召喚勇者の餌として転生させられました

猫野美羽

文字の大きさ
116 / 203

115. 〈幕間〉勇者たち 1

しおりを挟む

 それは巨大なサイに似た魔獣だった。
 歪曲した角は大きくて鋭い。興奮したように息が吐き出される口元から覗く牙は鮫のように幾重にも連なっていた。
 静かに魔獣を観察していた秋生が鑑定結果を二人に告げる。
 
「鑑定によると、あの固い皮膚は魔法を弾く。通常の武器では貫くことも難しい。突進攻撃が得意で、厄介なことに魔法も使うらしい」

 上級ダンジョンの最下層、所謂いわゆるラスボスはベヒモス。旧約聖書にも登場していた怪物と同じ名の魔獣だ。

「物理も魔法も弾くのか、それは面倒だな」
「突進攻撃や魔法の類は私の固有ギフト【聖なる盾】で防ぐわ」
「頼む、ナツ」

 夏希が片手を掲げると、光り輝く盾が現れた。
 ベヒモスが怒りの咆哮を上げて、雷魔法を放ってくるが、【聖なる盾】のおかげで静電気ほどのダメージも受けることはない。

「まずは、先制」

 得意の雷魔法を無効化され、更に怒りを増したベヒモスに夏希は容赦無く矢を放つ。
 右目を潰された魔獣が悲鳴を上げる中、春人が素早くベヒモスに肉薄した。

「物理攻撃も効きにくいって話だが、なら、ちゃんと効くくらいに強く殴れば良いだけの話だろ?」

 に、と笑いながら春人はその強靭な拳を振り上げた。凶悪な魔獣の懐に滑り込み、下から顎を殴り付けたのだ。
 顎を粉砕されたベヒモスは仰向けに昏倒した。アッパーカットを喰らい、脳震盪でも起こしているのか。大きく痙攣している。
 秋生はふむ、と顎を引いた。

「ハルにしては賢いな。たしかに、そうだ。魔法攻撃が効きにくいなら、ちゃんと効く魔法を使えばいいだけ、と」

 右手を掲げて念じる。固有ギフト【聖剣召喚】を発動させ、光り輝く聖剣を無造作に振り下ろす。
 聖剣には魔法を纏わせてある。
 せっかく見本を見せてもらったので、先程放たれたのと同じ【雷魔法】での攻撃だ。
 もっとも、その攻撃力は桁違い。
 イカヅチはベヒモスの巨体を焦がし、聖剣はその頸を音もなく落とした。

「ん、レベルが上がったな」
「私も久々に上がったわ」

 秋生が呟き、夏希も口角を上げて笑う。春人も慌ててステータスを確認した。

「おっ、本当だ! とうとうレベル230か」

 この世界の破壊神である邪竜を封じるため、三人はダンジョンでのレベルアップに邁進していた。
 邪竜の配下である魔族に占領された人族の街や砦を取り戻しながら、各地のダンジョンに潜っているのだ。
 ダンジョンには魔人が隠れ潜んでいることもあるため、一石二鳥。
 創造神からの祝福のおかげで、異世界から召喚された勇者たちの成長はとんでもなく早いため、真面目に頑張ってきた三人は着実に強くなっていた。
 観光気分で旅を楽しんでいる冬馬はレベル200前後で伸び悩んでいるが、その従弟たちは努力家だった。

「このダンジョンも無事に踏破できたわね。さすがに疲れたから、少し休憩したいかも」

 夏希がため息を吐く。
 強行軍で下層を目指した為、それも仕方ない。他の二人も同意見で、今日はここで野営することにした。

「さて、ラスボスなベヒモスのドロップアイテムは何かなー?」

 ウキウキと春人が宝箱を抱えてきた。
 上級ダンジョンのラスボスからドロップした物なので、期待が大きい。
 宝箱を開ける時だけは、三人とも年相応の表情を浮かべた。
 クリスマスプレゼントのラッピングを剥がす時と同じく、子供のようにわくわくしながら、蓋を開けた。

「黄金の延べ棒と錫杖、宝石だらけの冠もあるぞ。魔法武器も結構ドロップしたみたいだ」
「こっちはマジックバッグね。容量はそれなりにあるから、売ればひと財産になりそう」
「これは魔道具だな。てのひらサイズの家の模型にしか見えないが……」

