117 / 203
116. 海辺の家
しおりを挟む海の街での冒険者活動は順調だ。
サハギンは数は多いが、それほど強くないため、シェラの弓でも充分狩ることが出来る。
奴らの肉は食べられないけれど、水属性の魔石はそれなりの価格で買い取って貰えるのだ。
錬金素材として、そのエラも売ることが可能。すり潰して粉末状にしたものが高価な軟膏の材料になると聞いた。
サハギン一匹から採れる魔石とエラは銀貨一枚がその買取り金額になる。
毎日四時間ほど岩場で釣りや貝掘りを楽しみつつ、襲ってくるサハギンを倒すだけで稼ぐことが出来るのだ。
「今日のサハギンは全部で三十二匹か」
「銀貨三十二枚の稼ぎですね。二人で分けても銀貨十六枚の儲けです!」
嬉しそうにシェラが笑う。
笑いたい気持ちは良く分かる。何せ、少しの労働で得られる金額が大きいので。
銀貨一枚は日本円だと一万円くらい。
一日──と言うか、数時間の頑張りで十六万円の稼ぎは美味しすぎる。
「サハギン狩り、こんなに美味しい依頼なのに受ける冒険者が少ないのが不思議だよな」
「セリンさんに聞いたところでは、この街の冒険者たちはランクが低い人ばかりなので、サハギン狩りは厳しいそうですよ」
シェラがこっそり教えてくれた。
セリンは商業ギルドの従業員で受付を担当している女性だ。
初日に冒険者ギルドの出張所であることを教えてくれた受付嬢で、水の魔石を毎日納品する俺たちにとても親切にしてくれている。
やけに愛想が良いと思っていたが、そういう理由だったのか。
真水の需要が多い、この海の街では水の魔石は必須品だ。
よそから買い取ると税金や輸送費やらで高額になるから、毎日せっせとサハギンを狩る俺たちはギルドにとっては良い顧客なのだろう。
「それで俺たち以外は誰も岩場に近寄らないのか」
たまに砂浜で貝を掘る若い冒険者の姿は見かけたが、決して岩場には近寄ってこなかったことを思い出す。
「果樹園で働く方が安全で確実に稼げるから、街の冒険者はそっちに流れていくそうです」
「果樹園を狙うのはディアやボアくらいだもんなぁ……。そりゃ楽そうだ」
「罠を仕掛けて狩るそうですよ。果樹を食べたボアは良く肥えていて、とっても美味しいんですって!」
「だろうなー……」
シェラのアクアマリン色の瞳がキラキラと期待に輝いている。
うっとりと頬を染めながら、どんな味なんだろうお肉…と呟いた。
(さては、魚に飽きてきたな)
元々、文字通りの肉食女子だったシェラ。
魚介類の物珍しさと美味しさにすっかりハマっていたが、さすがに毎日続くと飽きがきたようだ。
とは言え、ここ数日は魚尽くしだったので、食いしん坊の少女でも肉料理が恋しくなったのだろう。
それならば───
「なぁ、シェラ。宿を出ないか?」
唐突な提案に、少女はきょとんとした。不思議そうに首を傾げる。
「え、宿を出るって……もしかして、もうこの街を発つつもりですか?」
「いや、単純に宿生活に飽きた」
「飽きた……」
「ん、飽きたんだ。それなりに清潔な宿だったけど、居心地はあんまり良くなかったし」
「それはそうでしょうけれど……」
我が家に何度か泊まったことのあるシェラは返答に困っている。
当然だ。広くて清潔で便利な家に慣れると、この世界での宿生活はキツい。
「まず、トイレが最悪だ。風呂がないのも困る。今はまだ暖かい季節だから水をかぶるのもそこまでキツくはないけど、冬は地獄だ」
「トーマさん、浄化魔法が使えるじゃないですか」
「そうだけど、風呂は特別なんだ。な、コテツ?」
「うにゃっ」
「コテツさんまで……」
「シェラだって風呂は気に入っていたじゃないか」
「う……だって、暖かいお湯に浸かるなんて贅沢、めったに味わえませんし」
今の稼ぎなら余裕で宿暮らしは出来るが、あいにく異世界の宿は、快適さとは無縁な部屋しかない。
「だから、今夜からは宿を出て、海辺に『家』を出そうかと思って」
にこりと微笑みながら、その提案を告げた。
◆◇◆
「良い景色だな」
「はいっ! すごく綺麗ですね。私たちだけで、この海を独占しているみたい……」
砂浜に腰を下ろし、オーシャンビューを心ゆくまで堪能する。
ちょうど陽が落ちる寸前のマジックアワー。空は黄金色から朱紫にと変化していく束の間の、夢のような時間だった。
ギルドからの帰り道、どうにかシェラを納得させて宿を引き払うことに成功して。
その足で、いつも依頼をこなしている海辺へと舞い戻った。
人気のない、あの場所なら自慢のタイニーハウスを出しても問題はないだろう。
さすがに設置する場所は波打ち際から離れた、砂浜の片隅にしてある。
ちゃんと商業ギルドのセリンにも確認は取ってあるので安心だ。
砂浜での野営に特に許可は必要なく、自由に使っても良いとの太鼓判を貰ってある。
もちろん、使用料も不用。すばらしい。
張り切って【アイテムボックス】から取り出し、設置したタイニーハウスには結界と認識阻害の効果があるため、よほど高レベルの者でしか見つけることは不可能だ。
街中の宿より、よほど安全。
「宿の庭でこそこそ自炊するくらいなら、堂々と家で料理を作りたいしな」
シェラの説得には、これが一番有効だった。
「じゃあ、今夜は揚げ物料理を満喫出来るんですねっ⁉︎」
「ん、期待していて良いよ」
「やったー!」
さすがに宿の裏庭で目立つ揚げ物料理に励む蛮勇はなかったので、シェラは好物のフライやカツがずっとお預け状態だったのだ。
久々の肉料理、しかも大好きな揚げ物で食えると知って、シェラはすぐさま荷物をまとめて宿の女将と交渉した。
先払いしていた宿代を日割りで返してもらい、満面の笑みを浮かべていた少女を思い出すと、苦笑がこぼれ落ちる。
(意外としっかりしてるよな、こういうところは)
ともあれ、海の夕景を堪能した後は、切なく泣き喚く皆の腹を満たしてやらなければ。
シェラとコテツを呼び寄せ、木造の可愛らしい小屋にしか見えないタイニーハウスに戻る。
「さて。じゃあ、さっそく揚げ物料理に取り掛かるか」
メインはシェラのリクエストのオークカツだが、せっかく新鮮な魚介類がたくさん手元にあるので、シーフードフライにも挑戦するつもりだ。
