「桜の樹の下で、笑えたら」

悠里

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第一章

5.

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 私を心配してくれる人達が居てくれて。ありがたい。
 ちゃんとそう、思える。思えてる。

 だから。……頑張るしかない。とも、思う。

 ……悠斗は居ないけど。
 ――――……ちゃんと。しないと。


 外に出て歩き出す。でも、前が向けない。

 悠斗と歩いた道。遊んだ道。
 あちこちに、数えきれない位の、悠斗との思い出がある。

 誘いに来てくれた悠斗と公園に向かう途中。あの花壇のレンガに乗って歩いてたら転んで。泣いてる私に焦ってた顔とか。

 兄貴と喧嘩したとか言って、あのガードレールに寄りかかってて。珍しく怒ってたけど、話してたらその内、すぐいつもみたいに笑った顔、とか。

 私を迎えに、この道を走ってきてくれてる時の、笑顔、とか。


 顔を上げると。
 ――――……色んな悠斗が見えるみたいで。

 ただひたすら、コンクリートを見ながら。俯いて、歩いた。

 公園まで。ただ、斜め下。目に映るのは、灰色だけ。 


 公園について。


 一番。悠斗と、一緒に居た、大きな桜。
 悠斗と会った場所に近付く。


 ひゅ、と喉が。変に空気を吸って。鳴った。


 一番。思い出がたくさんある場所。


 こんな、ことになるなら。

 あの時、ここで、会わなきゃ良かった。

 そんなことも、何度も浮かんできてしまった。

 あの時、ここで会わなければ。
 何時間も、悠斗と、遊んでいなければ。

 私達があの日公園で遊んでる時に、私のお母さんと、悠斗のお母さんも知り合って、話をしていた。それがなければ、一緒に学校に行かせましょう、なんてことにもきっとならなかった。

 そしたら、もしかしたらただの、クラスメートの一人だったかも。

 もしかしたら、こんなに。
 ……死にたいと思う位、辛くはならなかった、かも。

 そんなことも、何度か、考えてしまった。


 でも、実際ここに立つと。

 何年も何年も積み重なってた思い出が、たくさんよみがえってきて。

 私は、ずっと、幸せだったと、思えて。



 悠斗に会えてなかったら。


 こんなに好きになれる人は、居なかったし。
 あんなに、毎日幸せに生きてこられなかった。
 


 涙をこらえて。
 桜の樹の下に立つ。

 ここでは、泣きたくなかった。


 悠斗と、ずっと、笑ってた場所。
 笑顔しか、無かった場所。




「――――……ほんとに……咲いてない……」


 不思議な光景だった。

 ほんとに、この大きな桜の樹だけ、花が咲いていない。
 他の桜の樹は、全部咲いてるのに。悠斗と見た、つぼみのまま。


 ここは、この公園の中でも、一番日当たりが良い場所で。
 だから毎年、一番先に、咲き始める樹なのに。


「――――……どうしたの……?」


 思わず、話しかけて、見上げた。


 やっぱり。悠斗が居なくて、寂しいの?


 ――――……だったら。私と、一緒だね。


 見上げた目尻から。勝手に、涙が流れていく。


 ああ、だめだ。
 ……やっぱり。泣いちゃう――――……。


 その時。後ろから。

「心春ちゃん……?」

 ためらうように、静かに呼ぶ声が、した。


 聞き覚えがありすぎる、その声。

 振り返って――――……その声の主を確かめて。


「――――……おばさん……」

「良かった、やっと会えた」


 ――――……悠斗のお母さん。


 私は俯いて、髪を直すふりをして、さっと涙を拭ってから。
 こんにちは、と頭を下げた。




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