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第四章 鍛冶師の国

第二百三十二話 試し切り『投擲ナイフ』

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 そして現実で1日たった渚は学校が終わるとまたも助っ人を頼みに来る各種部活の人間を躱し、必要な買い物を済ませると大急ぎで帰宅した。
 帰宅後も必要な家事や晩御飯の下準備までを終わらせて、ようやくAOへとログインする事ができた。

「よし!今日は試しに行くとするか!」

『…昨日も言いましたけど、今まで通りに鑑定すればよくないですか?』

 ログインして早々にテンションの高いナギの発言にソルテは事前に聞いていた事もあって余計に嫌そうに考え直すように提案する。なにせ魔法でサポートするためにはナギの中に入っていてもある程度はできるのだが、しっかりとしたサポートを使用と思うとソルテは外に出ていないといけない。
 そのため戦闘中には常にコートの中で必死にしがみついているような状況が続くのでソルテはできるだけ激しい戦闘は避けたかった。
 ナギとしてもソルテが否定的な理由には理解できたようだったが、今回は自分の息抜きもあるが他にもちゃんとした理由もあるので引く訳にはいかなかった。

「確かに鑑定で済ませてもいいんだけどな。結局は武器だから使えないと意味が無いだろ?」

『それはそうですね』

「そして完全に持論になるけど武器の性能を知るのに実戦以上に勝る物はない。どうせ戦いで使うものだからな、実戦の中でしか分からない完成度があると思ってるんだよ」

 どこか揺るがない自信に満ちた様子でナギは胸を張って宣言した。その様子にソルテは反論の言葉を失くしていた。
 正直自分勝手にも思える極端すぎる持論だったが、ゆえに自信を持って宣言されるとどうしても否定する言葉が見つからなかったのだ。なにせ武器はどんなに完成度を高めて芸術的な価値などが産まれても所詮は先頭に使うための道具、最終的には鑑定による数値よりも実戦でどこまで使えるかが重要であると言う事には疑いようもなかった。

 それを一応職人としての知識と技能を持つソルテにも理解できてしまうだけに何も言えなくなっていた。

「だから今回は実戦で確認すると言う事で、早速行くとしようか!」

『はい…』

 最終的には何も言えなくなってしまったソルテを見てナギは元気よく言って歩き出し、こうなってしまってはどうしようもないのでソルテも諦めた様子で俯いて付いて行った。
 ただ今日試すのは半ば使い捨ての投擲ナイフなので硬い敵の多い鉱山やゴルゴタ皇国の周辺ではなく、始まりの街の東にある林の中でウルフなどをターゲットに選んだ。

「さて、まずは的…ではなく敵を探さないとな!」

『全然誤魔化せてないですよ?普通に纏って言いましたよね?』

「何処に居るのかな~」

 あからさまに気まずそうにソルテの言葉をスルーしてナギは周囲を見回して敵を探していた。
 すると少し遠くに三体のウルフが歩いているのが見えた。

「よし、あれにするか。まずはこの距離から…っ!」

 狙いを決めるとナギは既に森に着いたところで取り出していた投擲ナイフを構えて一息に木々の間を縫うように投げた。

『ギャッ』

『『⁉』』

 投げた投擲ナイフは誘導でもされているかのように1体のウルフの首筋に刺さった。
 ちょうどナギの居る場所はウルフ達から死角になっていて完全に奇襲が決まって、攻撃を受けなかった残りの2体は驚いて攻撃を受けた仲間を気にしながらも周囲を警戒する。
 そして周囲の臭いからナギの居る場所を見つけるとその方向に駆け出そうとしたのだが、次の瞬間には連続してナイフが飛んできて避ける必要が出来て上手く近寄れなかった。

