上 下
187 / 187

最終話 決着したと思うのでみんなで出かけたい

しおりを挟む
 楓の予想通り、遊びと伝えたことで、向日葵たちに隠れていたことで叱られることはなかった。

 しかし。

「すぐ帰ってくると思ったら、暗くなるまで帰ってこなくて心配したんだからね」

 と向日葵から言われてしまった。

 咲夜としては、第一声から叱られると思っていたのか、驚いた様子だった。

「どうしたの?」

 と聞かれた時、咲夜は首を横に振っていた。

 だが、その顔はどこか嬉しそうに楓には見えた。



 数日後。

 楓が玄関で座り、チャイムが鳴らされるのを待っていた。

「いつまで経ってもその待ち方なのね」

 すると、母が楓に話しかけた。

「お母さんも、別に毎度毎度僕の後ろにいなくてもいいんだよ?」

 振り返りながら楓は言った。

 しかし、母はなぜか楽しそうに笑うだけだった。

「どうしたのさ」

「ううん。なんでもないわ」

 なんだか不気味だと思い、楓は母から目線をそらした。

 ちょうどその時、玄関のチャイムが鳴らされた。

「行ってきます!」

「行ってらっしゃい」

 楓は玄関のドアを開け家を出た。

 桜と椿に提案してもらった作戦。

 楓としてはもう十分かとも思っていた。

 が、最後までやるのが筋だろうと考え直し、お出かけで改めてまとめてやることにした。

「遅いよ楓たん」

 楓が家を出るなり桜が言った。

「え!? 今僕が出てきたのに?」

 楓の反応が面白かったのか、桜はケタケタと笑い出した。

「大丈夫よ。迎えに行くってことになってたのだから」

 楓を落ち着かせるように椿は言った。

 他の皆もうんうんと頷いている。

「よかった」

 安心して声を漏らした楓に、向日葵が手を伸ばした。

「じゃ、行こうか楓」

「うん」

 楓は笑顔でその手を取った。



 今日はみんなで集まって出かける予定。

 と言っても、結局は近場のショッピングモールで済ませることになった。

 咲夜からすれば、こうして集まって出かけるのは初めてのことだ。

 そんな中、楓は落ち着かず、絶えず頬をかいていた。

「どうしたの楓」

 落ち着かない様子を向日葵に聞かれ、楓は苦笑いを浮かべた。

「いや、僕の想定としてはもっとババーン! と登場するつもりだったんだけど」

 久しぶりに弟と出かける。そんなこんなで少しはおめかししようと意気込んでいた楓。

 多少、普段よりも服装に気を遣い家を出たものの、反応はないに等しかった。

 加えて、近くとは言え、出かけるということもあってか、みな普段よりもオシャレに見えた。

「やっぱり、僕は中の中。普通ってことなのかな」

 ぼそっと言う楓の言葉に、なぜか向日葵は笑顔で口を開いた。

「別に突出してなくてもいいじゃん。私は今の楓の姿がかわいいくて好きだよ」

「ありがとう」

 我ながら簡単に嬉しくなってしまっている。楓は自分のちょろい気持ちを自覚しつつも、頬をほころばせた。



「さーて。みんな。今日は咲夜たんにこの我らが誇るショッピングモールを堪能してもらうよ」

 ショッピングモールに着くなり、桜が突然そんなことを言い出した。

「そこまでのものでもない気がするのだけど」

 すぐに椿がツッコミを入れた。

「いいの」

 そこまでじゃないことは否定しない桜。

 特に計画も立てていなかったものの、楓たちは桜の先導で歩き出した。

 服を見て、雑貨を見て、ゲームをして、食事をする。提案されたことの総まとめを一気に行った。

 普段やっていることと、なんら変わらないが、咲夜がやってきたばかりの頃なら、実現し得なかった状況。

「こんな日が来るなんてね」

 感慨深そうに咲夜は言った。

「僕も考えてなかったよ」

 楓も椅子に座りながら言った。

 世界が違えば会うことは叶わない。しかし、不思議な力があればその限りではないかもしれない。楓はふとそんな風に思った。

「咲夜。これ、咲夜に似合うんじゃない?」

「ほら、向日葵が呼んでるよ。行ってきたら?」

「兄者は?」

「僕はちょっと休憩」

「わかった」

 咲夜は頷き、向日葵の方へと駆けて行った。

 楓は咲夜を手を振って送り出した。

 すると、ぞろぞろと桜と椿が寄ってきた。

「ふふふ。順調なようだね」

 何やら笑いながら桜が言った。

 一度も経過を聞いてくることはなかった二人だが、進捗が気になってはいたらしい。

「見ての通りだよ。二人のおかげで向日葵と咲夜の仲を取り持つことができたみたい」

 楓の返事を聞き桜は腕を組みながら胸を張った。

「むっふっふ。そりゃあたしのおか」

「楓さんの努力と、二人の感情の問題だと思うわ。私たちは何もしてないわよ」

