【本編完結】おじ様好きオメガは後輩アルファの視線に気が付かない

虎ノ威きよひ

文字の大きさ
65 / 110
三章

何言っちゃってんだ

しおりを挟む
 山吹が着ているコートの襟首を掴んだ杉野が、元旦の空気よりも冷たい目をして立っている。
 触り心地の良さそうなモフモフとした毛で出来た襟が千切れてしまいそうなほど力が入っているのが、手の震えから伝わってきた。

 何故そこまで杉野が凄んでいるのか分からない藤ヶ谷が固まっていると、襟首を掴まれている山吹がへらりと表情を緩める。

「怖い怖い。藤ヶ谷さんに告白したらフラれたんだよ慰めてくれよー」
「あ? 告白?」

 引っ張られた弾みにズレた眼鏡を中指で直しながら、山吹は軽いノリで状況説明にもならないことを言う。
 間に受けた杉野の声は更に低くなるが、藤ヶ谷は構わずに2人の会話に割り込んだ。

「頭を真っ白にしてあげられるなんて告白、聞いたことねぇよ」
「つれないなぁ」

 大して残念そうでもない調子で、山吹はため息と共に首を振る。
 藤ヶ谷は友人同士のじゃれあいと受け取って適当に流すつもりだったのだが。

「お前……」

 杉野は山吹に眉を寄せた顔で迫る。
 襟首のフワフワの毛が、杉野の指の間からパラパラと数本落ちていった。
 2人でいた時の余裕はどこへやら、山吹は藤ヶ谷の腕を掴んで助けを求めてくる。

「藤ヶ谷さーん! あなたの杉野、怖すぎなんですけどー」
「いや俺のじゃねぇけど」

 また山吹がふざけているのだと、藤ヶ谷は呆れた声で否定する。
 自分のものになったら嬉しいが、そう言えるほど図々しくもなれないと本気で思っていた。

 しかし山吹は、

「さっき言ってましたよ。『俺の杉野に触るな!』って」

 と、今度は杉野の方を振り返って胸に縋り付く演技をした。
 それを聞いた藤ヶ谷は両頬を押さえて大げさに口を開ける。

「えー? そんなこと言ったか?」
「言いました」

 ほんの一瞬前まで山吹を責め立てるオーラを放っていた杉野は、スンッと真顔になって力強く頷いてきた。

 先ほどはヒート中のオメガに杉野が発情してしまったらと、居ても立っても居られない気持ちだった。
 どうやら、無意識のうちに口走っていたらしい。

 どうも思い出せなかったが、藤ヶ谷は軽快に杉野の背中をバシバシと叩く。

「まぁ大事な後輩だしな! 間違ってねぇか! な?」

 不自然なほどの満面の笑みを浮かべる藤ヶ谷は、内心ではのたうち回っていた。
 1人きりで家にいたら床中を転がり回ったのち、布団にダイブして1時間は出てこなかっただろう。

(うわぁあああ! 何言っちゃってんだ俺! 誤魔化せた? 大丈夫?)

 杉野の顔を恐る恐る見ると、さして気にした風でもなく頷いている。

「そうですか。そうですね」
「そうそう!」

 何度も忙しなく首を縦にふる藤ヶ谷に小さく息を吐いた杉野は、山吹への怒りをおさめて保冷剤を差し出した。

(良かった! 杉野が意外と鈍くて良かった!)

 寒いはずなのに変に汗をかいてしまった藤ヶ谷は、マフラーを緩めてパタパタと仰ぐ。
 山吹は保冷剤をハンカチで包みながら、呆れ返った表情で杉野に耳打ちした。

「納得すんのかよ。もっと押せよ」
「押せもなにも……本当に何も考えてないんだよあの人」
「なんかもう泣けてくるんだけど」

 山吹は目元を覆って項垂れる。
 これまでの経験で藤ヶ谷の言動に深い意味はないと思い込んでいる杉野は、最早ガッカリもしていない風だ。

 そんな2人のやりとりに、藤ヶ谷はもちろん気が付いていない。相変わらず杉野と山吹は仲がいいなと思っているだけだ。

 噛み合っていない藤ヶ谷と杉野を交互に眺め、山吹はまぁいいや、と呟いた。
 そして、頬を押さえながら片手を上げる。

「じゃ、デートの邪魔して悪かったな。助けてもらった礼はまた後ほど。邪魔者は退散するからごゆっくりー」

 あっさり立ち去ろうとする山吹に、このまま一緒に周辺を回るつもりでいた藤ヶ谷は目を丸くする。
 だが隣の杉野が何も否定せずに手を振っているので、止めることができずに黙って見送った。
しおりを挟む
感想 269

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

孤独の王と後宮の青葉

秋月真鳥
BL
 塔に閉じ込められた居場所のない妾腹の王子は、15歳になってもバース性が判明していなかった。美少女のような彼を、父親はオメガと決め付けて遠い異国の後宮に入れる。  異国の王は孤独だった。誰もが彼をアルファと信じているのに、本当はオメガでそのことを明かすことができない。  筋骨隆々としたアルファらしい孤独なオメガの王と、美少女のようなオメガらしいアルファの王子は、互いの孤独を埋め合い、愛し合う。 ※ムーンライトノベルズ様にも投稿しています。 ※完結まで予約投稿しています。

当たり前の幸せ

ヒイロ
BL
結婚4年目で別れを決意する。長い間愛があると思っていた結婚だったが嫌われてるとは気付かずいたから。すれ違いからのハッピーエンド。オメガバース。よくある話。 初投稿なので色々矛盾などご容赦を。 ゆっくり更新します。 すみません名前変えました。

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

さかなのみるゆめ

ruki
BL
発情期時の事故で子供を産むことが出来なくなったオメガの佐奈はその時のアルファの相手、智明と一緒に暮らすことになった。常に優しくて穏やかな智明のことを好きになってしまった佐奈は、その時初めて智明が自分を好きではないことに気づく。佐奈の身体を傷つけてしまった責任を取るために一緒にいる智明の優しさに佐奈はいつしか苦しみを覚えていく。

アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました

あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」 穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン 攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?   攻め:深海霧矢 受け:清水奏 前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。 ハピエンです。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。 自己判断で消しますので、悪しからず。

処理中です...