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第七十八話 俺は生きているか?
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「くっくっく、聖女よ。今日こそ問いに答えても貰おうぞ」
セクデスの周りに立ち並ぶ亡者達の数は30人ほど。一斉に襲い掛かられたら俺ではとてもじゃないが捌ききれない。
つくづく俺は凡人だ。
だが、ゲームじゃ無いんだ、無限の手がある現実世界で絶対の詰みは無い。
「サンプル達よ、ジャン・・・」
活路を模索する俺の前でセクデスの号令が下されようとする。
「其処までだっ」
声の方を見れば警官隊を率いる虎の如き巨軀の中年がいた。本当に実績を重ねその資格を得たリーダーの元に統率されたその数ざっと20人ほど、その一糸乱れる隊列は壮観であった。
「セクデス、大人しく投降しろ。でなければ武力行使も辞さない。言っておくが警告は一度だけだ」
いざとなれば俺如き若造の命令を無視する決断力、20名もの警官が従うカリスマ性、セクデスの危険性を見抜く目、得がたい人材で優秀な指揮官だと分かるが、ただ一点が足りない。
狂気が無い。
狂気無くして勝てない。警告なんか入らない、出会い頭に発砲するネジが一本足りないくらいの狂気が無くしてセクデスに勝てない。だが、それはもはや警官では無い。警官で無ければこの場には駆けつけない。
相反する矛盾。その矛盾をどうにかするのが俺の仕事でどうにかしなければならなかったのに、事態は進んでしまった。
無駄死にはさせられない。仕方ない犠牲ならせめて意味を持たせたい。俺は命令する。
「なっ何をしている。俺は突撃命令なんて出してない。市民の誘導を優先しろ」
「黙れっ青二才っ」
俺の存在ごと吹き飛ばす一喝だった。
「何事もなけりゃ、キャリアのエリート坊やに従ってやっていても良かったが。こうなりゃ別だ。俺達の街で好き勝手やりやがって。俺達の街は俺達が守る」
所詮演技の役職。メッキが剥がれれば誰も従わないか。だがそれでも俺は錆び付き朽ちていくわけには行かない。
「ならなおのこと市民の誘導に専念しろっ。上官命令は絶対だ」
俺達常人で此奴等に勝つなら、最大戦力を集めての圧倒的数の暴力しか無い。それなら勝ち目はある、勝ち目がある上での犠牲なら割り切れる。こんな相手と同数程度の数では飲まれるだけだ。
「意外と根性有るじゃ無いか。もう十年積み重ねればいい指揮官になるかもな。だが俺も抜かりは無いぜ。直属の上司の許可は貰っている」
そう告げると男は俺との会話を拒絶するように視線をセクデスのみに向けた。
「興を削ぎおって。その心意気を抱えて、せめて我がサンプルとなるがいい」
「それは投降しないと受け取っていいんだよな。
全員突撃、容疑者を確保しろ。骨の二~三本は覚悟して貰え」
普通の暴漢相手なら十分問題発言になる過激な命令だが、その命令じゃ駄目なんだ。
警官隊が警棒を振り上げセクデス達に突撃していき、その警官隊の中に大津はいなかった。大津は取り合えず俺に従っていてくれているようだ。俺は急ぎインカムで大津に連絡を取る。
『どういうことだ。大津』
『署長が竹虎警部補に押し切られる形で突撃許可を出したようです』
街を守ろうとする警官の鏡のような人達、そういう人達こそ生き残らなくては成らないというのに、無駄死にはさせない為に押し止めてこその上だろうに。
『大津、あんたは俺に従うんだな』
『あれは常識じゃ計れない化け物です。街を守りたければ貴方に従うのが一番だと思ってます』
彼もまた根は警官、それでいて世界の律の外を見たことで違う視点を持てたようだ。
『そうか。ありがとう』
こんな俺でも信じてくれる人はいるのか。自然と声が出ていた、出てしまった。
『いいか、この近くにセクゼスの仲間がもう一人いる。探し出してくれ』
俺はその言葉を無かったことにしたく、聞こえなかったことを願い、直ぐさま大声で指示を出す。
『分かりました。特徴は?」
『怪しい奴だ』
『・・・。』
『長年街を守ってきた警官の勘に期待する』
別に追い詰められてヤケやギャグで命令をしているわけじゃ無い。顔も何も知らないが、この状況下で逃げもせず怪しい事をしている奴なんか十中八九敵で、一くらいの割合で変態だろ。
