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1年生編
記憶喪失から始まる青春
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-side 田島亮-
『高校に初めて行く日』とは大抵の学生はこれから始まる高校生活に期待して胸を踊らせたり、青春を謳歌する自分を想像してワクワクしちゃったりするものだろう。多くの人は暖かな日差しの中、桜並木の下を友人と語らいながら初登校を果たすのだろう。
しかし本日11月8日、俺の『高校に初めて行く日』はとてもそんなキラキラしたものではなかった。正確には初登校ではないのだが、記憶がないのだから体感的には初登校である。
これからの高校生活に期待? そんなの無理。補習もう決まってるし。
青春を謳歌する自分? そんなもの想像できない。前情報からして女子に距離置かれてる説濃厚だし。
暖かな日差しの中桜並木の下を友人と登校? そもそも今は11月だ。暖かくない。普通に寒い。しかも今日に限って超雨降ってる。天気まで俺の気分に合わせなくていいんだぞ?あと、もちろん桜なんて咲いてるわけない。真っ裸の枯れ木が並んでいるだけだ。
と、まあ今俺は少し憂鬱な気分で通学路を歩いて天明高校に向かっているのである。ちなみに今通学路を歩いている学生は俺だけだ。担任の先生から登校中に顔見知りに会うのを避けるために登校時間を遅らせるように言われたのだ。
この先生の気遣いはありがたかった。俺としてもクラスメイトと再会を果たすのは通学路より教室の方が良い。教室の方がゆっくり話せるしな。
先生は朝のHRの時間に俺を教室に招き入れてくれるらしい。そしてクラスメイトに挨拶する時間を俺にくれるそうだ。
家を出て15分ほど歩くと天明高校に着いた。そして着いた瞬間俺は天明高校のデカさに衝撃を受けた。
天明高校の校舎自体は一般的な大きさだ。しかしこの学校、グラウンドが異常に広いのである。マジで陸上競技場併設してるとかそんなレベル。なんか陸上の競技用トラックあるし。グラウンド広すぎるせいで校舎横の体育館が小さく見えるわ。駅伝部はこの学校の外周走るだけでかなり体力つくだろうな。
そういや友恵が天明は陸上強いって言ってたな。こんだけ設備整っとけば納得だわ。てか俺よくこんな学校に特待生で入れたな。どんだけ足速かったんだよ。まあ、もう走れないんだけどさ。
俺は広いグラウンドの脇を通ってとりあえず玄関まで辿り着いた。1年6組の下足箱を確認すると、俺の名前があったのでそこで靴を履き替えることにする。
上履きに履き替えた俺は職員室へ向かった。担任の先生と合流するためである。
職員室は玄関から割と近かったため、すぐに着いた。
「失礼します」
少し声が震える。職員室のあの独特の緊張感って何なんだろうな。
「おう、田島。来たか」
俺を出迎えてくれたのはジャージ姿の若い女教師だった。ポニーテールがよく似合う美人だ。
「1年6組担任の柏木奈々だ。担当科目は国語。事故の事情はお母様から聞いている。大変だったな。私は駅伝部の副顧問だから実はお前とは以前に結構関わりがあってな。まあ私は駅伝部でなくなったお前にも以前と同じように接するつもりだ。これからよろしくな」
完璧な挨拶だと思う。俺が欲しい言葉が的確に選ばれていた。多分良い先生なんだろうな。
「まあ前みたいに叱ってくれて大丈夫ですよ」
「ふふ、なんで以前は叱られてる前提なんだ?」
「家族から言われたんですけど俺ってなんか余計な一言を言うことが多いらしいんで。先生にも何か言ってそうだな、と」
「よくわかってるじゃないか」
「やっぱそうなんですね。まあ先生みたいな美人に叱られてもご褒美にしかならないですけどね」
「び、美人てお前...」
俺が軽くジョークを飛ばすと先生は俺から目線をそらしてなんか口をモゴモゴさせている。え? なんで?
