記憶喪失から始まる青春 〜目が覚めたらクセが強い女の子たちに絡まれ始めた件〜

1年生編

初帰宅

-side  田島亮-

　11月7日の夕方、俺は長かった入院生活を終え、晴れて退院することになった。ちなみに入院している二ヶ月の間、俺は記憶喪失のことを友人達に打ち明け、これからも今まで通り接してほしいということを伝えることに成功した。

　すると彼らは戸惑いつつも快く俺のことを受け入れてくれた。そして俺と残してきた思い出についても詳しく教えてくれた。

　そのおかげで俺はSNSを通じて友人達と親交を深めることができた。もう直接会って話しても問題は無いだろう。

　また、女子ともそれなりに親交を深めることができた。

　仁科唯は元々俺と同じ駅伝部のクラスメイトで、話す機会も多い間柄だったようだ。仁科の愚痴を俺が聞くという会話パターンが多かったらしい。
女の子の愚痴を聞けるだと...
そんなのただのご褒美じゃねえか...


　岬京香はなんと俺が事故から救った女子高生だった。助けてもらったお礼を俺に言うのが遅れた事をかなり気にしていたらしい。通ってた中学校が一緒で、今はクラスメイトでもあるが記憶喪失以前はあまり俺と関わりが無かったそうだ。俺の連絡先は友恵から聞いたらしい。

　なんでも友恵とは中学時代に同じ部活だったとか。てか友恵のやつ何勝手に俺の連絡先教えてんだよ。ほんと俺のこと軽く扱いすぎだろ。だが今回は女子の連絡先が増えたので許す。むしろグッジョブ友恵。

　というわけで俺は自分の人間関係をかなり把握できた段階で退院したのである。ちなみに家族との距離感は完全に掴んだ。

　マジで入院二ヶ月は長かった。やっと家に帰れるぜ。まあ俺自分の家どこにあるか知らないんだけどさ。

　そんな風に病院の前であれこれ考えて黄昏ていると迎えの車がやってきた。

「ほら乗りな。帰るよ」

　母さんの呼びかけに応じて俺は車に乗り込んだ。さあ、まだ見ぬ我が家へ出発だ。

「あんた高校は明日から行くのかい？」

　車を発進させると同時に質問を投げかけてくるマイマザー。

「そのつもり。行くなら早い方がいいだろうし」

「了解。後で高校に連絡しとく。あとよく分からないけどあんた補習を受けないといけないらしいわよ」

「まあ二ヶ月高校行ってないし仕方ないだろ」

「いや、補習する理由はそれだけじゃないって担任の先生から聞いたわよ」

「他にどんな理由が？」

「あんたの学力不足」

「Oh...」

「駅伝がもうできないのなら天明高校にふさわしい学力を身につけるまで補習を受けてもらうことになります、とか言ってたわね」

「マジかよ...」

「そういうわけで明日から放課後に毎日2時間補習ね。まあ頑張りなさいな」

「なんか急に学校行きたくなくなってきたんだが」

「甘えた事言いなさんな」

　まさか帰りの車中で悪い知らせを聞くことになるとは思っていなかった。毎日2時間ってマジかよ...

　そんなバッドニュースを聞いてから10分ほど車に揺られていると家に着いた。

「ほら、着いたよ。降りなさい」

　母さんに促されて車を降りる。

「これが俺の家か？」

「そうよ」

「なんかこう...普通だな」

「当たり前でしょ。何期待してたのよ」

　車を降りると俺の目の前にはごく一般的な大きさの二階建て一軒家があった。猫型ロボットがメガネの自堕落少年と暮らしている家を思い浮かべてほしい。まさにあんな感じの家だ。

「なにボーッとしてんのよ。早く家に入りなさい」

「おう」
　
　家の外観をある程度眺めた俺はとりあえず家に入ることにした。

「...おじゃまします」

「ただいまでしょ！」

「あ、そうだった」

　いかん、この家に帰るという感覚がまだないからつい他人の家に上がる感覚になってしまう。

「では改めてただいま」

「お、おふぁえりー」

　『ただいま』を言い直すとアイスを咥えた我が愚妹がリビングから出てきて俺を出迎えた。11月にもなるというのにタンクトップにホットパンツという格好である。おい、ブラ見えてるぞ。