 桜がドヤ顔をさえぎるように椿が言った。

「ここは椿たんも、私たちのおかげだよ。って言ってよー」

「なんでよ」

「貸しを作っておくみたいな感じでいいじゃん」

「よくわからないわ」

「何にしても、ありがとう。少なくとも、僕一人だけじゃどうにもならなかったからさ。やっぱり二人のおかげでもあるよ」

「そうそう。あたしたちの協力と楓たんの努力あってだよね。楓たんもとうとう自分のやったことを認められるようになったわけだ」

「さっきと言ってること違うじゃない」

「もういいの!」

 椿はやれやれと言った様子で息を吐く出した。

 それからすぐに笑みを作ると。

「そうね。これまでなら自分なんてと言っていた場面だと思うわ」

 椿は言った。

「よくやったー」

 桜にわしゃわしゃと頭を撫でられ、楓は首を引っ込めながら頬を染めた。

「照れてるなー。かわいいなー」

「照れるよそりゃ。咲夜の報告と思ってたのに、僕のことを面と向かって言われるとか思ってなかったし」

「油断してるとすぐに刺されるからね」

「物騒ね」

 言葉とは裏腹に、椿も笑っていた。

 楓はさらに髪型が崩れるほど頭を撫でられつつも、仲良く店内で会話する向日葵と咲夜の姿を見守っていた。



 楽しい時間はあっという間に過ぎ、解散の時間が近づいてきていた。

 さすがの向日葵も注意が分散しているらしく、楓から意識をそらしていることが多くなっていた。

 楓はここぞと咲夜の裾を引いた。

「な」

「しー」

 聞いてこようとする咲夜に、人差し指を立てて声を沈めるように伝える。

 エレベーターへと続く小道のような空間を指さし、二人は黙ってグループから抜けた。

「どうしたのさ兄者。もう帰るんだろう?」

 小道に入ったところで咲夜は言った。

「そうだけどさ。この間言ってたことを実際にやって見せようと思って」

「この間言ってたこと?」

「そう」

 楓はそっと小道から顔を出した。

 咲夜にも同じようにするように、手をまねいて見せる。

 仕方なさそうに小道から顔を出す咲夜。

 二人が見ていたのは、楓と咲夜がいなくなったことには気づいた向日葵の姿だった。しかし、どこへ行ったのかということまではレーダーでもわからないため、混乱している様子だった。

 一番後ろを歩いていた二人は簡単にグループから抜け出すことができたということだ。

「ほらね。案外簡単に二人で話す機会って作れるでしょ?」

 楓が言うと、やっと咲夜はハッとしたように声を漏らした。

「確かに」

 クスクスと笑いながら、二人は向日葵の様子を見ていた。

「何か面白いことがあったのか?」

 にゅっと不思議そうな声を漏らしながら、真里が姿を表した。

「うわっ。真里!」

「あ、いた! もー。二人とも、帰り道はそっちじゃないよ?」

 思わず大きな声を出したせいか、向日葵も流石に気づいたらしい。

「ごめんごめん。じゃ、行こうか」

「なあ、二人は何を話してたのだ?」

「内緒」

 楓は真里に笑いかけながら歩き出した。

 今のところ男に戻る術は見つかっていない。

 だが、弟もいて、友達もいて、仲良くしてくれる神様もいる。

 楓は今の生活も悪くないと思いながら、向日葵の元へと駆けて行った。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

 珠玉の欠片 〜塵も積もれば山となる〜

BL / 連載中 24h.ポイント:99pt お気に入り:17

異世界転移!?~俺だけかと思ったら廃村寸前の俺の田舎の村ごとだったやつ

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:28,884pt お気に入り:909

貴方達から離れたら思った以上に幸せです!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:201,714pt お気に入り:12,354

臆病な犬とハンサムな彼女(男)

BL / 完結 24h.ポイント:163pt お気に入り:3

音のしない部屋〜怪談・不思議系短編集

ホラー / 連載中 24h.ポイント:255pt お気に入り:3

恋するレティシェル

BL / 連載中 24h.ポイント:156pt お気に入り:5

「欠片の軌跡」①〜不感症の魔術兵

BL / 完結 24h.ポイント:92pt お気に入り:35

君じゃない?!~繰り返し断罪される私はもう貴族位を捨てるから~

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:17,836pt お気に入り:2,019

処理中です...