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第四章 鍛冶師の国

第二百二十七話 工場見学《後編》

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「はぁ…はぁ…すみません。ちょっと興奮しすぎました」

 ようやく落ち着きを取り戻したナギは少し息を整えると、冷静になった事で恥ずかしくなったのか視線を逸らしながら謝罪した。
 その謝罪を受けたハルトスは楽しそうに笑顔を浮かべていた。

「いえいえ、初めてここに来たのなら気持ちは理解できますから。もっともここまで行動に移す方は珍しいですけどね?」

「アハハハ…」

 この場の責任者でもあるハルトスに言われては言葉を失くしてナギも乾いた笑いを漏らすしかなかった。
 その後は完全にナギが落ち着いたこともあって案内を再開した。

「では、案内を再開しますから落ち着いてついて来てくださいね?」

「は、はい…」

 先ほどまで興奮して我を忘れていただけに注意に慎重に頷いて答えた。
 おとなしくなったナギを確認して本当に安心したハルトスはにこやかに笑顔を浮かべた。

「まずは近い場所から案内しましょうか。この辺りはまだ見習い職人たちの作業場になります」

「ってことは、見える範囲にいるのは全部見習いですか?」

「そうなりますね。ここには100人前後の見習いが居て、他にも同規模の班が二つありますからすべてで300名が在籍しています」

「見習いで300⁉」

 正確に所属している人数を聞いてナギは心底驚いた表情を浮かべた。なにせ今聞いたのはあくまでもの数でしかなく、視界に入る範囲でもそれ以外の職人やら他の者達も多くいるので全体での人数はとても想像できない規模となっていたのだ。
 それだけに広い工房の果てまでを見通してした。

 ハルトスも驚く気持ちは理解できるようで薄っすらと微笑みながら頷いていた。

「確かに凄い人数だと思いますよね。ですけど他の国にも一定の品質の物を供給し続けようと思うと、どうしてもかなりの人数が必要になってしまうんですよ。他にも一般品よりも性能のいい武具なども一定数必要ですから、作業の自動かはできないですしね」

「なるほど、自動化すれば人数は少なくなるけど代わりに品質のいい武具を作れる職人が減ってしまうって事ですか?」

「そう言う事です。後続が育たないと職人の未来はないですから。なのでこの工房は生産施設と育成施設の両方の側面を持っているんですよ」

 そう言ったハルトスの表情は困ったような誇らしいような複雑な物だった。
 本来なら利益につながるから国外への一定品質もの物を作るなら自動化した方が理にはかなっているのだ。しかし魔物の素材などを使った性能の上がった品は自動化する事ができない。理由としてはスキルによって加工できる素材が変わって来ると言う事が大きく、まだ技術的に付加効果のある物は自動化する事ができないのだ。

 自分でも魔物素材を使ってやったからこそナギは作業の難易度も分かるので納得した様子だった。
 そしてこの話を広げる意味もないので見習いの人達の作業を見ながら案内は進んだ。

「ここの見習い達は主に準備段階のインゴットの生産や宝石を原石から加工したりが仕事になりますね。他にも要請があれば忙しい場所へと思向いて作業のアシストをする事もあります」

「あぁ…だから走り回っている人が多いのか」

「他にも見習いの中でも腕前が上がっていると判断された者は少す進んだ…この辺りの窯を使用して簡単な装備品の生産する事が許されていますね。もちろん売り物になるほどの品質でなければ生産者に買取させますよ?材料もただではないので」

「それはそうですよねぇ」

 さすがにそこまでは甘くないのか…と今までの話だけだと至れり尽くせりの印象があっただけにナギは苦笑いを浮かべていた。でもこの国に来て最初のころに見た店に並んでいた鉱石などの値段から考えると妥当だと納得もしていた。
 そのまま2人が先へと進むと今度は道具や素材からして数段階上の物が並んでいるエリアへと入った。

「このあたりの作業場は道具などを見れば何となく予想はできると思いますが、正式に独自の武器を製作する事の出来る職人たちのエリアになりますね。一応工房として運用している都合もあるのでノルマとして製作してもらうものは決まっていますがね」

「そう言うシステムになってるんですね」

「まぁノルマと言っても簡単な素材を使用して出来る付与効果の付いた短剣など各種武具を日に10個。それだけ作ってしまえば後は好きに設備を使って作り放題ですからね。熟練した職人で店を持つほど余裕の無い者達にとっては夢のような環境ですよ」

 周囲の様子を見ながら語ったハルトスは自分も雇われであるからか実感の籠った様子だった。
 その話を聞いてナギも納得したように小さく頷いていた。なにせ鍛冶をするには素材と道具が多く必要で、結局それに必要なのはお金と言う事だ。
 しかもしっかりした物をそろえようと思えば相応な値段がする。

 ゆえに個人で賄おうとすればナギのように自力で採りに行けるほどの実力者でもなければ、自身の作品を売って得たお金で買う事になるのだが売れるほどの品を毎回作るには経験が必要だった。
 でも都合よく全員が最初から売り物を作れるほどの腕前などあるはずもなく。だからこそ工房のシステムは鍛冶のような職人にはたまらなく好条件となっていた。

「それだと工房…と言うか国ですかね。素材の分の費用を負担しているんですか?」

「まさかですよ。そんな事をしたらお金が幾らあっても切りがない。ですから製作した品を3割は工房に提供してもらい販売し、その利益から素材の予備を仕入れているんですよ」

「あぁ~なるほど、本当に良く考えられているんですね」

 一方的に工房側が存する事の無いようにちゃんと対策も打たれていてナギは本当に感心したように何度も頷いていた。
 そして気になったのか周囲で作業している職人達を見て回ると、最初の辺りには普通の店先などでも見た武器が大量に並んでいた。しかし奥には一点物のような凝ったデザインの物から、質素だが異様なまでの力強さを感じさせるものまで多様に並んでいた。

 いや、正確に言うと並んでいたと言うよりも作った物を端に置いて行った結果並べたような形式になっただけだった。なにせ見ている端から完成した武具や装飾品を手伝いに呼ばれている様子の見習いがお気に来ていたのだが、丁寧に並べるような余裕はなく一応重ならないように台の上に置いたら忙しそうに戻って行った。
 ただナギは目の前にある作品などに興味があるようで、鑑定するのはバレた時に面倒事になるかも…と思ったので我慢して観察していた。

 もっとも一か所に止まっていると工房の見学が進まないので程々のところで我慢して先に進む。
 その後も作品にも目を奪われたがナギが一番興味を引かれたのは設備や使用されている道具に対してだった。案内しているハルトスを止めてまで詳細な効果を確認したり、手に入る場所を聞いたりもしていた。
 しかし余計な事にも質問や観察で時間を使いすぎていてナギは他にも予定を立てていただけに、慌ててお礼を述べてその場を去った。

 あまりにもいきなりすぎるナギの行動にはハルトスも驚いていたが、何か大切な用事があったのだろうと納得してすぐに切り替えて自分の仕事へと戻るのだった。
 
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