俺嫌な奴になります。

コトナガレ ガク

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第六十六話 死と生

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 光に溢れた。
 天地恢々命溢れる。
 嗅ぐ。草木の放つ優しい薫りに揺り起こされる。
触れ。注がれる光の滑らかな肌触りにうっとりと浸りたく。
味わい。舌に触れる空気の瑞々しい味に体中の細胞が活性化していく。
 響く。命溢れる山の旋律に鼓動する己の命の旋律を合唱させ心が躍っていく。
 言うなれば女の腹より生まれ落ちた赤子。
 命の誕生の瞬間に立ち会ったのでは無い。
 己自らが当事者と成り命の誕生の瞬間を味わっている。
 ただ赤子と違い、既に発達した五感と六感を備えていることにより、その感動の衝撃は数千倍に跳ね上がり、脳に記録され心に刻み込まれる。
 ああ、生まれし命に感謝。

 起き上がった俺は涙を滔滔と流し、流す涙に心洗われる。
 ただ感動、己が生きていることに感謝する。
 五体満足、何処も欠けること無く俺は大地に立っている。
「ほう、リバースまで辿り着いたか。
 そこのアラン君は其処に至れなかったというのに、どうしてどうして逸材とはどこにいるか分からないものだな」
 老紳士は立ち上がった俺を嬉しそうに見る。
 ちっ話し掛けられた。
 生まれた感動も、早速悪意に晒され色褪せていく。
 孤高で無くては純粋な生を堪能できない。
だが神ならざる俺、凡人は世俗を断っては生きていけない。
二律背反。
「デスからリバースまで至った君に再度問おう。
 死とは何だ?」
「答えよう。死ねば分かるさ」
 俺は拾った銃で三度引き金を引いた。
 パンッパンッパンと小気味良く、リズミカルに。
 真っ直ぐ伸ばして老紳士に突きつけて。
 慣れない反動で多少手元が狂うが、次弾で補正して引き金を引く。
 一撃必殺を狙わず、確実に胴を狙い撃つ。
 銃弾は三発共に老紳士の体に吸い込まれていく。
 命に感動し、命を奪う。
 矛盾。

