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三章
どんなあなたでも
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やってきた人物に、八重樫が明るく声を掛けるのが聞こえる。
「おー杉野、来てくれたか。私はこのあと会議でなー」
予想通りの人物の名前を聞いた藤ヶ谷は、布団から顔は出さずに慌てた声を上げる。
「えっ部長、今日は会議ないですよね」
「なんで予定把握してるんですか」
くぐもった藤ヶ谷の声に、いつも通り即座に杉野の呆れ声が反応した。
スケジュール管理システムで、誰でも社員の予定を見ることが出来る。
藤ヶ谷は個人的な趣味で、八重樫のスケジュールをちゃっかり確認していた。
だが八重樫は快活な声と共に立ち上がると、後は任せたと杉野の肩を叩いた。
「いやぁ急にね、入ったんだよー。じゃあ私はこれで。杉野、頼んだぞ」
「部長! 行かないで置いてかないでぇ!」
「何言ってんですか子供みたいなこと言わないでください」
情けない声を上げ、ようやく布団から顔を出して起き上がると、杉野にベッドへと押し戻される。
なんと言われようとも、今、杉野とふたりきりになるのは精神的にもヒート中の肉体的にも耐え難いものがあった。
副作用の甲斐あって抑制剤はよく効いているが、これもいつまた効果が切れるか分からない。
追加で飲むのは、確実に家に帰そうと考えているであろう杉野に止められてしまうに違いないのだ。
ベッドに強制的に寝かされながら、藤ヶ谷は必死で手を伸ばす。
「わーん部長ー! 番になってなんてもう嘘でも言わないから一緒にいてー!」
「は?」
藤ヶ谷の必死の訴えも杉野のドスのきいた低い声にも笑顔で手を振り、八重樫は医務室の扉を閉めてしまった。
(行っちゃったー)
絶望している藤ヶ谷を、怒りが滲んで見える杉野が立ったまま見下ろす。
「藤ヶ谷さん、抑制剤の量を増やしすぎたって聞きました」
「き、効きが悪くて」
「無理しすぎです」
心配してくれているのは重々承知していたが、藤ヶ谷も必死で考えた末の行動だ。
加えて体調も悪く、いつものように説教を聞いている心の余裕がなかった。
自分を守るように改めて布団を口元まで引き上げた藤ヶ谷は、フイッと泣き跡が隠せない顔を背けた。
「……っお前だって毎日ずーっと飲んでる上に、強い薬だって」
「アルファの俺とオメガの藤ヶ谷さんでは薬の耐性が違う。真似しないでください」
「でも」
もっともなことを言い、静かに諭してくれる杉野に、どうしても反発しそうになる藤ヶ谷だったが。
「気持ち悪くなんてないです」
布団を握る手に大きな手を重ねられて口を閉ざした。
「ヒート中の藤ヶ谷さん、いや……ヒート中じゃなくたって、魅力的です。自分の性別や体を嫌がらないでください」
藤ヶ谷を気遣う、真剣な声に胸が高鳴る。
視線を杉野に戻すと、熱い瞳が藤ヶ谷を見ていた。
それは、昨夜から発情の熱に喘ぎながら頭の中で求め続けたものだ。
「俺は、どんなあなたでも好きです」
動き過ぎた心臓のせいで血の巡りが早い。
呼吸の仕方が分からなくなる。
自分の妄想と、現実との区別がつかなくなりそうだった。
「杉野、俺……」
俺もだ、そう口に出そうとした時、頭の隅に冷静な藤ヶ谷が顔を出す。
(いや、杉野が好きな人って運命の番だろ)
重ね返そうとした手が行き場を無くし、ぎゅっと独りで握りしめる。
杉野は藤ヶ谷を元気づけるために、同僚として「好き」だと言ってくれたに過ぎないと結論付けた。
舞い上がりそうだった気持ちを落ち着けて、杉野の手を外しながら藤ヶ谷は上半身を起こす。
「好きなんて。そんなん、言うなら」
諦め切った表情で口元に笑みを浮かべると、カラーに手をやった。
「お前の番にしてくれよ」
ベルト式の黒いカラーを外すと、緩んだネクタイと外したボタンの間から首元が露わになった。
「藤ヶ谷、さん?」
暗い瞳をした藤ヶ谷の行動に、杉野が動揺するのが伝わってくる。
杉野は決して、藤ヶ谷に手は出さないだろう。
その強靭な理性を打ち崩したという「運命の番」への嫉妬で、藤ヶ谷の胸の内は焼かれるようだ。
「そしたら抑制剤なんて、飲まなくて済むんだから……っ!?」
