俺嫌な奴になります。

コトナガレ ガク

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第四十七話 井の中の蛙

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 矢牛は赤い下着の上からブーツだけを履いたかなりマニアックな格好をしていて、白い肌と引き締まりつつもメリハリがある肉体を遺憾なく披露してくれている。
「まだ生きてるわね。上出来上出来」
 矢牛は口は悪いが俺を見て安心したような顔をしている。
 もしかして俺を助ける為にあんなマニアックな格好で来てくれたのか?
 そうなのか? 下着は分かるが、なぜブーツなのだ? ブーツを履くくらいなら他のもっと大事なもん着れただろ。だが、確かに足下は大事だ。素足では状況次第では移動が阻害される。
「随分と大胆な姿じゃ無い。そんなにこの男が大事だった?」
 スキンコレクターが俺が悩んでいることをズバリ聞いてくれた。
「はあっ、ばっかじゃない。私はあんたに逃げられると困るから急いできただけよ。私をコケにしてくれたこと、私の手でキッチリ思い知らせてやるわ」
 矢牛は過剰演技かと思うほどにしかめっ面で答えた。
 これなら俺は矢牛に負い目を感じなくていいようだ。それにしても、脳筋のようで矢牛もスキンコレクターに逃げられることの恐ろしさを理解していたようだな。
 スキンコレクターのように外見が全てとは言わないが、人は他人の情報を外見から得ている。それを自由に変えられるアドバンテージは果てしない。砂府さんも鵡見さんも不意打ちで殺られたのであろう。スキンコレクターを倒すなら顔が分かっている今この時しか無い。
「鉛如き半人前が吼えるじゃない」
「私を舐めるとは百年早いんじゃ無い」
 スキンコレクターが見下す冷笑をすれば、矢牛はつんと上を向いた大層立派な双丘を見せ付けるように胸を張って見下し返す。
 俺は別に枯れているわけじゃない、こういう状況で無ければ酒でも飲みながら鑑賞していたいもんだ。
 暫し二人は睨み合い矢牛が先に動いた。
 スーッと矢牛は右手を真っ直ぐ上に上げ、胸の下のから滑らかなラインで伸びていく脇を晒す。
 バッと左手を水平に掲げ、その綺麗に真っ直ぐ伸びる掌には銀色に輝くカスタネットが握られていた。
 あれが矢牛の旋律具なのか? 時雨さん以外の旋律を見るのはこれが初めてだ。一体どんな旋律を奏でるのか、俺は矢牛の半裸を見た時より胸が高鳴る。
「行くわよ、オーレッ」
 声高らかに陽気に掛け声を上げ、振り下ろす右手が左手と交差し小気味よい一音が鳴るのが合図だった。
タッタッ、と間髪入れずに足のブーツでタップを刻んだ。
フラメンコに似ている。小刻みに体を回しカスタネットを叩くと同時にブーツでタップを刻む。
矢牛の旋律具はカスタネットとブーツだったようで、多分ブーツの底には金属が仕込まれていてあんな堅い音が鳴るのであろう。下着の上からブーツ、あれはマニアックな格好で無く必要最低限の矢牛の戦闘スタイル。
 タッタタラタタタッタッッタタッタ。
 晒される太股の筋肉が躍動し軽快なステップを生み出しタップを刻む。
 しなやかに軽やかに腕が弾けて交差してカスタネットが叩かれ音が紡がれていく。
 共に勢いのある音と音が響き合い燃え上がる旋律を刻み込んでいく。
 旋律に自然と心が湧き上がってくるのを感じる。

 胸が高鳴りリズムを刻み。
 高鳴りが炎を呼び起こす。
 滾る激情を押さえ込む一頭の闘牛。
 漲る闘志が筋肉をはち切れんばかりに盛り上がらせる。
 地を慣らし、呼吸を整え、鋭き角を獲物に定める。
 破裂寸前、限界突破、闘志をただひたすらに高めていく。