『了解です』
『それと、狙撃隊はどうなっている?』
『残念ながらまだ到着していないです。不確定情報ですが、途中で襲撃を受けたとか』
とことんセクデスの方が俺の上を行く。というか日本に来たばかりのセクデスが其処までの組織運用を出来るとは思えない。これは日本にある既存の組織がセクデスのバックアップをしていると思った方が筋が通る。
その時俺の脳裏には、あの狂乱の夜にあった石皮音が思い浮かぶ。
『俺達だけか。頼むぞ』
もはやジャンヌの復活以外に勝機は無い。
『警官人生一世一代の大舞台、果たして見せますよ』
通信は切れた。後は互いに死力を尽くすのみ。
「警部補、頭が頭が無いです」
警官の一人が頭部の無い少女に襲い掛かられ腰が抜けそうなほどに恐怖している。
「狼狽えるな。警官だろうが、お化け屋敷の特殊メイク如きでびびるな」
まだ煙が燻っていたりしたのもあるが、正義に燃える勢いで来た彼等はよく見てなかったのであろう。ただの暴徒と思っていたセクデスの周りにいる者達は、ゾンビ映画さながらの化け物であることを格闘戦になってやっと気付いたようだ。
暴徒に怯む彼等では無いが、既に死んでいるような体の破損している者達相手には、理性を越える死を厭う本能が逃げろと警告する。
「うぎゃああああああああああああああああああ」
叱咤された警官とは別方向から悲鳴が轟く。
「お前もこけおど・・・」
「お前がリーダーだな」
警部補が見る先には警官の頭を巨大な掌で掴む鬼がいた。
「たっ助けて警部・・」
警官の助けの声はぶしゅっとスイカのように潰れる音にかき消えた。
「おっ鬼だ・・・」
魔人だけじゃ無い、鬼までいた。いや地獄に鬼がいるのは当たり前かも知れない。それでもだ、恐怖を具現化したような鬼が前にいようとも、特殊メイクだクスリだと科学的根拠で誤魔化すことはまだ出来た。現に警部補はそうやって誤魔化そうとしたが、今し方頭を潰された部下が立ち上がったことで言葉を失う。
首から上が干し柿のように潰れ立ち上がっても垂れ下がるだけ、ぷらーんぷらーんと頭部を揺らしながら元警官は、生きている警官に襲い掛かる。
「ええい、トリックだ虚仮威しだ。狼狽えるな。撃て撃て撃て」
恐怖に警官隊が総崩れになりそうになるのを警部補は理性を吹っ飛ばし、銃を乱射して見せることで辛うじて防いだ。やはり出来る。常識外を見て思考を停止させること無く理性の面を一枚剥がして対応する。
だがここでの最善手は、退却だ。それをさせるには彼は警官として街を守る責任感が強すぎた。
俺は彼等が命を賭けて紡ぎ出す黄金にも等しい1分1秒を無駄にしないため、大津への指示を終えるとジャンヌの元に駆け寄った。
「どうしたジャンヌ」
地面に転がるジャンヌを抱き抱え質問するが、ジャンヌは答える代わりに口をぱくぱくする
「息が上手く出来ないのか? まるで空気が水のようだ」
手をジャンヌの口元に近づけようとすると明らかに抵抗を感じる。空気というあるかないか分からないものじゃない、今ジャンヌの頭部を包む空気は明らかに水以上の水飴以下くらいの粘度がある。
空気の粘度を自由に替えられる魔人なのか。たいしたことなさそうだが、音を紡ぎ出して奇跡を起こす旋律士や聖女にとっては天敵だな。
手抜かりの無い布陣。残ったのが俺では最早打てる手は一つしか無い。
「聞け、ジャンヌ」
俺はジャンヌの顔を俺の顔の真正面に据える。
「お前はここから全力で走って、この魔の認識領域から離脱しろ。そして大津と協力してまずこの魔人を倒せ。
分かったな」
ジャンヌの濁る顔に逡巡が読み取れる。
「俺達を見捨てて逃げるようだが、俺達が勝つにはこれしかない。
いいかチャンスは一度だ。走れよ」
俺は息を大きく吸い、勢いを付けて粘度の壁を押しのけジャンヌと唇を合わせた。
「ん!!!」
ジャンヌが目を見開き顔を真っ赤にして、力が抜ける。俺はその間に息をジャンヌに送り込む。
「よし。これで一走りは出来るはず。頼むぞ」
ジャンヌは俺の目を二瞬、睨んで、見つめるともう何も言わない、立ち上がると全力で走りだした。
そうだそれでいい。これで最悪でもセクデスの天敵聖女は生き残る。