「なんて格好してやがる。風邪引くぞ」

「別にいいじゃん。暖房効いててあったかいんだし」
 
「まあバカは風邪引かないって言うし大丈夫か」

「いや、兄貴にだけは言われたくないわ」

「あんたら玄関で立ち話してないでさっさと部屋の中に入りなさい」

　母親の一声によりリビングに入る。リビングに入って室内を一瞥すると、室内右側には大きなテーブルがあり、傍に椅子が4つ備え付けてあるのが見えた。おそらく食事の時に集まる場所だろう。室内左側には2人掛けのソファーがあり、その前にテレビがある。

　友恵はリビングに入ると吸い込まれるようにソファーの元へと向かった。うわ、こいつ寝転がって2人掛けのソファー占領しやがった。

　つーかホットパンツの隙間からパンツ見えてるじゃねえか。もうちょっと自分の格好に気をつけなさい。はしたないでしょ。

　ソファーを友恵に占領されてリビングでの居場所が無い。早速だが自分の部屋に行くとするか。

「なあ母さん、俺の部屋ってどこだ？」

「2階」

「いや、2階のどこよ」

「あんたの部屋の扉の前に『亮』って書いてあるから2階に行けばわかる」

「了解」

　俺はリビングを出て左手にある階段を登り二階へと向かった。二階に登ると階段から見て左手に部屋が二つ、右手に部屋が一つあるのが見える。おそらく左手の2部屋が俺と友恵の領域だろう。右手の部屋は父母の寝室だろうか。

「たしか部屋の扉の前に『亮』って書いてあるって言ってたなよな...あ、見つけた」

　思いの外あっさりと自分の部屋を見つけたのでとりあえず入ることにする。

「ほう、なるほど」

　部屋に入った瞬間、俺は記憶喪失以前の自分の趣味を把握した。部屋の壁には見渡す限り美少女（二次元）ポスターが貼ってあり、隅にある本棚にはライトノベルと漫画が大量に並んでいる。また、入口の傍にある勉強机の上には大量のゲーム（R18）が散乱していた。

　...我、オタクだった。それも結構重度の。もしかして俺に女子の友達少ないのってこれが原因か？　学校でもオタク全開だから女子にドン引かれてるのか？

　『女子から見た自分』が気になった俺は試しに女子に携帯でメッセージを送って反応を見ることにした。女子といっても俺とそれなりに交流があったらしい咲や仁科の反応を見ても意味はないだろう。となると、送る相手は1人か...

　俺は岬京香さんにメッセージを送ることにした。明日の時間割でも聞いてみるとするか。話題としても自然だし。

 『岬さん、突然で申し訳ないけど明日の時間割教えてくれない？』

　こんな感じでいいだろう。

「亮、ご飯よー！」

　メッセージを打ち終わると一階から母さんの声が聞こえてきた。夕飯の時間のようだ。まあ夕飯の後には返信が来てるだろう。





　...と思っていたのだが、その日返信が来ることは無かった。

　...え？　 女子から見たら俺って時間割教えるのすら嫌な男なわけ？　てか、俺が入院して最初の一週間くらいは岬さん普通にやりとりしてくれてなかったっけ？　助けてくれたことは感謝するけど仲良くするとは言ってないからね！　勘違いしないでよね！ ってパターンか？　そんなツンデレ求めてない。いや、デレてないか。

　ぶっちゃけ白状すると事故から助けた子なら優しい反応をするだろうという期待を込めて俺は岬さんにメッセージを送ったのさ。そうさ、交流がある女子を避けるために岬さんにメッセージ送るとか自分に対する言い訳さ！　いや、誰だって優しくされたいじゃん？

　しかし判明したのは事故から助けた子ですら俺と距離を置こうとしている、という事実だった。これ俺学校で女子からどんな扱い受けてんだ...ちょっと蔑んだ目で見られるくらいならむしろウェルカムだけどガチで嫌われてるのは無理っす...明日学校行きたくないよぉ...

　大きな不安を覚えた俺は一睡も出来ずに登校日の朝を迎えることとなった。