「白身魚のフライ、アジの南蛮漬けもいいな。イカフライにエビフライも外せないけど、俺の楽しみは何と言っても牡蠣フライ!」
たくさん揚げたら、アイツらにも送ってやろう。
三日前、新鮮な魚介類を刺身にして【アイテムボックス】経由で従弟たちに送ってやったら、それはもう大喜びされたので。
(そう言えば、上級ダンジョンのラスボスを倒したら、魔道具仕様の『家』を手に入れたってメッセージが届いていたな……)
そんなドロップアイテムがあるとは。
やはり、ダンジョンは意味が分からない。
(まぁ、俺もトイレハウスをドロップした時はビックリしたもんな)
あの時は驚きよりも歓喜が上回っていたので、それほど気にならなかったが。
「マジックバッグとの物々交換で大型家具やキッチン用品、雑貨類に食料の希望リストも届いてるのか……」
ただの野営アイテムと言うより、これは確実に拠点として快適に使う気満々だな。
気持ちは痛いほど分かる。
「やっぱ宿より『家』がいいもんなぁ……」
シェラはタイニーハウスに戻るや、風呂に駆け込んだし、コテツはお気に入りのソファベッドにへそ天姿で寝転んでいる。
その隣に滑り込んで、ふかふかの腹毛に顔を埋めたいのをどうにか我慢して、黙々と揚げ物作りを頑張った。
294
あなたにおすすめの小説
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは
オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~
鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。
そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。
そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。
「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」
オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く!
ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。
いざ……はじまり、はじまり……。
※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。
私の生前がだいぶ不幸でカミサマにそれを話したら、何故かそれが役に立ったらしい
あとさん♪
ファンタジー
その瞬間を、何故かよく覚えている。
誰かに押されて、誰?と思って振り向いた。私の背を押したのはクラスメイトだった。私の背を押したままの、手を突き出した恰好で嘲笑っていた。
それが私の最後の記憶。
※わかっている、これはご都合主義!
※設定はゆるんゆるん
※実在しない
※全五話
兄がやらかしてくれました 何をやってくれてんの!?
志位斗 茂家波
ファンタジー
モッチ王国の第2王子であった僕は、将来の国王は兄になると思って、王弟となるための勉学に励んでいた。
そんなある日、兄の卒業式があり、祝うために家族の枠で出席したのだが‥‥‥婚約破棄?
え、なにをやってんの兄よ!?
…‥‥月に1度ぐらいでやりたくなる婚約破棄物。
今回は悪役令嬢でも、ヒロインでもない視点です。
※ご指摘により、少々追加ですが、名前の呼び方などの決まりはゆるめです。そのあたりは稚拙な部分もあるので、どうかご理解いただけるようにお願いしマス。
猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める
遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】
猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。
そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。
まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。
スキルが農業と豊穣だったので追放されました~辺境伯令嬢はおひとり様を満喫しています~
白雪の雫
ファンタジー
「アールマティ、当主の名において穀潰しのお前を追放する!」
マッスル王国のストロング辺境伯家は【軍神】【武神】【戦神】【剣聖】【剣豪】といった戦闘に関するスキルを神より授かるからなのか、代々優れた軍人・武人を輩出してきた家柄だ。
そんな家に産まれたからなのか、ストロング家の者は【力こそ正義】と言わんばかりに見事なまでに脳筋思考の持ち主だった。
だが、この世には例外というものがある。
ストロング家の次女であるアールマティだ。
実はアールマティ、日本人として生きていた前世の記憶を持っているのだが、その事を話せば病院に送られてしまうという恐怖があるからなのか誰にも打ち明けていない。
そんなアールマティが授かったスキルは【農業】と【豊穣】
戦いに役に立たないスキルという事で、アールマティは父からストロング家追放を宣告されたのだ。
「仰せのままに」
父の言葉に頭を下げた後、屋敷を出て行こうとしているアールマティを母と兄弟姉妹、そして家令と使用人達までもが嘲笑いながら罵っている。
「食糧と食料って人間の生命活動に置いて一番大事なことなのに・・・」
脳筋に何を言っても無駄だと子供の頃から悟っていたアールマティは他国へと亡命する。
アールマティが森の奥でおひとり様を満喫している頃
ストロング領は大飢饉となっていた。
農業系のゲームをやっていた時に思い付いた話です。
主人公のスキルはゲームがベースになっているので、作物が実るのに時間を要しないし、追放された後は現代的な暮らしをしているという実にご都合主義です。
短い話という理由で色々深く考えた話ではないからツッコミどころ満載です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる