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 ミニバーで紅茶のお代わりを作り、響と壱弥のカップに継ぎ足してくれた。
「壱弥君の話を聞いて、フィアラル・アルファについての仮説がより強化されたよ」
「……仮説、ですか?」
 響が興味深そうに聞き返す。
「うん。以前から、バース専門医としてフィアラルには興味があってね。壱弥君と出会ってからは、色々と資料を取り寄せたり、論文を読み直したりしていたんだけど」
 木之原が紅茶を飲み、壱弥へと視線を向ける。
「僕は、フィアラル・アルファは劣化種ではないと考えているんだ。ノーマルなアルファの上位種として、進化の過程にある種なのではないかと」
 木之原に見つめられ、壱弥は戸惑う。上位種?自分が?何かの冗談だろうと肩をすくめた。
「根拠もあるよ。君の記憶力だ。話を聞いただけでも、壱弥君のインプット力は桁違いに高いことが分かる。処理能力やアウトプット力が追いつけば、ノーマルアルファの頭脳を上回る可能性もある」
 木之原は少し興奮気味に、自身の立てた仮説を語る。
「そして、フィアラルが上位種だとしたら、オメガフェロモンに反応しないことにも理由があるはずだ」
「……理由?」
「そう。フィアラル・アルファは、発情をコントロール出来ると考えられない?より優秀で、相性のいいオメガを嗅ぎ分け、そういった相手にのみ発情する」
 発情する、という言葉にぎくりとした。
 自分が上位種かどうかは分からないけれど、「相性のいいオメガのみに発情する」という木之原の仮説は、響にだけ発情する自分に見事に当てはまる。
「動物は常に、環境に適した進化を辿る。人口が増えすぎた人間社会では、繁殖力は重要な能力ではなくなり、優秀な遺伝子のみを残す理性あるアルファが、上位種として生まれてもおかしくない」
 響は、木之原の話に何か考え込んでいる様子だった。黙って手元のティーカップを見つめている。
「……まぁ、かなり相性が良いと思われる響君にも、壱弥君は発情しなかったわけだから、この辺りは仮説にもほど遠い、想像レベルの話かもね」
 木之原は興奮した自分を恥じるように頰をかいた。
 想像レベルの話と言ってくれたことに、壱弥はこっそり安堵の息を漏らした。
 壱弥は、響に発情したことを隠している。
 本当なら、発情するアルファはすぐにでも響から離れないといけない。
 自分はフィアラル発情しない・アルファだから、ボディーガードとして響の側にいられたのだ。
 けれど、壱弥にはまだ、響の側を離れられない理由がある。響のヒートを壱弥がおさめた翌日、例の脅迫状の四通目が届いたからだ。
『コンペを辞退しろ。そんなに首を噛まれたいのか?』
『最終審査の会場で、お前を孕ませてやる』
『公開つがいショーを世界に配信されたくないなら、コンペには出るな』
 過去の文面の中で一番、危機感を煽る内容だった。
 それをオフィス一階のポストで見つけたのは英司だった。
 スケジュールを自宅でのデスクワークに変更した響はその場にいなかった。
 直接その内容を響に見せないで済んだのは、不幸中の幸いだ。響にはもう少しだけ、緩い言い回しで脅迫文の文面を伝えることができたから。
 英司は内容を確認すると、「クソ野郎」と呟いて、宛名も差出人名も書かれていない封筒を握り潰した。
 前回までと同じように、その脅迫状からはTX+がわずかに香る。
 壱弥は、殺意に近い怒りに身体を震わせた。
 ――響の首を噛む?孕ませる?番?
「……殺す」 
 堪えきれなかった激情が、思わず唇から漏れ出る。
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