ルール無用、だから恋

三日月

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選ばれない過去

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「おぅ」
「お邪魔しますっ」

千種が内側から扉を開けると、強張った顔を無理矢理笑顔に変えて男が入ってきた。
間宮 匡、千種の会社に三年前高卒で入ってきた一回り離れた後輩。
入社当時は、173cmの千種より頭一つ小さかったらしいが、今では抜かされ日々の倉庫業務で厚みも増し逞しく成長している。

営業の千種とは、トラブルが起こったとき以外直接の接点は無いが、一年前にセフレになってからは度々この家に来ている。

「うわぁ、いい匂いがするっ」
「こっちも残業で有るものしか用意出来てないんだけどな」
「あぁ、今日の品番違い大変でしたよね。
俺も引っ張られて探したけどなかなか見つからなくて・・・課長が、棚卸しまでにここもキレイにしてやるって魔の四番棚に向かって吠えてました」
「あぁ、あの何でもかんでも余ったものを置いてく棚な。
今回はあそこから発掘されて助かった」
「いやいや、棚卸しで有るべきところに戻しておいたらもっと早く見つかりましたよ」
「じゃあ、よろしく頼む」

千種は、相手の上着を玄関横のハンガーに掛けてやりながら平静を保てと自分に言い聞かせる。
予定では、今夜は初めて鍵を使えたと喜ぶ匡をチャカしつつ、ワインとローストビーフでこっそり胸の内で祝セフレ一周年を祝うつもりでいた。
千種は社会人になってから、セフレ関係が一年続くまで鍵を渡さないと決めていて、匡はその初めての相手だったのだ。

うん、買わずにおいて良かったんだ。
どう考えても、そんな雰囲気にはなりそうに無いじゃないか。

付き合いが続いたからわかる不自然さ。
そわそわ落ち着かない匡に、先に食べてくれと出来立てのツマミを並べて缶ビールも渡す。
最後の晩餐なら、相手の記憶にも残らないものにしておかないと俺が引きずる。
台所に戻った千種は、後は白飯と味噌汁で十分だなと鍋に水を張り点火した。
足りなければ帰り道に何処かによれば良いんだ。

鍋の水面に、ゆらゆら自分の影が映り込む。
「営業の王子様」と未だに女性陣から騒がれていても、三十路を過ぎたその顔はそれなりの顔にしか見えない。
千種は中学で自分の性癖を自覚し、当時の親友から始まってノンケばかり好きにってしまう自分をずっと持て余していた。
その頃はもっと小柄で華奢で王子様と呼ばれても違和感のない外見だったが、例えうまく付き合うところまで手繰り寄せても裸を見せただけで別れることもあったし、ノンケ以外から告白されて付け回されることのほうが圧倒的に多かった。

あとは、女と二股をかけられる、元カノとよりを戻される、卒業後の先輩と遠距離になり有耶無耶にされる・・・凡そ代表的な別れを高校で経験してから大学に進み悟った。

付き合うなんて高望みは、捨てるに限る。

社会に出てからはセフレしか作らないと決め、男に興味がありそうなノンケにセフレを持ちかけたり、人肌寂しさにその夜限りの関係を持つことにしていた。
ネコ希望なのにスクスク無駄に伸びてしまった高い身長と整いすぎる王子様顔は、タチのコンプレックスを傷つけるらしく不評なのだ。

今の匡との出会いは偶然だった。
同じ会社の同じ工場に在籍していても、名前も知らないまま異動することのほうが多い。
たまたまプロジェクトで一緒になった資材課長から、部署の飲み会に来ないかと声を掛けられ知り合った。
社内の人間には手を出さないと決めていたのに、それまでの最長、二ヶ月続いた相手と別れてすぐのお酒が悪かった。
社会人二年目の、成人したての若者。
これから仕事も恋愛も楽しめる匡に絡み、家まで送らせそのままベットに引き入れた。

翌朝、「責任を取らせてください」と土下座で詫びる匡にセフレを持ち掛けたのは早く隙間を埋めたかったからだ。


そう、深い理由なんて無かったはずだ。
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