後は時間を稼ぐだけだぜ、っとジャンヌの背を見送りながら立ち上がろうとした俺の前の前でジャンヌの背に鮮血の花が咲いた。
「えっ?」
俺の見ている前でジャンヌはゆっくりと地面に倒れる。
この不可思議な現象を確かめようと振り返れば、セクデスの手に硝煙上がる銃が握られていた。
「何があってもお前だけは逃がすわけが無かろう」
ジャンヌの体から流れ落ちる鮮血の滝に俺の脳が真っ赤に染まった。
「セクデスっ」
最早後はいらない。
「ん?」
「俺は生きているか?」
「気が狂ったか? つまらない終わりだな」
溜息と共にセクデスは引き金を引く。
セクデスの銃弾が俺の額に当たり頭蓋骨を砕いて脳にめり込んだ。全身の痛覚神経を剥き出しにされて塩をぶち撒かれたような自我が霧散する激痛が走る。
「せめて我がサンプルになるがいい」
笑うセクデスがムンクの叫びのように見える。
銃弾が脳にめり込んだ衝撃に脳の機能が一瞬停止、視覚情報の統合に障害、これからの行動策定に支障が発生。直ちに修理作業に入る。
幸い威力が小さい銃だったようで貫通はしなかったようた。脳みそが多少破壊された程度だ。前頭葉くらいで銃弾が止まってくれると楽だなと思いつつ、額の砕けた穴から脳を傷つけないように左手の指を挿入した。
「なっ!!」
セクデスの顔が驚愕に染まるなか、くちゅくちゅと指で傷つけないように脳飛騨を掻き回していき、異物の侵入に脳から今まで出たことが無いような脳内物質が分泌される。
「あひゅ」
思わず声が漏れる。
これは今まで味わったことの無い感覚、強いて言えば性器をいじくっている時の恍惚。もしかしたら女性のSexの感覚とはこんな感じなのかも知れない。
快楽に溺れないようにして指先の精神を研ぎ澄ましほどなく銃弾を掴むことに成功。一気に引き抜く。
「ふう」
歪んだ視界が矯正され思考もクリアになる。俺は銃弾を捨てた。
「セクデスよ何を驚いている。お前の認識領域において、お前が死と認識しない限り死は存在しないんだろ」
痛みとは死へのシグナル、なら死の無い世界では痛みは、ただの電気信号、命が脅かされる恐怖は無い。恐怖が無ければ驚異じゃ無い。
「さあ、とことん語り合おうぜ。セクデスよ。俺は生きているか?」
笑う俺に、今初めてセクデスは恐怖する顔を見せた。
セクデスの周りに立ち並ぶ亡者達の数は30人ほど。一斉に襲い掛かられたら俺ではとてもじゃないが捌ききれない。
つくづく俺は凡人だ。
だが、ゲームじゃ無いんだ、無限の手がある現実世界で絶対の詰みは無い。
「サンプル達よ、ジャン・・・」
活路を模索する俺の前でセクデスの号令が下されようとする。
「其処までだっ」
声の方を見れば警官隊を率いる虎の如き巨軀の中年がいた。本当に実績を重ねその資格を得たリーダーの元に統率されたその数ざっと20人ほど、その一糸乱れる隊列は壮観であった。
「セクデス、大人しく投降しろ。でなければ武力行使も辞さない。言っておくが警告は一度だけだ」
いざとなれば俺如き若造の命令を無視する決断力、20名もの警官が従うカリスマ性、セクデスの危険性を見抜く目、得がたい人材で優秀な指揮官だと分かるが、ただ一点が足りない。
狂気が無い。
狂気無くして勝てない。警告なんか入らない、出会い頭に発砲するネジが一本足りないくらいの狂気が無くしてセクデスに勝てない。だが、それはもはや警官では無い。警官で無ければこの場には駆けつけない。
相反する矛盾。その矛盾をどうにかするのが俺の仕事でどうにかしなければならなかったのに、事態は進んでしまった。
無駄死にはさせられない。仕方ない犠牲ならせめて意味を持たせたい。俺は命令する。
「なっ何をしている。俺は突撃命令なんて出してない。市民の誘導を優先しろ」
「黙れっ青二才っ」
俺の存在ごと吹き飛ばす一喝だった。
「何事もなけりゃ、キャリアのエリート坊やに従ってやっていても良かったが。こうなりゃ別だ。俺達の街で好き勝手やりやがって。俺達の街は俺達が守る」
所詮演技の役職。メッキが剥がれれば誰も従わないか。だがそれでも俺は錆び付き朽ちていくわけには行かない。
「ならなおのこと市民の誘導に専念しろっ。上官命令は絶対だ」