 タッタラタッタ タタタ タッタッラッタタッ
 矢牛が跳ねて回って、肌が高揚し汗が湧き上がる。
旋律が高められていく。

 時雨さんが静なら矢牛は動。これはこれでいいと思ってしまい、柄にも無く躍る心を楽しみたいと思うが粋を解せぬ無粋な奴は何処でも現れる。
 スキンコレクターが我に返ったように矢牛の旋律を妨害しようと動き出すのを視界の隅に捕らえた。
だがそうはさせない。
「これを見ろっ」
 俺は吊り下がっていた人間の皮を掴む、人の皮膚だというのに体温がないとこうも冷たくぬめりとするものなのか、ゴミに似てゴムじゃ無いもっと生々しい感触。思わず手を離したくなる感触だが俺は逆に握りしめしっかり掴むとスキンコレクターに向かって投げ付けた。
「なっなにをする」
 矢牛に攻撃を仕掛けようとしていたスキンコレクターは慌てて俺が投げたスキンを受け止めた。
「ほれ、ほれ、頑張らないと命より大事なコレクションが台無しになるぜ」
 スキンコレクターは大事なコレクションを守る為逃げればいいものをここに踏みとどまった。愚かだと笑う行為だが、その拘りがあるからこそこいつは共通認識を突き破る常人を越えた我を持てた。
 我によって力を得たが、裏を返せばその我が弱点にも成る。
 スキンをあっちこっちに放り投げ、慌ててスキンコレクターが拾う。
 見方によっては俺がスキンコレクターを虐めているように見えなくも無い。
 相手の大好きな物を攻撃する。恥ずべきゲスな行為だが俺はやる。
 なぜなら俺は「嫌な奴」だからな。
「お前、人間の皮を躊躇無く掴めるとは、お前はやっぱりこちら側、心が壊れている」
「そんなことは自分がよく分かってるよ。
 まっ壊れた者同士仲良くフィナーレを見ようじゃ無いか」
「なにっ」
 二人で矢牛の方を見れば、艶が香り燃え上がった得意顔で矢牛がフィニッシュを飾る。
「オッーレッ」
 燃えるような掛け声と闘牛の如き踏み込みがなされ、最初と逆の右手を水平、左手を天高く掲げたポーズを取れば、ドンッと踏み込み部屋を振るわすほどの重厚な一音が轟いた。
 轟音と同時に矢牛のブーツの底から炎が燃え上がる。
「矢牛流 炎螺猛進」
 炎に照らされほんのりと朱に染まった肌に浮かぶ汗が煌めく。
「掛かってきなさい。矢牛の猛進止められるものなら止めてご覧」
「小娘がっ」
 ここにきてやっとスキンコレクターは踏ん切りを付け矢牛に向き合い己の全ての能力を持って向かっていく。スキンコレクターは高速のランダムステップを刻みながら柳生に襲い掛かっていく。その動きまるで旋風、俺は離れているから辛うじて見えるが、正面に立つ矢牛にあの動きを捕らえられるのか?
「笑止」
 不敵に笑ったのを最期に俺の目の前から矢牛の姿が消えた。離れて見ている俺でもその動きを全く捕らえられない。
 そして次に矢牛の姿が見えた時には、スキンコレクターの顔面は炎のブーツが食い込み陥没している。マンガでよくある顔面を殴られた表現が現実に再現されている。マンガなら次の瞬間には元に膨らんでいるが、現実でここまで陥没したら頭蓋骨の前面は砕け脳は潰れているだろう。
「ふんっ」
 矢牛が足を引き抜けば、スキンコレクターは燃え上がりつつ倒れていく。
 殺した。あいつはあっさりと人を殺した。
「何よっ。何か可笑しいことあった?」
 矢牛は当然のことをしたに過ぎないと何ら気負うことも無い自然の態度で俺の顔を見て訝しむ。
 俺は今笑っているのか?
「ふっふ、はっは、ふあっはっは」
駄目だ、笑いが込み上げてくる。
俺も心が壊れていると思っていたが流石に人を殺したことは無いぞ。この女、戦国時代のサムライかよ、俺とは別の意味でメンタルが違う。
なんだなんだ。世界は広い。心が壊れて無くても別の意味で今の時代の常識と一線を画す奴がいるじゃないか。
この込み上がる笑い自分が特別だと思い込んでいた己に対する馬鹿らしさか、仲間に出会えた喜びなのだろうか?
「変な奴」
「はっは、よろしくな京」
 笑って肩を叩いた俺を奇異な者を見るような目で京は見るのであった。
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