俺嫌な奴になります。

コトナガレ ガク

文字の大きさ
80 / 328

第八十話 不敵

しおりを挟む
「まさかセクデスが殺られたというのか。こんなことなら、何があっても脱出を優先させるべきだった」
 建物の屋上から飛び降りてきた男が倒れたセクデスを見下ろしながら言う。
 まだ寒い冬空に晒されるのに坊主にタンクトップと軽装。細い体付きながらガリと言うより筋肉が引き締まってスリムになったと分かる密度が高そうな筋肉。
 何よりもこの男、三階はある建物の屋上から飛び降りたというのに、水の中を飛び込んできたかのように無傷で地面に着地した。
「米占、どうする?」
 一体の鬼がスキンヘッドの男「米占」に近寄って相談する。
 セクデスが倒れ爆発に巻き込まれたカフェの客も鬼の暴虐に晒された警官達も動かなくなり静かな眠り付いている。一間の静寂に三体の鬼と竹虎警部補を含めた六人の警官達が互いに出方を伺い合っている。
「このままでは廻様に会わせる顔が無いぞ」
 苛立ちげに米占は答える。セクデスの救援に来てみれば、聖女や旋律士なら兎も角訳の分からない若造とセクデスは相打ちになってしまう。自分は完全に聖女を完封して仕事を果たしていたと言うに、本来の仕事であるセクデス救出はしくじってしまう。大層な金と労力を掛けてヨーロッパから日本に迎え入れたというのに、米占はこの無能と大声で叫んでセクデスの死体を蹴り飛ばしてやりたかった。っがそこは大人なので我慢する。
「此奴等を皆殺しにすれば許して貰えないか?」
「ただ人を殺して廻様が喜ぶかっ。
 !」
 廻様は快楽殺人者で無いと怒鳴る米占の視界の片隅に少女が映る。
「いるじゃないかちょうどいい手土産が、聖女を捕らえるぞ」
 視線をジャンヌに固定させて米占は言う。
「殺さないのか? セクデスを殺されたが、聖女を殺せば釣り合いが取れる」
「馬鹿が。滅多にいない聖女だぞ。殺すより生きて連れて帰れば失点を補って余りある。それに腹いせに楽しめもするしな」
「決まりだな」
 米占と鬼は揃ってジャンヌを憤怒功名心獣欲が入り交じった目で見て舌舐めづりする。
「私がお前等如きに好きになると思うなよ」
 悪意の視線に晒されようとジャンヌは気丈に弾き返すが、失血が酷いらしくその顔は青ざめ今すぐ倒れても不思議は無い。
「俺がやる」
「これ以上の失態は拙い手早くやれよ」
 鬼が前に出て米占はバックアップに回る。
「ああ」
 鬼が飛び掛かる機会を伺うようにじりじりとジャンヌにすり寄っていく。ジャンヌは抵抗の意思を示そうと、その最大の武器聖歌で無く太股に差しといたナイフを引き抜き構える。その指より細いナイフの鬼を前にして頼りないこと、それでもジャンヌは屈しないことを示すため構える。
「そんなもんじゃ俺の体は貫けないな。俺が後で体を貫くってのがどういうものなのか、ベットの上で教えてやるよ。
ぐわっ」
 鬼が間合いに入り腰を僅かに落としたタイミングで、鬼の掌にクナイが刺さった。
「誰だっ」
「其処までです」
 時雨がいた。
 世界を紅色に染める夕日を後光に颯爽と立つ時雨。
赤みを帯びた風にポニーテールにまとめた髪を靡かせ、悪を見据える。
悪意に満ちていた世界を鮮烈なる青の浄化が切り裂いてくる。
「ちいっ旋律士か」
 米占が見る先。
 いつものブレザーで無く、開いた胸元には鎖帷子が垣間見える蒼いくノ一の装束を着ている。いつもの普通にしていれば女子高生として群衆に紛れ込めるブレザーを捨て、最初から戦いに特化した戦装束で挑んでいることから、例え旋律士の存在が露呈しようともここで仕留めるという覚悟が伝わってくる。
「キョウちゃんはジャンヌさんを保護して、その間にボクが片付ける」
「だったらその役かわ・・・。
 分かったわ」
 煙に燻される死体が転がる惨状を見る時雨、どちらかと言えば柔らかく可愛いと評される時雨だが、今の顔は怒りに可愛さが削ぎ落とされ精悍さに彩られた美しさ。
 見る者はその美しさに魅入られるかも知れないが、魅入られたらその深い怒りに囚われる。
 京のようにどこかプロとドライに成り切れない時雨は被害者の悲しみに同調する。京はこの怒り発散させねば時雨が壊れると譲ることにしたのだ。
「だが聖女だろうが旋律士だろうが、俺の敵では無い」
 米占は相手が旋律士であるとみると不敵に笑い腕で空気を掻き混ぜ出す。
「旋律士時雨、行くよ」
 名乗りを上げると同時に右手に小太刀、左手に音叉を握り軸がぶれることの無い美しい
旋回を決めると同時に音叉で空気を叩き、旋律の一音を奏でるはずだった。
「波が違う」
 物心ついた時より修練を重ねた旋律、その一音が時雨が記憶している中で聞いたことが無いほどに鈍い波が広がる。
「くっく、俺の世界にようこそ。
お前達は何でそんなにこんなにも邪魔な空気の元で平気で動けるんだ。俺は邪魔で邪魔で少しでも抵抗を減らすように頭すら剃っているというのに」
 普通の人は風を感じて初めて空気を感じる。
 陸上選手が走る時に初めて空気を邪魔と感じる。
だが、米占は常にして空気に水の如く抵抗を感じていた。その常人との認識のズレ、今そのズレが米占側に引き込まれ無くなる。
「風が重い」
「くっく、俺の魔により空気の粘度は変わり音階はずれる。その意味お前なら分かるだろう?」
「それが何?」
 得意がる米占に時雨はくだらないことでも言われたように冷たく問い返す。
 しかし、実際問題旋律は正確無比な音階の羅列から紡ぎ出される旋律。音階がずらされては旋律が世界に律に干渉することは無い。
 つまり目の前の米占こそ、旋律士の天敵のような存在。
「くっく強がるな。浜岡、旋律は封じた嬲れ」
「任せろ」
 ジャンヌを捕まえようとしていた鬼が時雨に今襲い掛かる。鬼に取ってみれば空気が水のようになろうともその力で強引に掻き分けられる、だが華奢な少女に過ぎない時雨はどうなる。
 鬼の豪腕が時雨を掴み掛かろうとする寸前、掻き分けられる空気の流れに乗ってスルリと回潜り、小太刀の一閃を鬼の胸に刻み込む。右手で小太刀を振るい、その勢いのままに音叉を持つ手で空気を叩く。
「ん」
 ずれる音に苛つくのか時雨の眉が多少上がる。
「休ませるな、浜岡。いずれ体力が尽きる」
「分かってる」
 ラッシュラッシュラッシュ、鬼の猛攻だが、時雨は粘度が上がったらなら木の葉が水の流れに身を任せるように流れに乗って攻撃を躱し、音叉を叩いていく。
「はっは、いつまで体力が持つかな」
 時雨は昇り龍の如く流れに乗って空に舞い上がり、花びらのようにひらひらと踊って地に着くと同時に音叉で叩く。
 ぶーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん、音叉の音に小太刀が共振した。
「「なっ」」
「だから何?と言ったよね。君達ボクを馬鹿にしていないかい? 空気は温度湿度の影響を受けていつだって一定じゃ無い、ボク達は都度調律して旋律に望んでいる。
 多少粘度が上がったからって何?
 水の中でだって旋律を奏でてみせるさ」
 時雨が相手の恐怖を誘うように不敵に笑い、旋律が奏で始められる。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