俺達常人で此奴等に勝つなら、最大戦力を集めての圧倒的数の暴力しか無い。それなら勝ち目はある、勝ち目がある上での犠牲なら割り切れる。こんな相手と同数程度の数では飲まれるだけだ。
「意外と根性有るじゃ無いか。もう十年積み重ねればいい指揮官になるかもな。だが俺も抜かりは無いぜ。直属の上司の許可は貰っている」
そう告げると男は俺との会話を拒絶するように視線をセクデスのみに向けた。
「興を削ぎおって。その心意気を抱えて、せめて我がサンプルとなるがいい」
「それは投降しないと受け取っていいんだよな。
全員突撃、容疑者を確保しろ。骨の二~三本は覚悟して貰え」
普通の暴漢相手なら十分問題発言になる過激な命令だが、その命令じゃ駄目なんだ。
警官隊が警棒を振り上げセクデス達に突撃していき、その警官隊の中に大津はいなかった。大津は取り合えず俺に従っていてくれているようだ。俺は急ぎインカムで大津に連絡を取る。
『どういうことだ。大津』
『署長が竹虎警部補に押し切られる形で突撃許可を出したようです』
街を守ろうとする警官の鏡のような人達、そういう人達こそ生き残らなくては成らないというのに、無駄死にはさせない為に押し止めてこその上だろうに。
『大津、あんたは俺に従うんだな』
『あれは常識じゃ計れない化け物です。街を守りたければ貴方に従うのが一番だと思ってます』
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『そうか。ありがとう』
こんな俺でも信じてくれる人はいるのか。自然と声が出ていた、出てしまった。
『いいか、この近くにセクゼスの仲間がもう一人いる。探し出してくれ』
俺はその言葉を無かったことにしたく、聞こえなかったことを願い、直ぐさま大声で指示を出す。
『分かりました。特徴は?」
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『・・・。』
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『了解です』
『それと、狙撃隊はどうなっている?』
『残念ながらまだ到着していないです。不確定情報ですが、途中で襲撃を受けたとか』
とことんセクデスの方が俺の上を行く。というか日本に来たばかりのセクデスが其処までの組織運用を出来るとは思えない。これは日本にある既存の組織がセクデスのバックアップをしていると思った方が筋が通る。
その時俺の脳裏には、あの狂乱の夜にあった石皮音が思い浮かぶ。
『俺達だけか。頼むぞ』
もはやジャンヌの復活以外に勝機は無い。
『警官人生一世一代の大舞台、果たして見せますよ』
通信は切れた。後は互いに死力を尽くすのみ。
「警部補、頭が頭が無いです」
警官の一人が頭部の無い少女に襲い掛かられ腰が抜けそうなほどに恐怖している。
「狼狽えるな。警官だろうが、お化け屋敷の特殊メイク如きでびびるな」
まだ煙が燻っていたりしたのもあるが、正義に燃える勢いで来た彼等はよく見てなかったのであろう。ただの暴徒と思っていたセクデスの周りにいる者達は、ゾンビ映画さながらの化け物であることを格闘戦になってやっと気付いたようだ。
暴徒に怯む彼等では無いが、既に死んでいるような体の破損している者達相手には、理性を越える死を厭う本能が逃げろと警告する。
「うぎゃああああああああああああああああああ」
叱咤された警官とは別方向から悲鳴が轟く。
「お前もこけおど・・・」
「お前がリーダーだな」
警部補が見る先には警官の頭を巨大な掌で掴む鬼がいた。
「たっ助けて警部・・」
警官の助けの声はぶしゅっとスイカのように潰れる音にかき消えた。
「おっ鬼だ・・・」
魔人だけじゃ無い、鬼までいた。いや地獄に鬼がいるのは当たり前かも知れない。それでもだ、恐怖を具現化したような鬼が前にいようとも、特殊メイクだクスリだと科学的根拠で誤魔化すことはまだ出来た。現に警部補はそうやって誤魔化そうとしたが、今し方頭を潰された部下が立ち上がったことで言葉を失う。
首から上が干し柿のように潰れ立ち上がっても垂れ下がるだけ、ぷらーんぷらーんと頭部を揺らしながら元警官は、生きている警官に襲い掛かる。
「ええい、トリックだ虚仮威しだ。狼狽えるな。撃て撃て撃て」