「は、恥ずかしいじゃないか...」
...おい先生、大人がこれくらいで照れるなよ。顔赤くすんなよ。ピュアかよ。かわいいじゃねえか。軽い気持ちで言ったのにこっちまでなんか恥ずかしくなってきたわ。
「お、お前のそういう一言が余計だというんだ!」
「さーせん」
なるほど一旦照れた後で叱ってくるわけですね。赤い顔で。全然怖くない。むしろ癒される。かわいい。
...アカン、これ癖になる。
おそらく以前の俺は癒しを求めてこんな感じで先生に叱られに行っていたのだろう。一見クールビューティーな先生が叱った途端、こんなにかわいくなるのである。そりゃ、叱られにも行きますわ。
なんか女子に嫌われてる説とかどうでもよくなってきたわ。この人が担任なら俺毎日学校来るわ。
「と、とにかく!そろそろHRの時間だ。一緒に教室に行くぞ」
「わかりました」
そして俺と柏木先生は職員室を出て1年6組の教室に向かって歩き始めた。
「おい、田島」
「なんですか?」
「その...教室ではさっきみたいな感じで軽い冗談を言わないと約束してくれ。恥ずかしいから」
「奈々さんのためならどんな約束でもしますよ」
「お、おい! お前! ほ、ほんとにそういう事教室で言ったらな! ゆ、許さないからな!」
「ほんとかわいいっすね」
「か、かわっ!?...田島、ほんとに約束破ったら許さないからな? 約束破ったらもう口聞かないからな?」
「口聞かないのだけはマジでやめてください。お願いします。守ります。絶対約束守ります」
「分かったならよろしい。ほら、教室着いたぞ。お前は入口の前で少し待っていろ。先に私がクラスの皆に話をするから」
「了解です」
そう言って先生は教室へと入っていった。
「それでは朝のHRを始める。連絡事項は2点。まず1点目。本日の1限目の国語だが、私に急用が出来て授業が出来なくなったため自習とする」
「やった、自習だぜ!」
「ぐっすり寝れるぜ!」
「終わらせてない宿題やるチャンスや!」
1限目が自習になったという知らせに教室の生徒達がそれぞれ歓喜に包まれている。
ちょっと待て。もしかしてあの先生俺とクラスメイトがじっくり話す時間作るために1限目の自分の授業潰したのか?何だよその気遣い。泣けてくるんだけど。
「次に連絡事項2点目。田島が本日から学校に来ることになった。田島のことは皆も色々聞いているかもしれないが、今まで通り仲良く接して欲しい」
「マジ!? 亮今日来るの!?」
「連絡は取ってたけどやっと会えるのか!」
「今まで通り仲良くとか当たり前っすよ、先生」
「今日来るってことはもう教室の近くにいるんじゃね?早く来ればいいのに」
いや、なんかね、もうね。クラスメイトの友達の反応が暖かすぎるよね。連絡取ってたから知ってるけどほんといい奴ばっか。俺もう別に女友達いなくても良いかも。
「じゃあ田島、入って来なさい」
「はい」
先生の呼びかけに応え、俺は意を決して教室に入ることにした。
「おかえり、亮!」
「待ってたぜ!」
「これからもよろしくな!」
教室に入ると拍手が起こり、それと同時に男子生徒の優しい言葉が聞こえて来る。教室は歓迎ムード一色だ。
......ああもうほんとにそういうのやめてくれ。俺涙腺弱いんだよ。先生とお前らのせいで涙腺がそろそろ限界なんだよ。
「あれ? 亮泣いてね?」
「ハハ、ほんとだ! 亮泣いてる!」
俺は黒板の前に立つと皆の暖かさに耐え切れずに一言も話せないまま涙を流してしまった。
「笑うんじゃねえよ...お前らのせいなんだからな...」
俺は涙声でこう言い返すことしかできなかった。
「田島、大丈夫か? 無理して話さなくてもいいんだぞ?」
「先生、大丈夫です。話せます。」
「わかった。じゃあ皆に話を聞いてもらいなさい」
正直今の俺は涙声で普通に話せる状態じゃない。それでも今胸にあるこの思いを言葉で伝えたいと強く思う。またゼロから始まる高校生活を共に過ごす仲間たちに、歓迎してくれたクラスメートたちに、今胸にあるこの気持ちを俺なりの言葉で伝えたい。
だから無理をしてでも俺は皆に話をすることに決めた。
「皆、田島が来てくれて嬉しいのは分かるが少し静かにしてくれ。田島から話があるみたいだ。」
先生の一言によって教室が静まる。そして空気を落ち着かせてくれた先生に感謝しつつ、軽く深呼吸をしてみる。