「う~ん…やっぱり速度が出にくいな。投げ方にも工夫した方がいいかな、少し癖がある気がするし」

 想像よりも勢いがなかったことにナギは反省点を上げながら目の前の向かって来るウルフを見据える。
 すでに3本投げてしまったので残りで確実に倒したいと思っていた。それだけに今の反省を生かして修正して確実に急所になる場所に当てるために少し引き付けることにした。

 攻撃が止み2体のウルフは息を合わせて一斉に駆け出した。ナイフの刺さったウルフは首に綺麗に刺さっているのでろくに動く事も出来なかった
 幸い投擲ナイフが小さい事もあって一撃で死にはしなかったが、HPは急所に入ってしまったので砂粒程度残っているだけだった。

 そんな動かないウルフの残りHPも確認しながらナギは向かって来る2体の位置を確認する。
 距離は後数秒もしないでウルフが跳びかかって来そうなところまで近づいていて、それを確認したナギは静かに残りの投擲ナイフを両手に一本ずつ持って構える。

「っ!」

 そして一息に両手を振り抜いて投擲ナイフをほぼ同時に投げた。
 先ほどまでよりも確実に勢いを増した投擲ナイフはウルフの移動先へと吸い込まれるように向かい、更にウルフの死角を突くように投げられていた。

『ガウッ!』

「ちっ…次ッ!」

 ただ最初に死角からの攻撃を受けて1体やられているウルフ達はナギの行動を見て予想していたのか飛んできたナイフに反応して避けた。その事にナギはめんどくさそうに舌打ちをしたが瞬時に切り替えて残りの投擲ナイフを再度構えて、今度は距離を取って投げるのではなく本当にギリギリの顔のすぐ横をウルフの爪が掠るほどまで近づいた。

『キャイン』

『ッ⁉』

 すれ違った瞬間に2体のウルフは短い悲鳴を上げて崩れ落ちた。その首や胸元には一本ずつ投擲ナイフが刺さっていた。
 ようするにナギのしたのは単純な話として躱した瞬間に直接投擲ナイフを撃ち込んだのだ。
 言葉にすると簡単なようにも思えるが自分に向って来る敵の勢いなどを見極めて極限まで接近して、掠めて行く攻撃を目の前にして冷静に急所に撃ち込むなんて普通の人間は簡単にはできない。
 なんよりナギが撃ち込んだのは投擲ナイフ2本で圧倒的な反射神経がなせる業だった。

「ふぅ…とりあえず、止めを刺すか」

 一仕事終えたと言うように息をついたナギは急所にナイフが刺さって動けないウルフ達にとどめを刺して確実に倒した。
 そのごは周囲に敵の気配がないのを確認してから近くの切り株の上に腰を下ろした。

「さて、やっぱり急所に入れても攻撃力が低かったな」

『一撃で瀕死に出来れば十分だと思いますよ?』

「それでも急所に入れたからには一体くらいは倒せていないとは思わないだろ」

 急所に入れれば攻撃力の低い投擲ナイフでも倒せると最初はナギはそう思っていた。
 しかし実践してみれば坑道不能には出来たが倒し切るまでには至らなかった。それだけにナギとしては攻撃力の面での改善が必要に思えた訳だが、元々の投擲武器は確殺を狙うような物ではなく牽制などを目的としたサブ武器に当たる。
 その事を理解しているだけにソルテは高望みが過ぎると思っていた。

「まぁ…あくまでも試作だからこんな物か。次は素材や道具を変えてやってみるのも…」

『あの~せめて本格的に考えるなら街に戻ってからにしません?』

「うん?あぁ~そうするか」

 いつものように思考にのめりこみそうになったナギに対してソルテは瞬時に安全な街の中へと戻る事を提案して、その提案にナギは冷静さを取り戻して少し悩んだが頷いた。
 先頭に慣れているナギでも視界の悪い森の中で考え事に集中している時の不意打ちは脅威となりかねないからだ。
 そして街へと戻ったナギとソルテは適当な広場でベンチに座ると今回の反省点や改善点を上げて話し合うのだった。


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