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第6話
勝てば官軍、ヤッたもん勝ち (1)
しおりを挟む周琳華に通行証が渡されて二日後のこと。
真相を知らない秀女たちは昨日からずっとざわめいた。いくら彼女が最年長で、家柄も申し分ないとは言え自分たちの中では地味な振る舞いが多い。厳しい意見をすれば積極性を欠いているようにも見える。
それなのに事実上の秀女たちの筆頭の扱いだ。先日も家具が良い物に取り換えられているのを見ている。
しかしそれを女官に抗議をしたとて覆らない。どれだけカネを積んだのか、と朝方に瞬間的に噂が立ったがそれは夕方には立ち消えた。琳華は後宮に住まう女官たちから評判が良いため、本当にすぐに噂は消えてしまった。
秀女たちにどれくらいの体力があるか見極める為に案内として庭を暫く歩かせた時も琳華は一人だけ、なんでもないような顔をして文句のひとつも囁かなかった。それに後方で後れをとりそうになっている別の秀女に声を掛けていたのも女官たちはしっかりと見ていた。
急な謁見があった際にも彼女は自分の美しさを理解した装いで格式高い渋い色の羽織にきりっとした華のある化粧を……つまり周琳華は文句の付けどころがない手本のような女性だった。
気質なのか、少々控え目な振る舞いはしているが肝心な所はしっかりと外さない。官職以下の下働きの下女からも評判はすこぶる良く、小言もなく怒鳴ったりもしないし配膳の礼としていつもにこっと笑いかけてくれると各部署の女官は報告を受けている。
「お嬢さまぁ、今日は休養日ですし少し横になられた方が」
しかし当の本人は目が死んでいた。
どうしても帯の所で揺れる白い組紐が人目をひいてしまうのだ。それに一昨日、よくよく思い返してみれば偉明を前にして、ちょっとだけやらかした。
「完璧な秀女であれば……いずれ勝手に……よくない者が擦り寄ってくる、と……偉明様から言われてそう振る舞っているつもりだけれど……うう……たかが一日、二日でこんなにも色々な方の視線に……んうううう……」
半ば偉明に見立てた肘置きを胸に抱えてぎゅうぎゅうと締め上げている琳華は「これらは宗駿皇子様の為なのに」と改めて後宮での生活は針のむしろの中にいるのと同じと感じてしまう。
「でも、ね……小梢。これしきのこと、秀女たるもの、よね」
梢は侍女としての矜持を持っている。本来ならばとても酷い環境で奴隷のように働かされたかもしれない所を琳華の父親が寸前の所で阻止した。それからずっと、琳華の為に良き侍女としてあることが梢の矜持になっている。
琳華もまた、そんな彼女の為に良き主人であろうとしたが今回は規模が違う。環境も違う。人の耳と目の数が異常なほどある。
「冬の御方はわりと頻繁にお嬢様の様子を伺ってくれていますが正直な所、殿方でありますから」
「ええ、そうね。でも、なんでしょうね……そこまで嫌な気持ちはしないの」
胸に抱いていた綿の詰まった肘置きを抱き締めて俯く主人に梢は言及せず、むずむずする口元をぎゅっと引いてにこにことする。通行証の組紐が渡され時の様子を見て確信に至ったのだが琳華は偉明に恋心を抱いている、かもしれない。
彼の前で頬を真っ赤にさせ、部屋に帰って来てからはそれを発散するように肘置きを抱き締めながら砂糖菓子のように甘い味がしそうな愚痴を言っていた。
「で、も!!」
むぎゅう、と琳華は肘置きを強く締め上げる。
「この秀女の道を極めて務め上げたあかつきには、以前よりももっと良き女官候補になれる気がするの」
「ええ、ええ。お嬢様ならきっと素晴らしい官職を賜れると私も思います」
「いつも事を為すにはいの一番にスジを通せ、と父上はおっしゃっているわ。何事もそう。やることをやって、それで駄目ならその時は運が無かったと言うこと。一回駄目だったくらいでわたくしは諦めない。遠回りしたって、きっと良い結果に辿り着くはず」
自分に自信を持って言う主人の過去の失敗を梢は山ほど見て来ている。二人で一緒に作る干菓子などもしょんぼりしてしまうくらいの失敗も何回も経験している。美味しくないわね、とそれでも責任を持って暫くの間はそれをおやつにしていた琳華の姿。そして上手く出来れば家庭教師をしている所の小さな姫君に学習のご褒美として持ち出して分けたりしていた。
利発な性格に優しさや忍耐強さも備わっている。向上心も忘れない人として立派な振る舞いをしている琳華。自然と皆に好かれるが彼女自身の悩みは尽きない。
「ふう……」
琳華が溜め息にも満たない吐息をつく時は何かに折り合いをつけようとしている時が多いのを知っている梢は横にならないなら庭に散歩へ出ないか、と誘う。
言われた琳華は秀女の筆頭として皆を率いる為の大義名分を手に取り、しげしげと眺める。
「この時間ですと東宮の門番は冬の御方の」
「そうね……それならそちらの方に行こうかしら。わたくしがうろついていても事情をご存じなら気に留めないでしょうし」
元布団部屋に入ったその一番初めの日。偉明からの密書のごとく仕掛けが施されていた紙帯に書かれていた時刻。そして秀女たちに配られた案内図にあった針の先ほどの赤い点。
偉明を冬の御方、宗駿皇子を春の御方、と呼び分け……組紐を受け取ってからの琳華は意識的に秀女たちについて“監視”まがいの目を向けていた。それゆえに疲労は他の秀女の比ではない。いくら体力があっても事態に慣れていない心は知らず知らずのうちに疲弊する。
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