...よし、少し落ち着くことができた。話を始めるとしよう。
--はっきりと自分の言葉で伝えてみせる。過去の俺が消えてしまったという謝罪を。そして今ここにいる俺がどんな気持ちでいるのかを。
「では田島、皆に話をしてやってくれ」
「...分かりました」
そして先生の合図に静かに返事をした俺は覚悟を決めて話を始めることにした。
「まずは皆に謝らなければならないことがある。俺は皆のことを覚えていない。誰とどんなことをしたのかを覚えていない。本当にすまない」
俺が悪いことをしたから記憶喪失になったわけではないことは分かっている。しかし、先生や皆の暖かさを感じるのと同時にそんな彼らとの思い出を忘れてしまったことをとても申し訳なく思うのだ。
「そして皆には本当に感謝している。俺が意識不明の間に俺を励ますメッセージをくれた。俺が忘れてしまった思い出を入院中にたくさん教えてくれた...そして今日、俺をこんなに歓迎してくれた。本当にありがとう」
次に伝えたのは感謝の言葉だ。言葉では伝えきれないほど感謝しているけどそれでも言葉にしないと感謝は伝わらないものだ。だから上手く伝えられたかは分からないけど皆に精一杯『ありがとう』を伝えた。
「最後に皆にお願いだ。俺は皆のことを大切に思っている。入院中に皆とメッセージを交わしているうちに気づいた。記憶喪失なんだからそんなことないと思うかもしれないけど本当なんだ。記憶は消えたけど絆は消えてないと信じてる。でもやっぱり思い出を失ったのは寂しくてさ...だからこれから皆と楽しい思い出をたくさん作っていきたいと思ってるんだ。だから俺の思い出作りに協力して欲しい。お願いします!」
俺は最後に自分の願いを伝え、頭を下げた。感極まって思わず涙が溢れ出す。
頭を上げて教室を見渡すと皆泣いていた。先生も俺の横で涙を浮かべている。
「亮!」
俺の挨拶が終わって沈黙が流れていると、一人の男子生徒が俺の名前を呼び、俺の元へ飛び込んできた。するとそれに続いて1人、また1人と男子生徒が俺の元へ続いて飛び込んで来る。
そして俺達は抱き合って泣いた。その時俺達が流したのは思い出を失った悲しみの涙なのか、再会を祝う喜びの涙なのかは分からない。
流す涙の意味は分からない。でもこの時確かに俺はこう思ったのだ。
ーああ、ここから俺の青春が始まるのだな、と。
『高校に初めて行く日』とは大抵の学生はこれから始まる高校生活に期待して胸を踊らせたり、青春を謳歌する自分を想像してワクワクしちゃったりするものだろう。多くの人は暖かな日差しの中、桜並木の下を友人と語らいながら初登校を果たすのだろう。
しかし本日11月8日、俺の『高校に初めて行く日』はとてもそんなキラキラしたものではなかった。正確には初登校ではないのだが、記憶がないのだから体感的には初登校である。
これからの高校生活に期待? そんなの無理。補習もう決まってるし。
青春を謳歌する自分? そんなもの想像できない。前情報からして女子に距離置かれてる説濃厚だし。
暖かな日差しの中桜並木の下を友人と登校? そもそも今は11月だ。暖かくない。普通に寒い。しかも今日に限って超雨降ってる。天気まで俺の気分に合わせなくていいんだぞ?あと、もちろん桜なんて咲いてるわけない。真っ裸の枯れ木が並んでいるだけだ。
と、まあ今俺は少し憂鬱な気分で通学路を歩いて天明高校に向かっているのである。ちなみに今通学路を歩いている学生は俺だけだ。担任の先生から登校中に顔見知りに会うのを避けるために登校時間を遅らせるように言われたのだ。
この先生の気遣いはありがたかった。俺としてもクラスメイトと再会を果たすのは通学路より教室の方が良い。教室の方がゆっくり話せるしな。
先生は朝のHRの時間に俺を教室に招き入れてくれるらしい。そしてクラスメイトに挨拶する時間を俺にくれるそうだ。
家を出て15分ほど歩くと天明高校に着いた。そして着いた瞬間俺は天明高校のデカさに衝撃を受けた。
天明高校の校舎自体は一般的な大きさだ。しかしこの学校、グラウンドが異常に広いのである。マジで陸上競技場併設してるとかそんなレベル。なんか陸上の競技用トラックあるし。グラウンド広すぎるせいで校舎横の体育館が小さく見えるわ。駅伝部はこの学校の外周走るだけでかなり体力つくだろうな。