突如肩を掴まれ、勢い良くベッドに押し倒された。
「おー杉野、来てくれたか。私はこのあと会議でなー」
予想通りの人物の名前を聞いた藤ヶ谷は、布団から顔は出さずに慌てた声を上げる。
「えっ部長、今日は会議ないですよね」
「なんで予定把握してるんですか」
くぐもった藤ヶ谷の声に、いつも通り即座に杉野の呆れ声が反応した。
スケジュール管理システムで、誰でも社員の予定を見ることが出来る。
藤ヶ谷は個人的な趣味で、八重樫のスケジュールをちゃっかり確認していた。
だが八重樫は快活な声と共に立ち上がると、後は任せたと杉野の肩を叩いた。
「いやぁ急にね、入ったんだよー。じゃあ私はこれで。杉野、頼んだぞ」
「部長! 行かないで置いてかないでぇ!」
「何言ってんですか子供みたいなこと言わないでください」
情けない声を上げ、ようやく布団から顔を出して起き上がると、杉野にベッドへと押し戻される。
なんと言われようとも、今、杉野とふたりきりになるのは精神的にもヒート中の肉体的にも耐え難いものがあった。
副作用の甲斐あって抑制剤はよく効いているが、これもいつまた効果が切れるか分からない。
追加で飲むのは、確実に家に帰そうと考えているであろう杉野に止められてしまうに違いないのだ。
ベッドに強制的に寝かされながら、藤ヶ谷は必死で手を伸ばす。
「わーん部長ー! 番になってなんてもう嘘でも言わないから一緒にいてー!」
「は?」
藤ヶ谷の必死の訴えも杉野のドスのきいた低い声にも笑顔で手を振り、八重樫は医務室の扉を閉めてしまった。
(行っちゃったー)
絶望している藤ヶ谷を、怒りが滲んで見える杉野が立ったまま見下ろす。
「藤ヶ谷さん、抑制剤の量を増やしすぎたって聞きました」
「き、効きが悪くて」
「無理しすぎです」
心配してくれているのは重々承知していたが、藤ヶ谷も必死で考えた末の行動だ。
加えて体調も悪く、いつものように説教を聞いている心の余裕がなかった。
自分を守るように改めて布団を口元まで引き上げた藤ヶ谷は、フイッと泣き跡が隠せない顔を背けた。
「……っお前だって毎日ずーっと飲んでる上に、強い薬だって」
「アルファの俺とオメガの藤ヶ谷さんでは薬の耐性が違う。真似しないでください」
「でも」
もっともなことを言い、静かに諭してくれる杉野に、どうしても反発しそうになる藤ヶ谷だったが。
「気持ち悪くなんてないです」
布団を握る手に大きな手を重ねられて口を閉ざした。
「ヒート中の藤ヶ谷さん、いや……ヒート中じゃなくたって、魅力的です。自分の性別や体を嫌がらないでください」
藤ヶ谷を気遣う、真剣な声に胸が高鳴る。
視線を杉野に戻すと、熱い瞳が藤ヶ谷を見ていた。
それは、昨夜から発情の熱に喘ぎながら頭の中で求め続けたものだ。
「俺は、どんなあなたでも好きです」
動き過ぎた心臓のせいで血の巡りが早い。
呼吸の仕方が分からなくなる。
自分の妄想と、現実との区別がつかなくなりそうだった。
「杉野、俺……」
俺もだ、そう口に出そうとした時、頭の隅に冷静な藤ヶ谷が顔を出す。
(いや、杉野が好きな人って運命の番だろ)
重ね返そうとした手が行き場を無くし、ぎゅっと独りで握りしめる。
杉野は藤ヶ谷を元気づけるために、同僚として「好き」だと言ってくれたに過ぎないと結論付けた。
舞い上がりそうだった気持ちを落ち着けて、杉野の手を外しながら藤ヶ谷は上半身を起こす。
「好きなんて。そんなん、言うなら」
諦め切った表情で口元に笑みを浮かべると、カラーに手をやった。
「お前の番にしてくれよ」
ベルト式の黒いカラーを外すと、緩んだネクタイと外したボタンの間から首元が露わになった。
「藤ヶ谷、さん?」
暗い瞳をした藤ヶ谷の行動に、杉野が動揺するのが伝わってくる。
杉野は決して、藤ヶ谷に手は出さないだろう。
その強靭な理性を打ち崩したという「運命の番」への嫉妬で、藤ヶ谷の胸の内は焼かれるようだ。
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突如肩を掴まれ、勢い良くベッドに押し倒された。
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