「桜の樹の下で、笑えたら」✨奨励賞受賞✨

星井 悠里

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第二章

9.

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「にしてもさ。な、伊織――――……なんかさっき……すごい風、吹かなかった?」
「……吹いたな」

「何だったの、アレ」

 聞かれても、分からない。

 さっき散った地面の花びらに、何となく視線を落とした時。
 花びらの間に、何か落ちている物を見つけた。

 拾い上げると。悠斗が「あ。そのゴム……」と苦笑い。

「……あいつのか?」

「そう。……心春さぁ。ほんと、よく落とすというか、無くすというか」
「……抜けてんの?」

「言い方!」

 すぐ突っ込まれる。悠斗はクスクス笑いながら続ける。


「よく探し物付き合ったんだけど。……ほんとなんか、一生懸命探してさ。見つからないと、ふにゃふにゃ泣き出すんだけど。……そういうのも、全部可愛くてさ……」

「……甘やかしすぎじゃねえの?」

 クスクス笑いながら言うと、悠斗は、うん、と笑った。


「そうだよ。だって、オレがずっと一緒に居るつもりだったからさ。ほんと、可愛いんだよ……甘やかしてあげたいじゃん?」

 クスクス笑って。
 それから、ふー、とため息。


「まさか居られなくなる、なんて思わなかったからさ……」
「――――……」

 ……もう、本当に。
 何と答えるか分からねえ事ばかり。

 何も答えられないオレに、悠斗は、また自分で切り替えて。
 全然違う口調で話し始めた。


「あ。それで? さっきの風は? 何、あれ?」

「……分かんねえけど。……霊が、こっちの世界に影響してくる時に、風とか、よくあるのは、電気がちらついたり。そういうのはあるかもって事くらい……」

「……そっか。――――……あれって、オレがやったの?」

「悠斗がやろうとしてねえなら、ただ、何かが反応した、のかも?」


「ふうん?……まあ、心春とか伊織に、危害が及ばないなら、別にいいんだけど……」


 ――――……死んでるのに、人の心配。
 自然と、そんな事を言う悠斗。


 さっき、一瞬でも。
 ――――……何かするかも、なんて思って、後を追った事。


「……ごめん、悠斗」

「え? ああ、さっきの? いいよ。逆に、ありがと。心春に、吹っ切るように言ってくれて」

「――――……」


 ごめん、て言ったのは、そっちじゃねえけど……。

 ――――……心の中で、謝って。オレは悠斗の話を聞いた。


「多分、心春の家族は優しくてさ。そんな事言わないと思うから。きっと、一緒に悲しんじゃってると思うんだよね……だから。言ってくれて良かったと思う。ほんとに」

「――――……」


 ……ほんとに。
 良い奴過ぎて。

 胸が、痛い。


「ごめん」

「何回謝るんだよ。いいって」


 悠斗が、笑いながら、桜の樹を、見上げた。


「……この桜もさ。ほんとに何で咲かないんだろう」
「――――…………さっきの風さ……桜の花びらが、お前らを、囲ったよな」

「風で?」
「ああ。風に舞った桜がさ……」

「――――……オレはやってないんだけどなあ」


 悠斗が首を傾げている。


「もしかしたら、悠斗がここから離れないと、この桜、咲かないんじゃねえの?」

「んー。そうなのかなあ。……ああでも、もしかしたら、そうかもね。この桜と、オレと心春。十年近く、相当長い時間過ごしてたからなあ……いや、でもどうなのかな? 生きたオレが居ないから咲かないのか。それとも、幽霊のオレがここに居るから咲かないのか? ……って、分かんないか」


 悠斗が、肩を竦めている。


 どっちにしたって、桜がそんな事を感じて、咲くのを止めるとか。

 ものすごく、非現実的だけど。


 ――――……って。

 オレ今、超、非現実的なものと、ずっと喋ってるしな。
 もう、何があったって、驚かない。


 と思った瞬間。背後で、バキッと音がした。

 驚かないと言ったばかりなのに、一人で話してた手前、聞かれた?と、一瞬驚いて振り返ると。心春が立っていた。

 

「――――……お前……」

「……あ、の……」
「また戻ってきたのかよ」

 呆れたような口調で誤魔化して言ってみたが。
 悠斗の名前、聞かれてないか、気になって仕方ない。


「……あの、ヘアゴム……それ、落ちてました?」
「……ああ。落ちてた」

 
 この様子なら。名前は、聞かれてないな。
 ……良かった。



「――――……」


 そっと、心春の手に、ゴムを乗せた。

 本当は。悠斗が、渡したいんだろうなと。思いながら。
 かわりに、ゆっくりと、そっと。



「ありがとう……ございます……」
「早く帰れ」


 そう言うと。
 心春はまた離れて、帰って行った。


 その姿を、悠斗が、見送る。



「……心春が、伊織に話しかけるとか。相当勇気、出してるよ」


 苦笑いの悠斗。


「伊織の見た目、心春にとったら絶対、怖いもん」


 クスクス笑われる。


「――――……るせ」


 そう言うと、悠斗は、ふ、と笑う。


「ほんと、すごく、良い奴なんだからさ。良い奴らしくしたら?」



 オレが肩を竦めると、悠斗は笑み交じりに、息をついた。




「それにしてもさ――――……ほんとにもう、触れられないんだなあ……オレ……」

「――――……」


「心春が、泣いてるのを――――……撫でてあげる事も、出来ないんだなって……ちょっと、思い知った」


 は、と息を吐いて。
 悠斗は、桜の樹の、根っこの所に、足を投げ出して座りこんだ。


 オレも。
 その隣に、座って、桜に寄りかかって、咲いていないつぼみを見上げた。



「伊織、ここにいると――――……また噂んなるよ?」


「……別にいい」


 はは、と悠斗が、小さく笑った。



 それきり。しばらくの間。
 特に何も話さず。


 ただ、時を、一緒に過ごした。









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