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第41話やる気のない教師

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 通された場所は、応接室と呼ぶには名ばかりな空間だった。
 プラスチック製の間仕切りパーテーションで、仕切られてはいるものの仕切り板の上部は摺りガラスのようになっており、傍にいる人をぼんやりと映している。
 そして一番の問題は仕切りを隔てて聞こえる職員室の声だ。

(これ目隠し以上の意味はないな……)

 質素なテーブルと古びたソファーが鎮座した仕切り内は酷く狭苦しい。
 何も言わず、ズカズカと上座のソファーに田中たなか先生がドシンと腰を下ろした。

「悪いんだけどさ、忙しくて君達高校生なんかのお遊びw? に構っている時間はないんだ。判ったらさっさと帰って欲しいんだけど……」

 俺がまだ座っていないというのに、田中先生改め半魚人は話を始めた。

「やはり田中たなかさんは礼儀を御存じ無いようですね? 普通は相手がソファーなり椅子に腰を降ろし一息付いて、軽く雑談をしてから本題に入るのが一般的だと思っていたのですが……やはり『社会経験がない』と言われる教師ですが……貴方と接してみて痛感しました噂通りなんですねw」

「このクソ餓鬼ガキィ――――っ!!」

 ドンッ!

 机に両の掌を叩き付け、間仕切りパーテーションで仕切られただけの職員室に響く程の怒声を上げる。

ゲーム実況者かよ……ゲーム実況者や配信者に失礼だな……なら……

「猿いや……チンパンジー以下だな……(ボソ)」

 ここで黙っていては相手にこの場の主導権を握ったと誤解されかねないので言い返す事にした。

「そんなに興奮しないでください。例え相手が年下で、自分にとって面倒な仕事を持って来て、言いくるめることが出来なくて、そして自分が気にしている所を付いてくるとは言っても、充実した意義のある話し合いとは程遠いと言わざるを得ない訳です。それが人にモノを教える大人のする事ですか?」

 ここで猿のように怒鳴る精神的に問題のある人間を、学年主任など役職が上がる立場に置こうと考える上司は少ない……と思いたい。

「……」

「では、改めて初めからお話を始めましょう……先ほどもお話しましたが御校……の田中たなか教諭にお願いした通学路調査の件ですが、一週間立った現在の進捗を教えてください?」

「だから! 忙しくて君達のお遊びに付き合ってる暇はないんだって……」

「はい。だから忙しいことは貴方のご説明で十二分に判りました……で現在の進捗はどうなんですか? 質問の答えになってない。曖昧な言葉だと誤解を生むかもしれないでしょう? だから、ちゃんと質問には答えてください」

「だから……」

 語気を詰める言葉を遮る。

「……馬鹿にでも分かるように言うと『依頼を進めているのか』『依頼をやっていないのか?』で答えて下さい」

「やってねぇよっ!」

 一回煽って見よう。

「声が小さくて聞こえませんって……だから何ですか?」

「やってねぇよっ!!」

 職員室に響き渡る声で怒鳴った。
 良く燃えるとは思ったけど……本当に期待以上に燃えてくれる。
 はっ! と青ざめた表情になると弱弱しくソファーに座る。

「どうして出来なかったんですか? 時間は十二分ありましたよね?」 

「だから! 忙しかったんだよっ!!」

「あっれれぇ~おっかしいぞぉ~。職員室入口の時はそんな電話は無かった。勘違いだって言っていたのに今は『忙しかったからやっていない』イコール『電話は受けた→さっきは嘘を付いていた→理由は忙しかった』って話が二転三転しているぞぉー」

 ――――と見た目は子供、頭脳は大人な名探偵のような口調で、田中たなか教諭の嘘で塗り固められた論理を詳らかにしていく……
 ここで止めに録音したMP3データをスマホから流す。

『はい。前ノ浜まえのはま小学校の田中たなかです』
『あっ私、早苗さなえ高校一年の佐々木泰昌ささきやすあきと申します。本日はご協力頂きたいことが御座いましてお電話をさせていただいたのですが……お時間よろしいでしょうか?』
『……ッ(小さなクリック音)構いませんよ』
『本日お願いしたい事は、御校通学路における危険地帯の調査です。用紙はこちらでご用意いたしますので、配布と回収をお願いしたいのですが……』
『……上に確認してみます。返答の期限は……』
『他の小中学校にもお願いしているので、一週間程度でお願いしたいのですが……』
『では一週間以内の17時前にはご連絡しますね』
『ご協力ありがとうございました。』
ピーピーピー
『やった! ぼくの母校の前ノ浜まえのはま小学校は協力してくれるって』
『これなら広範囲をマッピング出来る』
『そうすれば、小中学校重なる校区で危険地域がより可視化出来る!』
『『そうすれば行政も説得しやすい!』』
パチン(ハイタッチの音)
容保かたもりくんも良く思いついたものだよ本当に……』
『録音切らないと……』
 ここで録音データの終わり。

「録音なんて汚いぞ! 大人を追い詰めて楽しいかっ!?」

 嗚咽交じりの涙声で田中教諭は声を振り絞る。

「俺を弱者で自分を絶対的な強者だと勘違いしている傲慢な大人の喉笛を噛み千切って、自分は弱者なんだと他人が要る前で自覚させ絶望する様子は、何事にも代えがたい悦楽ですよ! 嗚呼っ! 例えるなら『最高にッ! 「ハイ!」ってやつだァァァァァアハハハハハハハハハハーッ』」

 脳汁がでる! サッカー部に所属していた時の「勝てない」と言われていた強豪校チームに一点差、しかも自分のゴールで勝った時以来の快楽だ。
 強者に泥水を啜らせ、その頭蓋を足の裏でグリグリと踏みしめるようなこの行為に、せいぶつとしての原始的な征服欲ほんのうが満たさせるのを感じ、生を実感する。

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