恐怖に警官隊が総崩れになりそうになるのを警部補は理性を吹っ飛ばし、銃を乱射して見せることで辛うじて防いだ。やはり出来る。常識外を見て思考を停止させること無く理性の面を一枚剥がして対応する。
だがここでの最善手は、退却だ。それをさせるには彼は警官として街を守る責任感が強すぎた。
俺は彼等が命を賭けて紡ぎ出す黄金にも等しい1分1秒を無駄にしないため、大津への指示を終えるとジャンヌの元に駆け寄った。
「どうしたジャンヌ」
地面に転がるジャンヌを抱き抱え質問するが、ジャンヌは答える代わりに口をぱくぱくする
「息が上手く出来ないのか? まるで空気が水のようだ」
手をジャンヌの口元に近づけようとすると明らかに抵抗を感じる。空気というあるかないか分からないものじゃない、今ジャンヌの頭部を包む空気は明らかに水以上の水飴以下くらいの粘度がある。
空気の粘度を自由に替えられる魔人なのか。たいしたことなさそうだが、音を紡ぎ出して奇跡を起こす旋律士や聖女にとっては天敵だな。
手抜かりの無い布陣。残ったのが俺では最早打てる手は一つしか無い。
「聞け、ジャンヌ」
俺はジャンヌの顔を俺の顔の真正面に据える。
「お前はここから全力で走って、この魔の認識領域から離脱しろ。そして大津と協力してまずこの魔人を倒せ。
分かったな」
ジャンヌの濁る顔に逡巡が読み取れる。
「俺達を見捨てて逃げるようだが、俺達が勝つにはこれしかない。
いいかチャンスは一度だ。走れよ」
俺は息を大きく吸い、勢いを付けて粘度の壁を押しのけジャンヌと唇を合わせた。
「ん!!!」
ジャンヌが目を見開き顔を真っ赤にして、力が抜ける。俺はその間に息をジャンヌに送り込む。
「よし。これで一走りは出来るはず。頼むぞ」
ジャンヌは俺の目を二瞬、睨んで、見つめるともう何も言わない、立ち上がると全力で走りだした。
そうだそれでいい。これで最悪でもセクデスの天敵聖女は生き残る。
後は時間を稼ぐだけだぜ、っとジャンヌの背を見送りながら立ち上がろうとした俺の前の前でジャンヌの背に鮮血の花が咲いた。
「えっ?」
俺の見ている前でジャンヌはゆっくりと地面に倒れる。
この不可思議な現象を確かめようと振り返れば、セクデスの手に硝煙上がる銃が握られていた。
「何があってもお前だけは逃がすわけが無かろう」
ジャンヌの体から流れ落ちる鮮血の滝に俺の脳が真っ赤に染まった。
「セクデスっ」
最早後はいらない。
「ん?」
「俺は生きているか?」
「気が狂ったか? つまらない終わりだな」
溜息と共にセクデスは引き金を引く。
セクデスの銃弾が俺の額に当たり頭蓋骨を砕いて脳にめり込んだ。全身の痛覚神経を剥き出しにされて塩をぶち撒かれたような自我が霧散する激痛が走る。
「せめて我がサンプルになるがいい」
笑うセクデスがムンクの叫びのように見える。
銃弾が脳にめり込んだ衝撃に脳の機能が一瞬停止、視覚情報の統合に障害、これからの行動策定に支障が発生。直ちに修理作業に入る。
幸い威力が小さい銃だったようで貫通はしなかったようた。脳みそが多少破壊された程度だ。前頭葉くらいで銃弾が止まってくれると楽だなと思いつつ、額の砕けた穴から脳を傷つけないように左手の指を挿入した。
「なっ!!」
セクデスの顔が驚愕に染まるなか、くちゅくちゅと指で傷つけないように脳飛騨を掻き回していき、異物の侵入に脳から今まで出たことが無いような脳内物質が分泌される。
「あひゅ」
思わず声が漏れる。
これは今まで味わったことの無い感覚、強いて言えば性器をいじくっている時の恍惚。もしかしたら女性のSexの感覚とはこんな感じなのかも知れない。
快楽に溺れないようにして指先の精神を研ぎ澄ましほどなく銃弾を掴むことに成功。一気に引き抜く。
「ふう」
歪んだ視界が矯正され思考もクリアになる。俺は銃弾を捨てた。
「セクデスよ何を驚いている。お前の認識領域において、お前が死と認識しない限り死は存在しないんだろ」
痛みとは死へのシグナル、なら死の無い世界では痛みは、ただの電気信号、命が脅かされる恐怖は無い。恐怖が無ければ驚異じゃ無い。
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