれた時からあまり女性とは関わって来なかったとしても、である。
雁風も偉明とは子供のころからの馴染み。雁風は商人の息子で都に住んでおり、近所の武芸の稽古場で“表向きの”ガキ大将をしていた。
その稽古場に偉明も通っていて、もちろん彼が真のガキ大将であったのだが……偉明は近所の女の子たちからとても人気だったにもかかわらず本当に興味が無かったのか、仕事一筋でここまで上り詰めてしまった。
外部の妓楼や宮殿内で行われる酒宴にも社交辞令以外では足を向けず、多分なのだが彼は教科書通りの男女のアレやソレやしか知らない。最近は落ち着いているが長いこと『仕事、および鍛錬ひと筋』過ぎてちょっと心配になっていたところ。
そんな偉明が琳華の日々の様相の違いに気がついている。
「隊長、昨日の琳華殿のお姿は」
「化粧が濃かったな。落とすのも一苦労であろう」
「ああ……」
だが、と偉明は琳華が座っていた椅子を見る。
「宗駿様の御前ともなれば相当に気合が入っていたのだろうな。流石、周先生のご息女だ」
「あああ……はい、そうですね……」
間違ってはいないが、ズレが生じている。
しかしこの偉明の変化はとても珍しかった。偉明の表の顔と裏の顔、そして彼の本当の素顔も雁風は大いに知っているがそれを見せているのは自分や親しい隊士、宗駿皇子の前だけ。
いくら恩義のある周家の末娘であろうがその対応は“裏の顔”止まりで今までと変わらない、と考えていたが……。
「隊長。そのお言葉から察するに今、琳華殿の事を若干お褒めになりましたよね」
「そうか?」
偉明の『気合いが入っていた』の言葉に褒め言葉のニュアンスが含まれていた、と雁風は思う。
この張偉明が女性の振る舞いを褒め、指先の柔らかさの感想を述べるなど。
「先ずはご息女の動向について周先生にご報告をしに行かねば」
「確かに、それに関しては早めが宜しいですね」
「ああ……これは私と先生の約束だからな。日が暮れる前には兵部省へ証文を渡しに行こう」
深く頷く雁風に偉明の視線は琳華が座っていた椅子から離れる。今日の分の事務仕事を早めに終わらせ、警備全般を司る兵部省に向かう為に執務机の方に回り――空になった小さなつづらの蓋を閉め、ほんの少しだけ偉明は物思いに耽る。
受け取らせた時の琳華のあの表情は何だったのだろうか。薄化粧の下の頬も赤くなっていたがそうなってしまうほど、組紐が貰えて嬉しかったのだろうか。
「ふむ……」
ぼそ、と呻いた偉明に「どうかなさいましたか?」と雁風は問いかけるが横に小さく首を振られるだけ。
「宗駿様もそろそろ痺れを切らす頃合いだな、と」
「今日一日、他の者に任せましたがやはり隊長の方がお話ししやすいでしょうし」
「ああ。有難く、尊いことなのだがな。些か悪戯心をお持ちゆえ」
親衛隊の兵に紛れて秀女を見に行きたいと言われた時は頭を抱えたが世は変わってきている。事の全貌は知らせていないが親衛隊や兵部の一部の官僚が裏で動いていること自体は皇子自身、薄らと勘付いている様子。それにどうやら周琳華を正室や側室候補としてではなく、人として気に入ったようだった。
兵に紛れたあと、薄絹越しでの謁見の場が早々に組まれたのも実のところ琳華に興味があったからだと白状された。
周琳華ならばきっと良き女官になれる、と。
事務仕事を進める為に細筆を握る偉明は目の前の広い卓の方で仕分け作業を始めた雁風に再び話し掛ける。
「なあ雁風、ご息女はどのような色を好むのだろうか」
「は……え、えええ?!い、今なんとおっしゃって」
「白の組紐をいたく気に入っていたようだが」
違う、きっとそうじゃない。
口からぽんっと出そうになった言葉を何とか飲みこんだ雁風は「なんにせよ、贈り物と言うのは女人にとって嬉しい物なのではないでしょうか」と言う。大きな体、武骨な見た目のわりにそう言う所は偉明と違ってしっかりとしている雁風は「純粋に彼女は嬉しかったのではないか」と本当は言いたかった。
勝手知った仲なので言っても問題はないのだが偉明は女性が喜ぶであろう上っ面だけの言葉や振る舞いを書物や周りの人間から複製しているだけで本人の意思はあくまでも“宗駿様の為”である。
そこにそれ以上の他意はないはずであった。
しかし雁風は見ているのだ。琳華と接する時の偉明のいつもと違う表情を。眉尻を落としたり、笑ったり、目が笑っていないいつもの表向きの顔とは全然違っていた。そして今も不思議そうな顔をして――周琳華の事を考えている。
渡した組紐も彼女が好むかどうかを彼が自然に考え、細工の意匠を決めたのだ。
子供の時から武芸と皇子の為に生きて来たような男が、だ。
世を渡る為だけの口八丁手八丁ではない振る舞いを見せるなど。皇子や自分たち以外では絶対に見せなかったことを今、している。
それに皇子も周琳華の人となりについて確かな興味を抱いている。彼女は人を惹きつける何かを心の内に秘めているのではないだろうか。
偉明と共に宮殿に勤めるようになった雁風も色々な人物を自分の目で見て来た。厳しい鍛錬の末に人がそれぞれに纏う覇気のような物も感じられるようになり……周琳華は確かに、他の女性とは少し違う。
綺麗な面立ちだけでも人目を惹くだろうがその心を知ればきっと皆に好かれる。
「隊長、琳華殿は貴族の幼い子女向けに家庭教師をされていたようですが……今回のお役目、相当良き案だと俺は思います」
周琳華に誰も有無を言わせぬ通行手形を持たせ、自らを含めた男性兵士との接近も許可するよう秀女たちを管理する女官たち、さらにその上の方に進言したのは偉明だった。いつものその口八丁で「私自身、宗駿様にご報告を申し上げやすい。それに私は女官たちとのやり取りも慣れておりますので秀女の方への対応についても」ともっともらしい事をあれこれ述べ、琳華に組紐を持たせる事について見事、承認を得た。
たとえ彼女が何かを探る為に後宮内をうろついていてもそれこそ“もっともらしい事”さえ述べられれば誰も彼女が嘘をついて歩き回っていることなど分からない。
琳華も頭が回るので咄嗟の言葉など造作もない筈、と踏んでのこと。
それに彼女と侍女を後宮内でより自由に動かす為にはこれしか術が思いつかなかった。
この件に関して許可を出したのも彼女の父親の息が掛かった者。
事の次第を知っているのは上層部かつごく一部の者のみ。秀女として娘を別枠で無理やり押し込んだのは単なる周家の利権についてかと周囲には思われていた。
その実は王朝の安泰の為、皇子の為だなど、多くの者は知りえない。
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