視える僕らのシェアハウス

橘しづき
ホラー
 安藤花音は、ごく普通のOLだった。だが25歳の誕生日を境に、急におかしなものが見え始める。    電車に飛び込んでバラバラになる男性、やせ細った子供の姿、どれもこの世のものではない者たち。家の中にまで入ってくるそれらに、花音は仕事にも行けず追い詰められていた。    ある日、駅のホームで電車を待っていると、霊に引き込まれそうになってしまう。そこを、見知らぬ男性が間一髪で救ってくれる。彼は花音の話を聞いて名刺を一枚手渡す。 『月乃庭 管理人 竜崎奏多』      不思議なルームシェアが、始まる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

終焉列島:ゾンビに沈む国

ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。 最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。 会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。

皆さんは呪われました

禰津エソラ
ホラー
あなたは呪いたい相手はいますか? お勧めの呪いがありますよ。 効果は絶大です。 ぜひ、試してみてください…… その呪いの因果は果てしなく絡みつく。呪いは誰のものになるのか。 最後に残るのは誰だ……

都市街下奇譚

ホラー
とある都市。 人の溢れる街の下で起こる不可思議で、時に忌まわしい時に幸いな出来事の数々。 多くの人間が無意識に避けて通る筈の出来事に、間違って足を踏み入れてしまった時、その人間はどうするのだろうか? 多くの人間が気がつかずに過ぎる出来事に、気がついた時人間はどうするのだろうか?それが、どうしても避けられない時何が起こったのか。 忌憚は忌み嫌い避けて通る事。 奇譚は奇妙な出来事を綴ると言う事。 そんな話がとある喫茶店のマスターの元に集まるという。客足がフッと途絶えた時に居合わせると、彼は思い出したように口を開く。それは忌憚を語る奇譚の始まりだった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...