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13.エニュオ侯爵家
しおりを挟む旅をはじめて6日目、漸くエニュオ侯爵家に着いた。
侯爵家に着くと門番が私の顔を見て直ぐに家令のモッズさんに知らせてくれた。
モッズさんは幼い頃から私の事をよく知っている。ある程度の事情を察した彼は快く出迎えてくれた。
ローレンスに会うため何度も足を運んだ侯爵邸。庭園に咲く薔薇の香りは郷愁を掻き立て、どうしようもなく胸が締め付けられる。
「大丈夫か?」
陛下が私の肩にポンっと手を置いた。私を心配する彼の顔を見て、もう一度庭園を振り返る。
心が血を流すみたいに生々しかった胸の痛みも今はもうない。
何度も、何度も、時間が戻ればいいのにと願った。
なのに、今は過去の事として考えている自分に気づいて愕然とする。
「ええ。ローレンスの葬儀で来た時以来なので、もっと辛いかと思ったのに……。私の時間だけが進んでいることが悲しいです。私……ローレンスを置いていっちゃうのかな。」
傷が癒えていくことが辛い。まるで彼を忘れてしまうみたい。
私はなんて薄情なんだろう……。
陛下は私と並んでエニュオ侯爵邸の庭園を見ていた。
あんなに悲惨な出来事があったのに、花々は生命の煌めきを見せつけるように日の光を浴び鮮やかに花開く。
全てが彼を置いて……。
陛下は何も言わず、ただ私に寄り添うように隣にいてくれた。
しばらくすると侯爵夫妻が私達を出迎えてくれた。久しぶりに会うエニュオ侯爵は少し痩せたみたい。
陛下を紹介すると、侯爵はローレンスに何か聞いてたみたいで、すぐに私達を奥へと案内してくれた。書面ではやり取りしてたって言ってたから、陛下の訪問は予想していたのだろう。
「ローレンスから預かった物です。」
陛下は侯爵が出してきた書類の束を受け取ると一枚ずつ丁寧に確認していく。その中には各国の貴族の名もあるのだろう。陛下の表情はページを捲る度、徐々に険しくなっていった。
「アルティス伯爵夫妻はよく無事で。」
「はい。伯爵邸の中には教団の信者ももぐり込んでいました。農民の蜂起と同時に、邸内に暴徒を誘導する手筈になっていたようです。」
アルティス領でそんな事が起こっていたなんて……。
後から聞いた話によると、アルティス領の気候は麻薬の栽培に向いているらしく、真神教は信者に使用する大量の麻薬確保のためにアルティス領に目を付けたそうだ。
☆
「リーナ、帰ろう。」
「はい。」
庭園を眺めていた私に、陛下が声を掛けた。
もう見ることの無い風景。心の中でローレンスにお別れを言って陛下を振り返った。
帰る間際、アウローラ様が私の方に駆け寄ってきた。アウローラ様はエニュオ侯爵夫人。つまりローレンスの母親だ。
「アウローラ様……。」
私の頬に手を伸ばし涙を溜めた目でアウローラ様はふわりと微笑んだ。
「カトリーナちゃん、幸せになってね。あの子が守りたかったカトリーナちゃんの笑顔を見せて。」
我が子を喪い、私よりきっと大きな傷を持っているアウローラ様の笑顔は見惚れてしまうほど綺麗。
「はい。アウローラ様も侯爵様もお元気で。」
私も、精一杯幸せに見えるように笑った。
☆
「やっとリュゼット王国に帰れますね。」
私の後ろには相変わらず、大きな身体をした陛下がいて、私が落ちてしまわないようにしっかりと支えてくれていた。
「ああ、帰って暫くはまだ危険だと思う。翡翠宮から出ないでくれ。あそこには信頼できる者だけがいる。」
「そんなに危険なんですか?」
「我が国だけでは無い。各国に教団の信者がいる。俺はローレンスに頼まれていた麻薬の栽培地と流通経路を調べた。これから俺は他の国とも話し合いをして、真神教を一斉に摘発するつもりだ。」
「大丈夫でしょうか?」
王宮にはまだ内通者がいるかもしれない。なのに、陛下は自信ありげだった。
「ああ、大丈夫だ。証拠は揃っている。ただ……。」
「ただ……?」
「君はあまり意識していないようだが、俺の弱点は君だ。」
私が……弱点?
考えなしに突っ走るから?
「私が何かしでかさないか不安だって事ですか?それなら……」
「違う!そうじゃない!」
思いがけず強く否定されたことに驚いて続く言葉を飲み込んだ。
「……。」
「……そうじゃ無い。俺も……君の事を大切に思ってるってことだ。」
低く呻くように吐き出した言葉の意味が分からない。
陛下がローレンスの事を特別に感じていたことは分かった。だから、私の事を守ろうとしてくれていることも。
「俺の気持ちをそろそろ自覚して欲しい。」
陛下のきもち……。私は今まで蔑ろにしてきたのだろうか。
陛下も私もそれ以上は喋らなかった。
少し陛下の気持ちが伝わったから。
茜色の空の下、新しい感情が生まれる前触れのような胸のざわめき。それは居心地が悪くてムズムズして……。
そして、私達の旅は終わった。
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