 黄金や宝飾品、不要な魔法武器などはどれもギルドに売り払っている。この世界で快適に暮らすには、結構な金銭が必要なのだ。
 便利な魔道具は自分たちのために使うので、なるべく確保するようにしているのだが。

「初めて見るタイプの魔道具ね。何かしら、これ……?」
「鑑定しようぜ」

 三人とも召喚された際に【鑑定】スキルは創造神ケサランパサランから貰っているので、迷わず使用した。

「携帯用ミニハウス……?」
「魔力を込めて、地面に設置すると野営用のログハウスに変化する。……マジか?」

 鑑定結果に、揃って息を呑んだ。
 迷わず、秋生が提案する。

「すぐに試そう」

 設置するには、2メートル四方の空き地が必要、と鑑定結果が教えてくれる。
 ここはダンジョンの最下層。ラスボスであるベヒモスを倒したので、フロア全体がセーフティエリアに変化している。

「ここなら安全だ。広さも充分ある」
「じゃあ設置するぞ。念のために離れておこう」
「おう! 楽しみだなー」

 秋生は手にした携帯用ミニハウスとやらに魔力を込めた。地面に置いて、素早く身を離す。

「おお……! 大きくなった!」

 てのひらサイズのオモチャの家が、2メートル四方サイズのミニハウスに変化した。

「いや、さすがに小さすぎんだろ!」

 がうっ、と春人が突っ込むのを秋生は落ち着けと宥めた。

「忘れたのか? ここは異世界。魔道具は意味が分からん便利道具だ」
「そうそう。トーマ兄さんが手に入れたトイレの魔道具も外観は電話ボックスにしか見えなかったんでしょう? きっと扉を開けると──…」

 夏希がドアに手を掛け、扉を開ける。
 予想通り、そこには快適そうな空間が広がっていた。


◆◇◆


「3LDKバストイレキッチン付きの別荘風ミニハウス、最高過ぎねぇ?」

 ひととおり中を探検した結果、そこらの高級宿より余程快適そうな建物であることが判明した。
 
「一人一部屋が使えるのはありがたいわね。何よりトイレが素晴らしい」

 ミニハウスに家具は設置されていなかったが、キッチンには魔道コンロ、洗面所には魔道トイレが設置されていた。

「それにバスルームも完備されている。バスタブもきちんと置かれていた。湯は自分たちで用意しなければならないが……」
「そんなん生活魔法で楽勝じゃねーか! 最高だな!」

 詳しく鑑定したところ、この携帯用ミニハウスは結界付き。魔力は消費するが、レベルアップした三人にとってはさほどの負担に感じない量である。

「安心して休めるのはありがてーな」
「そうだな。トーマのおかげで快適に過ごせるようにはなったが、やはりテントよりは室内の方が安心できる」
「……ねぇ。トーマ兄さんに頼んで、家具を揃えちゃおうよ。自室も整えたいし、キッチンにはテーブルが必須でしょ?」

 夏希の提案に、男二人も速攻で頷いた。

「そうだな。リビングダイニングもせっかく広いんだし、でっかいソファ置きたい」
「俺は自室用のベッドと机が欲しいな。ベッドは今使っているシングルサイズじゃなく、ダブルが良い」
「あっ、ズルイわ、アキ! 私も大きなベッドが欲しい! と言うか、憧れのお姫さまベッドを頼もうっと」

 天蓋カーテン付きのダブルサイズベッドをご所望の夏希。
 その兄である春人もここぞとばかりに注文を付けてくる。

「なら、俺はキングサイズのベッドにするぞ! 六畳間くらいあったから、入るだろ。机は要らないから、アレが欲しいな。ダメになるクッションソファ!」

 冬馬の固有ギフト【召喚魔法ネット通販】の大型家具店なら、どれも揃うのだ。
 キッチンには大理石風のシンクと作り付けの木製の棚がある。フライパンや鍋を吊るせるような壁もあったので、ある程度の調理も可能だろう。