そういや友恵が天明は陸上強いって言ってたな。こんだけ設備整っとけば納得だわ。てか俺よくこんな学校に特待生で入れたな。どんだけ足速かったんだよ。まあ、もう走れないんだけどさ。
俺は広いグラウンドの脇を通ってとりあえず玄関まで辿り着いた。1年6組の下足箱を確認すると、俺の名前があったのでそこで靴を履き替えることにする。
上履きに履き替えた俺は職員室へ向かった。担任の先生と合流するためである。
職員室は玄関から割と近かったため、すぐに着いた。
「失礼します」
少し声が震える。職員室のあの独特の緊張感って何なんだろうな。
「おう、田島。来たか」
俺を出迎えてくれたのはジャージ姿の若い女教師だった。ポニーテールがよく似合う美人だ。
「1年6組担任の柏木奈々だ。担当科目は国語。事故の事情はお母様から聞いている。大変だったな。私は駅伝部の副顧問だから実はお前とは以前に結構関わりがあってな。まあ私は駅伝部でなくなったお前にも以前と同じように接するつもりだ。これからよろしくな」
完璧な挨拶だと思う。俺が欲しい言葉が的確に選ばれていた。多分良い先生なんだろうな。
「まあ前みたいに叱ってくれて大丈夫ですよ」
「ふふ、なんで以前は叱られてる前提なんだ?」
「家族から言われたんですけど俺ってなんか余計な一言を言うことが多いらしいんで。先生にも何か言ってそうだな、と」
「よくわかってるじゃないか」
「やっぱそうなんですね。まあ先生みたいな美人に叱られてもご褒美にしかならないですけどね」
「び、美人てお前...」
俺が軽くジョークを飛ばすと先生は俺から目線をそらしてなんか口をモゴモゴさせている。え? なんで?
「は、恥ずかしいじゃないか...」
...おい先生、大人がこれくらいで照れるなよ。顔赤くすんなよ。ピュアかよ。かわいいじゃねえか。軽い気持ちで言ったのにこっちまでなんか恥ずかしくなってきたわ。
「お、お前のそういう一言が余計だというんだ!」
「さーせん」
なるほど一旦照れた後で叱ってくるわけですね。赤い顔で。全然怖くない。むしろ癒される。かわいい。
...アカン、これ癖になる。
おそらく以前の俺は癒しを求めてこんな感じで先生に叱られに行っていたのだろう。一見クールビューティーな先生が叱った途端、こんなにかわいくなるのである。そりゃ、叱られにも行きますわ。
なんか女子に嫌われてる説とかどうでもよくなってきたわ。この人が担任なら俺毎日学校来るわ。
「と、とにかく!そろそろHRの時間だ。一緒に教室に行くぞ」
「わかりました」
そして俺と柏木先生は職員室を出て1年6組の教室に向かって歩き始めた。
「おい、田島」
「なんですか?」
「その...教室ではさっきみたいな感じで軽い冗談を言わないと約束してくれ。恥ずかしいから」
「奈々さんのためならどんな約束でもしますよ」
「お、おい! お前! ほ、ほんとにそういう事教室で言ったらな! ゆ、許さないからな!」
「ほんとかわいいっすね」
「か、かわっ!?...田島、ほんとに約束破ったら許さないからな? 約束破ったらもう口聞かないからな?」
「口聞かないのだけはマジでやめてください。お願いします。守ります。絶対約束守ります」
「分かったならよろしい。ほら、教室着いたぞ。お前は入口の前で少し待っていろ。先に私がクラスの皆に話をするから」
「了解です」
そう言って先生は教室へと入っていった。
「それでは朝のHRを始める。連絡事項は2点。まず1点目。本日の1限目の国語だが、私に急用が出来て授業が出来なくなったため自習とする」
「やった、自習だぜ!」
「ぐっすり寝れるぜ!」
「終わらせてない宿題やるチャンスや!」
1限目が自習になったという知らせに教室の生徒達がそれぞれ歓喜に包まれている。
ちょっと待て。もしかしてあの先生俺とクラスメイトがじっくり話す時間作るために1限目の自分の授業潰したのか?何だよその気遣い。泣けてくるんだけど。
「次に連絡事項2点目。田島が本日から学校に来ることになった。田島のことは皆も色々聞いているかもしれないが、今まで通り仲良く接して欲しい」
「マジ!? 亮今日来るの!?」
「連絡は取ってたけどやっと会えるのか!」
「今まで通り仲良くとか当たり前っすよ、先生」
