俺嫌な奴になります。

コトナガレ ガク

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第四十八話 お小言

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 見上げるは5階建てのオフィスビル。
繁華街からは微妙に外れた位置にあり外見も特に目立った特徴は無いが、清掃は適度にされているようで清潔感は感じられる。看板を見るに入っているのは警備会社、便利屋、探偵事務所、法律事務所の四明刻、更には暗刻で旋律士と、どんなトラブルでもこのビルに来れば何とかなりそうだな。
前埜オフィスビル、前埜さんの持ちビルだそうだ。イケメンで優しくて有能に加えて金持ちかよ。超優良物件、時雨さんでなくても惚れる要素満載なのに、その上時雨さんとは幼い頃からの知り合いとか。
「はあ~」
 考えるのを辞めた、兎に角中に入るかと一歩踏み出せば、体中が痛み出す。スキンコレクターの手加減は絶妙だったようで病院で検査した結果致命傷無し。但し骨の幾つかにヒビが入っているそうだ。
 ヒビは中途半端だ。入院するほどじゃないが元気に動き回れるほどでもない。気を失うほどの激痛でもないが動くと痛いは痛い。治りも骨折より遅い。
 それでもだ。入院をするよりはいい。なんと言っても金が掛からない、痛みを我慢すればいいだけのこと。
 痛みもその内麻痺するだろ。
 兎に角何の用かは知らないが、まあスキンコレクター関係の事後処理だろうな。
あの夜、病院での検査を終え入院なんか一泊でも冗談じゃないと抜け出して何とか家に帰れたと思えば、レポート提出を前埜さんに命じられ、提出したと思ったらここに来るように命じられた。別に前埜さんの命令を聞く義務はないが、人死にまで出たこの事件を前埜さんに関わらせたのは俺である以上仕方が無い。
 スジは通すが弱い俺の生き方。

軋む体に優しいエレベーターで3階に上がり廊下に出ると、デパートによくある案内所の如く綺麗なお姉さんが待ち受ける受付があった。
心が落ち着くパスカル調のブースにいたお姉さんは俺と目が合うと、直ぐさま人引きつける笑顔を向ける。
愛想良し、セミロングを軽くパーマにしたお姉さんは皺一つ染み一つ無いスチュワーデスのような青の制服に身を包んでいる。物腰の丁寧さといいかなり質のいい受付を常設しているとは、儲かっているんだな。
「お客様ですか、どうぞこちらに」
「どうも、こんにちは」
「どういったご用件でしょうか?
 悪意な詐欺に遭ったりとか恐喝に合っているようでしたら、弊社にはスペシャリストがいるので安心して下さい。場合によっては弊社の系列の探偵や警備も紹介します。もう大丈夫ですから」
 出会って開口一番の案内がそれかよ。トラブルに遭ったことが前提とは俺はどれだけ不幸オーラを纏って見えるんだ? まあその通りなんだが。
「すいません、前埜さんに呼ばれたのですが」
「えっ」
 何その凄い意外そうな顔。プロのこの人の仮面を剥がすほどに衝撃だった?
「失礼しました。
 失礼ですが、お名前は?」
「果無 迫です」
「ああ。ハイ覗っています。ご案内します」
 ああってどういった意味で納得したのか聞きたいもんだ。

案内されて応接間に入ると誰もいなかった。
「暫くここでお待ち下さい」
「はい」
 8畳ほどの部屋にガラスのテーブルを夾んでソファーが二つ置かれている。絨毯は柔らかく、本棚や観葉植物が飾ってあったりして落ち着いた雰囲気に纏まっている。
 取り敢えず俺は上座と下座どっちに座るべきか考えたが、まあ招待客ではないよなということで、下座に座った。
 さてどれほど待たされるのか、俺は文庫を取り出すと読み出した。

「おりょ、人がいた」
ノックも無しに入ってきた京は俺を見て不思議そうな顔をした。
「ノックくらいしろよ。礼儀知らずだな」
「あんた気配が薄いね。誰もいないと思ったのよ」
 京は騒がしくズカズカ歩いてくると俺の横にどかっと座った。
「騒がしいよりいいだろ」
「あんた本なんか読んでるんだ。インテリぶってる~」
 京は俺が手に持つ文庫の中を覗き込もうとしたのでさっと文庫を閉じた。
「っぶってない。俺はインテリなんだよ」
「まあ、あんた小狡そうだもんね」
「お前は何もかも大味だろ」
「スケベっ」
 俺は体のことでなく性格のことを言ったんだが、いきなり京は自分の胸を両手で隠して俺から離れた。
「その反応自意識過剰じゃないのか?」
「ぬあんですって」
 京が俺に掴み掛かろうとしたところで、コンコンとノックされる音が響き、カバンを持った前埜さんとトレイを持った時雨さんが入室してきた。
「待たせちゃったかな。少し仕事が立て込んでね、申し訳ない」
 それはいいが、なんで時雨さんと一緒なんだよ。
 京はいつの間にか澄まし顔で座り直していて、その対面に前埜が座る。
「紅茶をどうぞ」
 薄く精緻な模様が描かれたカップを前埜さんの前に置く。
「ありがとう時雨」
 時雨さんは前埜さんには秘書とかいるだろうに、かいがいしくお茶汲みをしている。
 何か前埜さんとの身内感を見せ付けられているようだ。
「はいキョウちゃん」
「ありがとう」
「はい」
 俺の前には透明なコップに透明な水が置かれた。
「えっ」
「なにっ」
 あの時雨さんに凄い冷たい目で見下ろされた。
 嫌われているのは仕方ないとして、何か怒らせるような事したか俺?
 思い当たらない、俺は時雨さんに何もしていないはずだ。
 時雨さんが苛めみたいなくだらないことをするはずがないので、何か理由があるはずなんだが思い当たらない。運河で離ればなれになってから、会うのはおろか声すら今初めて聞くというのに。
何もしてないのに怒られてる、理不尽を感じるが謝った方がいいのだろうか?
「はあ~」
 そんな俺を見かねたような京が溜息を吐いた。京には時雨さんが怒っている理由が分かるのか? 俺は心が壊れているのは自覚している、だからこそ俺は本を読み普通の人の感覚というものを学習している。それに照らし合わせても分からないというのに、そんなにも感覚的な事なのか? つまり今日の俺の私服が怒りを湧き上がらせるほどダサいとか。
「果無さ~時雨に電話した? メールでもいいけど?」
「いや」
 必要事項は全て時雨さんの上司である前埜さんに報告しておいた、仕事上問題は無いはず。まさか、自分の飛び越えて報告されたことが面白くないとか。時雨さんが俺の上司なら面白くないと思うだろうが、時雨さんは俺の上司じゃない。
「はあ~」
 京がまた溜息しやがった。
「ここまで言って分からないあんたが分からないわ。
シグ、心配してたよ」
「えっ」
 時雨さんが俺の心配? 思わず時雨さんを見上げてしまった。
「無事なら無事でちゃんと連絡してよ。心配するじゃない」
「えっあの」
 前埜さんから俺の生存は連絡が行っているはずで、別に俺がわざわざ直接伝える必要は・・っということを言えば火に油を注ぐ結果になることは、何となく察しられた。
「病院に行ったら、勝手に帰ったって言うし」
「いやそれは」
 入院費が高いからで、正社員でも無い俺に傷病手当が出るとは思えなかったとは言ってはいけないよな。
「めっ、口答えしない。
 全く君は普段から・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 決壊したダムのように時雨さんのお小言が溢れ出してくるのであった。
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