「うーん……食器を置けるキッチンボードは欲しいかも。テーブルセットは四人掛けが良いわね。冷蔵庫はここだと使えないか……」
「いや、デカい氷を作れば食材は冷やしておけるんじゃないか? クーラーボックスでも良いが」

 冬馬からの支援物資──お買い物は週に一度。予算もあるので、そうそう爆買いは出来ないため、なるべく市場で野菜や果物を仕入れるようにしているのだ。
 ちなみに肉はダンジョンで大量に入手できるので、困ったことはない。

「とりあえず、こーんな良い家をゲットしたことをトーマ兄さんに報告しなきゃ!」

 はしゃぐ夏希に瞳を細めて、兄である春人も大きく頷いた。

「そうだな。家具類の買い物の相談もしたいしな!」
「ドロップしたマジックバッグ支払いに出来れば良いんだが」

 スマホを取り出し、頼れる従兄にメッセージを送る夏希を、秋生は苦笑混じりに見守った。


◆◆◆

久しぶりの幕間、勇者サイドです!
三人の活躍の話なので、三人称で進む予定です。

◆◆◆


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~

鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。 そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。 そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。  「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」 オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く! ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。 いざ……はじまり、はじまり……。 ※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。

私の生前がだいぶ不幸でカミサマにそれを話したら、何故かそれが役に立ったらしい

あとさん♪
ファンタジー
その瞬間を、何故かよく覚えている。 誰かに押されて、誰?と思って振り向いた。私の背を押したのはクラスメイトだった。私の背を押したままの、手を突き出した恰好で嘲笑っていた。 それが私の最後の記憶。 ※わかっている、これはご都合主義! ※設定はゆるんゆるん ※実在しない ※全五話

兄がやらかしてくれました 何をやってくれてんの!?

志位斗 茂家波
ファンタジー
モッチ王国の第2王子であった僕は、将来の国王は兄になると思って、王弟となるための勉学に励んでいた。 そんなある日、兄の卒業式があり、祝うために家族の枠で出席したのだが‥‥‥婚約破棄? え、なにをやってんの兄よ!? …‥‥月に1度ぐらいでやりたくなる婚約破棄物。 今回は悪役令嬢でも、ヒロインでもない視点です。 ※ご指摘により、少々追加ですが、名前の呼び方などの決まりはゆるめです。そのあたりは稚拙な部分もあるので、どうかご理解いただけるようにお願いしマス。

猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める

遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】 猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。 そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。 まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。

スキルが農業と豊穣だったので追放されました~辺境伯令嬢はおひとり様を満喫しています~

白雪の雫
ファンタジー
「アールマティ、当主の名において穀潰しのお前を追放する!」 マッスル王国のストロング辺境伯家は【軍神】【武神】【戦神】【剣聖】【剣豪】といった戦闘に関するスキルを神より授かるからなのか、代々優れた軍人・武人を輩出してきた家柄だ。 そんな家に産まれたからなのか、ストロング家の者は【力こそ正義】と言わんばかりに見事なまでに脳筋思考の持ち主だった。 だが、この世には例外というものがある。 ストロング家の次女であるアールマティだ。 実はアールマティ、日本人として生きていた前世の記憶を持っているのだが、その事を話せば病院に送られてしまうという恐怖があるからなのか誰にも打ち明けていない。 そんなアールマティが授かったスキルは【農業】と【豊穣】 戦いに役に立たないスキルという事で、アールマティは父からストロング家追放を宣告されたのだ。 「仰せのままに」 父の言葉に頭を下げた後、屋敷を出て行こうとしているアールマティを母と兄弟姉妹、そして家令と使用人達までもが嘲笑いながら罵っている。 「食糧と食料って人間の生命活動に置いて一番大事なことなのに・・・」 脳筋に何を言っても無駄だと子供の頃から悟っていたアールマティは他国へと亡命する。 アールマティが森の奥でおひとり様を満喫している頃 ストロング領は大飢饉となっていた。 農業系のゲームをやっていた時に思い付いた話です。 主人公のスキルはゲームがベースになっているので、作物が実るのに時間を要しないし、追放された後は現代的な暮らしをしているという実にご都合主義です。 短い話という理由で色々深く考えた話ではないからツッコミどころ満載です。

処理中です...