「今日来るってことはもう教室の近くにいるんじゃね?早く来ればいいのに」
いや、なんかね、もうね。クラスメイトの友達の反応が暖かすぎるよね。連絡取ってたから知ってるけどほんといい奴ばっか。俺もう別に女友達いなくても良いかも。
「じゃあ田島、入って来なさい」
「はい」
先生の呼びかけに応え、俺は意を決して教室に入ることにした。
「おかえり、亮!」
「待ってたぜ!」
「これからもよろしくな!」
教室に入ると拍手が起こり、それと同時に男子生徒の優しい言葉が聞こえて来る。教室は歓迎ムード一色だ。
......ああもうほんとにそういうのやめてくれ。俺涙腺弱いんだよ。先生とお前らのせいで涙腺がそろそろ限界なんだよ。
「あれ? 亮泣いてね?」
「ハハ、ほんとだ! 亮泣いてる!」
俺は黒板の前に立つと皆の暖かさに耐え切れずに一言も話せないまま涙を流してしまった。
「笑うんじゃねえよ...お前らのせいなんだからな...」
俺は涙声でこう言い返すことしかできなかった。
「田島、大丈夫か? 無理して話さなくてもいいんだぞ?」
「先生、大丈夫です。話せます。」
「わかった。じゃあ皆に話を聞いてもらいなさい」
正直今の俺は涙声で普通に話せる状態じゃない。それでも今胸にあるこの思いを言葉で伝えたいと強く思う。またゼロから始まる高校生活を共に過ごす仲間たちに、歓迎してくれたクラスメートたちに、今胸にあるこの気持ちを俺なりの言葉で伝えたい。
だから無理をしてでも俺は皆に話をすることに決めた。
「皆、田島が来てくれて嬉しいのは分かるが少し静かにしてくれ。田島から話があるみたいだ。」
先生の一言によって教室が静まる。そして空気を落ち着かせてくれた先生に感謝しつつ、軽く深呼吸をしてみる。
...よし、少し落ち着くことができた。話を始めるとしよう。
--はっきりと自分の言葉で伝えてみせる。過去の俺が消えてしまったという謝罪を。そして今ここにいる俺がどんな気持ちでいるのかを。
「では田島、皆に話をしてやってくれ」
「...分かりました」
そして先生の合図に静かに返事をした俺は覚悟を決めて話を始めることにした。
「まずは皆に謝らなければならないことがある。俺は皆のことを覚えていない。誰とどんなことをしたのかを覚えていない。本当にすまない」
俺が悪いことをしたから記憶喪失になったわけではないことは分かっている。しかし、先生や皆の暖かさを感じるのと同時にそんな彼らとの思い出を忘れてしまったことをとても申し訳なく思うのだ。
「そして皆には本当に感謝している。俺が意識不明の間に俺を励ますメッセージをくれた。俺が忘れてしまった思い出を入院中にたくさん教えてくれた...そして今日、俺をこんなに歓迎してくれた。本当にありがとう」
次に伝えたのは感謝の言葉だ。言葉では伝えきれないほど感謝しているけどそれでも言葉にしないと感謝は伝わらないものだ。だから上手く伝えられたかは分からないけど皆に精一杯『ありがとう』を伝えた。
「最後に皆にお願いだ。俺は皆のことを大切に思っている。入院中に皆とメッセージを交わしているうちに気づいた。記憶喪失なんだからそんなことないと思うかもしれないけど本当なんだ。記憶は消えたけど絆は消えてないと信じてる。でもやっぱり思い出を失ったのは寂しくてさ...だからこれから皆と楽しい思い出をたくさん作っていきたいと思ってるんだ。だから俺の思い出作りに協力して欲しい。お願いします!」
俺は最後に自分の願いを伝え、頭を下げた。感極まって思わず涙が溢れ出す。
頭を上げて教室を見渡すと皆泣いていた。先生も俺の横で涙を浮かべている。
「亮!」
俺の挨拶が終わって沈黙が流れていると、一人の男子生徒が俺の名前を呼び、俺の元へ飛び込んできた。するとそれに続いて1人、また1人と男子生徒が俺の元へ続いて飛び込んで来る。
そして俺達は抱き合って泣いた。その時俺達が流したのは思い出を失った悲しみの涙なのか、再会を祝う喜びの涙なのかは分からない。
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ーああ、ここから俺の青春が始まるのだな、と。
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