「死ねば分かる。 
 その答えは学徒としては落第だな。
 死する前に死を解明してこそ探求ではないのかね」
 銃撃を受けてくの字に体を折り曲げたが、一時耐えて再び背筋を真っ直ぐ伸ばして立つ。
 見れば銃弾は鎧の如きスリーピースのスーツに受け止められていた。なるほど鎧の如きで無く、鎧のなのだな。俺のコート同様の防弾仕様、下手すれば防刃仕様。そして鎧の下は銃弾の衝撃を受けられる鋼の体。知的な雰囲気に惑わされたが、老紳士は意外と武闘派だぞ。
 素人の腕で頭を狙うか? 無駄だな今のは嵌まりすぎた不意打ちだからこそ当てられた。正面切って挑めば躱されるのがオチ、六発しか無い弾の無駄遣い。残弾は次に来るチャンスの為に。
「それを言うなら答えを他人に求めている時点でお前も失格だろ」
 仙人の如く山奥で悟りでも開く修行でもしていてくれれば誰も困らないものを。
「これはなかなか手厳しい。
 だが言わせて貰えば最初は私一人で探求していたのだよ。
 生まれ落ちて自我が芽生えてから頭から離れない疑問。
 死とは何か? 生とは何か?
 私にはね、生きている者と死んでいる者との区別が付かないのだよ。
 学問上定義される区別は付くが、普通の人がそんなことを知らなくても分かる、そう感覚的というべきか生者と死者の区別が付かないのだよ」
 生と死の明確な境は誰も定められない。
 心臓が止まったら死か? 脳が止まったら死か? 脳を機械に取り替えて体を完璧に維持できたらそれは生か?
 誰しも折り合いを付けて判断しているだけ。
 死を忌避するあまり誰も深く追求しない、したくないのだ。
 老紳士はそれが出来ない、諦められない、俗に言う天の才を持つ者なのだろう。
 偉業を為せば天才で、悪行を為せば狂人。
「聖人の如く善行を積めば答えが得られるかと、医者になり数多の命を実際に救い、孤児院院を経営し、カウンセラーと成り闇に墜ちた心を掬い上げてきた。
だが、だが答えは何も得られなかった。
 感謝はされど、我が心を満たす答えには出会えなかった」
 天の才を持つ者にとって、目的を果たせないなら地位も名声も紙屑同然なのか。老紳士の顔には偉業を成し遂げておきながらの絶望が刻まれていた。
「ならばと私は悪徳を極めた。
 欲情のままに女を攫い犯し。快楽に浸して狂わせ。愉悦の為に拷問を施し嬲り殺す。死の供物が足らないのかと新種のウィルスを街にばらまき、他人を洗脳して自爆テロをさせたこともある。
 悪魔と嫌われ畏怖されようとも、答えは得られなかった。
 だが、己が思い上がっていたことには気付けた。我は謙虚に成り、他人に教えを請うことにしたのだよ。
 今はその道半ば。人生の師に未だ出会えず」
 今の話を聞いて分かった。
 此奴は紛う事なき狂人だ。
 己の認識を貫き通す魔人。此奴が生者と死者の区別が付くことは無い。付かないことをより強固に確立していく為の反論作業に付かない。
 生と死の境をあやふやに、行き着く先は黄泉の扉の開放か。
 生者と死者がダンスする。
 さて、理知的な雰囲気に騙されたが、相手は狂人。狂人がわざわざ俺に何のようだ? この狂人が求めるものが俺にあるとは思えない。さっきの幻覚技と言うにはあまりにも生々しい狂人の世界を乗り越えられたのは、狂人にとっても誤算のようだ。本来ならあそこで死ぬか限りなく近い状況になったはず。そしてどうなる? アランはそうなってあんなゾンビのようになったらしい。だとしたら俺は狂人の手駒になる。俺の利点と言えば、時雨さんだけで無く前埜みたいな大物の旋律士に近づけること。
 なるほど。誰でも良かったわけだ。ただ単に前埜の命令でアランの迎えに来た人物なら誰でも良かったわけだ。
 巫山戯やがって。
 生の感動を押しのけて怒りがマグマのように湧き上がってきた。他でも無い俺を狙っておきながら、誰でも良かっただと。
 俺の命は意思はそんなに軽くない。
 絶対に思い知らせてやる。
 どんな手を使っても思い知らせてやる。
 俺という存在を刻み込んでやる。
 今までのように時雨さんの為とかじゃない、俺自身の存在意義の為に戦ってやると誓い、一気に気持ちが冷えた。
 まっそれはそれとして、まずはこの場を切り抜けないとな。
 息を吐き一旦熱を持った頭をクールダウン。
 思い知らせてやりたいが、特攻したいわけじゃ無い。
 生き残って時雨さんの顔を見たい。
 ふっ最近の俺は欲張りだな。
 欲望は膨れ上がるが、魔人にゾンビに鬼に囲まれ逃げ道無し。
 銃を持ってしても敵わない戦力差。
 それでも死ぬ気はない。
 このどうしようも無い状況下、腹の底から笑いが込み上がる。
「くっくっく」
「?」
 狂人共が狂人を見るように俺を訝しむんじゃねえよ。
 逆境のスパイスに心踊るだけだ、それが男の子。
「うお・・ ブロロオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン。
 俺の上げようとした雄叫びを塗りつぶす爆音が轟いた。
「なんだ」
 音の方を振り返って見れば、真紅の稲妻が駆け上がってくる。
 消失点の先からあっという間に飛び出してくる真紅のバイクは、真っ直ぐにこちらに向かってくる。バイク同様の赤いライダースーツに包まれたライダーはヘルメットをしているが、その視線が真っ直ぐにこっちに向いているように感じる。
「敵かよッ」
 この有利な状況で援軍を呼ぶとは石橋を叩きすぎだろっ。俺はミンチになる運命を回避すべく必死に飛び退いた。
「くっ」
 飛び退いたところで追跡されたら意味が無い。直ぐさまバイクの挙動を見極めようと見ると、真紅のバイクは初めから俺なんか視界に入ってすら無かったの如く、俺の元いた空間で一際大きな咆哮を上げ老紳士に突撃していく。
さっと壁が動いた。今まで木偶の坊の如く動かなかった巨人がその巨体からは想像できない機敏な動きでバイクの前に立ち塞がる。
激突。そして信じられないことに巨人はバイクの突進を受け止めていた。
バイクの突進を受け止めるなんぞ人間に出来ることじゃない、あの巨人もやはりユガミなのか? それとも怪力の魔人なのか?
「うがーーーーーーーーーーーーーー」
 哮る巨人はバイクを投げ飛ばした。
 投げ飛ばされたバイクはそのまま地面に落下するが、ライダーの方は体操選手の演技のように体を真っ直ぐに伸ばしての空中回転から着地を決めた。
着地した状態ですでに美しく立つライダーがヘルメットを取れば、風に靡く黄金の奔流が溢れ出す。
「やはり来たか、ジャンヌ」
「ここで決着を付けます。セクデス」
 ジャンヌと呼ばれた少女は烈火の如く老紳士を睨むのであった。
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