黒の魔女、勇者に誘われ街に出る

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2.魔女の生活

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「ほら、着替えるといい。いくらなんでもその服は破れ過ぎだ。防寒の意味も無いだろう。」  

「ゆ、勇者さまぁ~、ありがとうございまする~。」

 彼女は俺から袋を受けとると、目の前で躊躇なく服を脱ぎだしたので、俺は慌てて止めた。

「わわっ!!そこで脱ぐな!向こうで着替えろ!」

「あっ!ごめんなさいでする。動物たちの前では平気なのでするが……。」

「俺と動物と一緒にするなっ!!」

「は、はいーーっ!!ごめんなさいでするーー。」

 俺は彼女の着替えが見えないように窓の方向を見て待っていたが……
 


 遅い……

「ゆ、勇者さまぁ~。これどうやって着るんでするかぁ?」

 振り向くとそこには不恰好に服を身体に巻き付ける魔女の姿。

「き、君は……服の着方も分からないのか?」

「は、はいぃ~。」

「これはボタンと言って……。」

「ほえ~~。」

「これはファスナーで……。」

「ひょえ~~。便利でするなぁ~。」

「貸せ!俺が着せた方が早い!」

 全く目を閉じると見えないから、薄目を開けて彼女に服を着せた。首から下を見ないようにしている俺の気遣いなんて全く気にすることなく、彼女は新しい服に瞳を輝かせている。
 クセなのか、「はへぇ~」とか「ふへぇ~」とか変な声を漏らしながら……。

 この声、力が抜けるんだが……。

「ほぉえ~~。今の人間はこのような服を着るのでするねぇ~。」

「話し方は?」

「は、はいぃ~。直しまするぅ~、いえ、直しますぅ~。」

「『直します』だ。」

「直します……?」

「そう。それで君の名前は?」

「わっ、私はア、アウラです~。」

「アウラか……よい名だ。俺はユースティア。レグロン王国から来た。」

「ユ、ユースティア様……?」

「様なんていらねーよ。ほら、一緒にメシ食おうぜ!」

 俺はテーブルに買ってきた食べ物を拡げた。
 片付いてはいるが年期の入った木のテーブル。俺が手を付くとガタンと傾いて、置いた食べ物がバタバタと床に落ちた。

「わわっ!!ユ、ユースティア様~この机の足は腐ってまするぅ~。手を付くのはちょっと……。」

室内を改めて見回すと、壊れたままの椅子、外れた窓。まるで廃墟だ。

「メシ食ったら俺が直す。」

「は、はいぃ~??」

「俺は神殿から勇者の神託が下りるまでは大工をしてる親父の手伝いをしてた。ここも少しは直せると思うぜ。」

「あ、ありがとうございまするぅ~。」

「だからその話し方を直せ!」

「は、はいぃ~。」

「語尾が間延びしてる!」

「は、はい!」

 俺は、机を使うことを諦め、自分の持っていたマントを床に拡げてそこに食べ物を置いた。

「ほら、少し食え。」

「い、いいのですかぁ~~?」

 服の着方も知らなかったアウラが、食べ方なんて分かるはずもない。
 俺は肉を一口サイズに千切り彼女に差し出した。

「ふわわ~~、良い匂いでするぅ~。」

「早く口の中に入れろ。」

 すると、彼女は俺の指ごと口の中に頬張った。

「っっ!?」

 彼女は肉を口の中に入れ、俺の指についたソースを綺麗に舐めとる。

「ゆ、指は舐めなくていい!」

「な、舐めちゃ駄目でするかぁ?」

 シュンと反省するように俯きながらも、モグモグと肉の咀嚼は中断しない。
 どうやら味は気に入ったようだ。

「旨いか?」 

「は、はい!美味しいでするぅ。こんなの食べたこと無いでするからぁ~~。」

 暫くすると肉のほぐし方を覚えて、真剣な顔で作業を始めた。骨から肉が上手く外れると、嬉しそうに俺に見せてくる。

「ユースティア様~、上手いでするかぁ?」
「ああ、これも食え!」
「ほわわぁ~~これも良い匂いです~。」

 試しに買ったパンは甘い味の物が好みらしい。
 一口食べてはほぅっとため息を吐く。そしてもう一口、パクリと口に含み口角が緩む。その表情は幸せそうで……。俺は彼女の反応一つ一つから目が離せなかった。

「旨そうに食うなぁ……。」

「だって、いつもは果物とか~お野菜を~そのまま食べることが多いでするからぁ~~。」

 俺は自分の分を口に詰め込んだあと、取り敢えず家を直すことにした。

「かなり古い家だな。」

「はぁ~、直しながら大切に使ってはいるのでするがぁ~~。最近は雨漏りも酷くてぇ~。」

 本格的に直すことは出来ないが応急措置なら出来そうだ。急ぐのは雨漏りと、窓……か。

「アウラは街に出ないのか?」

「ひょえ~~、め、めっそうもないでするぅ~。人間は……、恐ろしや~恐ろしや~。」

「俺は?」

「ユースティア様は優しいでするぅ~~。石を投げませんから~~。」

「石を投げないって……当然だろう……。」

「わ、私にとっては、人間は怖い顔をして石を投げるものでするぅ~~。」

「だが、この家に住むのは限度があるぞ?」

「もうそろそろ死にたいのでするぅ~~。どうか、どうか。お慈悲を~~。お慈悲を~~。」

「どうしてだ?」

「も、もう充分生きましたからぁ~~、カカ様とババ様が死んでから一人で生きて来ましたぁ~~。もう、生きるのは沢山でするぅ~~。」

 俺は、このアウラという魔女が心底憐れになってきた。

 この深淵の森でたった一人、魔王より長く生きてきたのか……。この少し間抜けな魔女を助けてやりたくて、俺はこの小屋に暫く滞在することにした。

 

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