5 / 14
よん
しおりを挟む時間を遡る前も今も離宮での生活は寂しい。
王太子宮ではいつも王太子妃付きの侍女が最低でも三人は近くにいた。
けれど今は流行り病が感染するのを防ぐためだと言って、食事を乗せたワゴン車を運び込むと看護人はすぐに部屋を出ていく。
恐らく私は流行り病なんかじゃない。けれどその徹底した対策に、本当に私は流行り病なのだと信じ込んでいた。当時の私は人の近くに行って病気を移してしまうことを恐れて、看護人とすら距離を開けて話をするようにしていた。
療養中の身で着飾る必要も何もないから、侍女たちもそんな大勢は必要じゃない。けれど、ずっと一人きりで過ごすのは寂しかった。
離宮に来て三日目、漸くお父様の放った密偵が離宮を訪れた。
これで何とかお父様とのやり取りが出来る。
密偵の話によると、外の警備はそれなりにいるが、離宮の内部の使用人は少ないらしい。
離宮の警備体制もすでに把握出来ていると教えてくれた。
「クリフには会いに行けないの?」
「はい。王太子宮にも公爵家の手の者を送り込んでいますが、なかなかクリスフォード様と二人きりになる機会は無く……。イーリス様が手配なさった乳母役の女性が漸く来週から王太子宮に入る予定です」
私はクリスフォードを出産後、お父様に手紙を書いていた。時を遡る前に私の経験したことを全て書き出し、三ヶ月後に私が流行り病だと診断されて離宮に閉じ込められるような事が起こった時はヒューバート殿下の陰謀であると書いておいた。
そして三ヶ月後、私は離宮へと軟禁された。お父様は手紙通りの事態が起こったことで、これがヒューバート殿下の策略だと確信しているだろう。
密偵から受け取ったお父様の手紙には、証拠を集めるから暫くここで過ごすようにと書いてあった。私もはじめからそのつもりだった。
今毒を盛った侍医だけを捕まえても意味が無い。私を長期間に渡り軟禁するには、他にも協力者が居たはずだ。
お父様も殿下に協力している貴族を徹底的に洗い出すつもりのようだ。焦って計画を台無しにはしたくない。
けれど、私はクリスフォードに会いたくて……。
離宮には次々とお父様の配下の者が送り込まれてきた。もうレガンド様に毒味をしていただかなくても安心して食事が出来る。こうしてみると、私は逆行前は薬を盛られて常に眠くて怠い状態にさせられていたのだと確信した。
そしてある日の夜
「イーリス様……こちらへ。」
「レガンド様?」
レガンド様が私の部屋へとやって来た。いつもの騎士服とは違って軽装だ。
「クリスフォード様に会いに行きましょう」
「もういいの?」
「はい。アースウェル公爵から連絡をいただきました。俺が護衛します。行きましょう」
何とクリスフォードの乳母としてカサンドラ様が王太子宮に入ったらしい。
けれど、カサンドラ様は日中少しクリフをあやすだけで、ほとんどは他の乳母が世話をしているそうだ。
「オムツも換えれない令嬢が、乳母なんておかしいですよ」
彼女はオムツすら換えないのか……。
レガンド様はヒューバート殿下の護衛だった人なのに……。すっかりこちらの味方のようだ。
カサンドラ様は昼間はクリフの部屋で過ごして、夜は王太子の寝室に入っていくそうだ。きっとヒューバート殿下と仲良くしているのだろう。
「夜間担当の乳母は、イーリス様が依頼した女性です」
私は離宮に入る前、ジュディに頼んで私の代わりに母乳をあげる乳母を探してもらった。乳母だったらクリフと二人きりになれるチャンスがあると思ったから。
「そう、良かった。上手く侵入出来たのね」
「夜はカサンドラ様とヒューバート殿下は寝室に籠って出てきませんから、ゆっくりクリフ様のそばに居れますよ」
やはりカサンドラ様と殿下はそういう仲なのだ。いずれ、カサンドラ様を側妃に迎えるつもりなのだろう。
この国では正妃が長く役割を果たせない状態になった時だけ、側妃を迎える事が出来ることになっている。役割とはお世継ぎの出産や公務を指す。
ヒューバート殿下の母親も側妃だった。
今はまだ側妃を迎えてもよい条件には当てはまらないから、乳母として王太子宮に入ったということか……。
~・~・~・~・~
部屋に入った途端赤ちゃん特有のミルクっぽい匂いがした。
「クリフ……」
久しぶりの我が子は揺りかごに揺られてすやすやと眠っている。記憶にあるよりふっくらして一回り大きくなったみたい。
「イーリス様……。クリスフォード様は今眠ったところにございます」
「ありがとう」
クリフの寝顔は愛くるしくていつまでも眺めていられた。
時々情けない顔になって「ふぇ……ぇ……」と泣きかけるが再びむにゃむにゃと眠りにつく。どんな夢を見ているのだろう。この子の見ている夢が幸せな夢だといいな、なんて思う。
クリフが泣き出したら母乳をあげた。産まれたばかりの頃より吸い付く力が強くなったみたい。
レガンド様は部屋の外には出れないから、授乳中は背中を向けてくれた。
クリフを抱いていると、ヒューバート殿下に裏切られた悲しさも悔しさも全て忘れられた。
ただ、我が子との未来のために……。
応援ありがとうございます!
15
お気に入りに追加
4,071
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる