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第二章 続編 セネルス国の騒動
7 補佐として、就任初日
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《ロワクレス視点》
王宮の一翼にある自分の執務室へとシュンを伴って行く。
私は騎士隊の軍服を着用しているが、まだ正式な立場のないシュンは高い詰襟のシャツに茶の革でできた長いベストを合わせて、胴に同じ革のベルトを締めていた。シャツと同色の青いズボンに黒のブーツを履いた姿は愛らしく、黒い髪黒い瞳の神秘さも相まって、通路を通る間も会う人々から視線を注がれている。
だから、王宮には連れて来たくなかったのだ。よほどこのまま回れ右して帰ってしまおうかと、何度も思ったもの。それでも、家に一人で置いておくのも不安だった。目の届くところに置いておきたいと思うのは、私の我儘なのだろうか。
第二騎士隊は王宮西翼にある。軍事関連は西翼に、政策運営関連は東翼に分れ、中央は執政の要、王の執務室と謁見ホールや外交的施設が置かれていた。その奥は王一族が住まう宮殿である。
西翼は中庭を囲むように各騎士隊や軍兵の宿舎棟が並び、仕分けされた幾つもの訓練場がある。厩や馬場もあるのでたいへん広い。
東翼のほうは庭園の奥に神殿、挟んだ東に魔術師統括協会本部があった。本部施設の建物の他に研究棟や魔術師たちが棲息する背の高い塔などがあり、ちょっと近寄りがたい雰囲気をかもしていた。
これらの全てを網羅して王宮の敷地施設として管理されており、これだけで一個の街のような規模だった。
西翼の自分の管轄である騎士隊施設に入り、私は息を吐いた。ずっと息を詰めて警戒していたのだと気が付き、苦笑を浮かべた。文武の宮殿関係者が皆シュンを狙っているような錯覚に囚われていたと知る。
背後を見遣ると、シュンは興味深げに周りを見回しながらとことことついて来た。若干息を弾ませており、知らず知らずに足が速くなっていたのだと反省する。シュンは走って追いかけるようだっただろう。
第二騎士隊は明日から出勤で、分隊長クラスの連中が出てきていた。
「お、シュン君も来たのか」
私に略式挨拶をしながらシュンに笑顔で声を掛けてきた。シュンも顔馴染になっている分隊長達に笑顔で挨拶を返していた。
「あ、隊長、シュン君を連れてきたんすか?」
耳敏いブルナグムが執務室から顔を出した。執務室に入りながら、ブルナグムに告げる。
「今日から、シュンには私の補佐をやってもらう。手続きをやってくれ」
「え? シュン君、もう、字を読めるようになったんすか?」
ブルナグムが目を丸くして訊いてきた。
「読むどころか、もう字も書けるぞ。お前よりよっぽどきれいな字を書く」
私は何となく得意な気持ちになった。別に私が勉強したわけではないのだが。
「ええー? すごいっす! シュン君、すごいっす!」
ブルナグムは私の予想以上に仰天していた。私の機嫌はますます上昇する。
「そういうわけで、これからはお前の負担も減るだろう。好きなシゴキの時間も持てるようになるぞ」
「シゴキなんて、ロワ隊長も口が悪い。訓練すよ、訓練。でも、そうと決まったら、休暇ですっかりたるんでる隊員をばっちり締めてやりやしょう」
嬉しそうに指をぽきぽきと鳴らすブルナグムを眺め、やっぱりシゴキじゃないかと心の中で呟いた。
改めてシュンに補佐の仕事内容を説明しようと振り返ったが、背後にいるはずの姿がない。視線を巡らせると、砦の時と同様に書類が混沌と積み重なっている執務机の上を早くも整理しているシュンが居た。
ブルナグムも口を開けて、テキパキと作業するシュンを眺めている。
「お前が三人いるよりも、よっぽど有能だな。ブル?」
「はあ、お片付けシュン君、俺も欲しいっす……」
「やらんぞ」
「ロ、ロワ隊長? 冗談でなくマジ怖いっすよ」
顔を引き攣らせたブルナグムは執務室からそそくさと出て行った。
会議を終えた私はグレバリオ閣下やリーベック老師の呼び掛けも無視して、シュンが片付けに専念しているだろう執務室に急いだ。
会議に出かける時、シュンに口付けて怒られた。
「場所を考えろ!」
真っ赤な顔で抗議していたが、今日は一緒に家を出てきたので“行ってらっしゃい”の口付けをもらっていない。その代わりだと私は思っている。
執務室に戻ったら、当然“お帰りなさい”の口付けをもらってもいいはずだ。だらだらした不毛な会議にうんざりしていたことも忘れ、私はうきうきした気分で扉を開く。
一瞬、部屋を間違えたかと思った。それほど、執務机の上がすっきりと片付いている。背後の整理棚もきちんと仕分けされ、不要と思われる書類が紐で纏められて床に重ねられていた。
横のサイドテーブルで書類をめくっていたシュンが振り返る。
「ロワ、お帰り。机の前に座って」
問答無用な口調に、私は素直に執務椅子に腰を落とした。すると、目の前に書類をどんと置かれる。
「これが未決分。こっちの束が緊急を要する書類。今日中に確認してサインして。こっちは来週まで。でも、引き伸ばさないでできる限り終わしちゃって」
「…………」
「今までどんな管理していたんだ? ずさん過ぎるだろ? ロワがデスクワークが苦手なのはわかっていたけどな。でも、俺が補佐として来た以上、仕事はきちんとやってもらうよ」
「シュン、“お帰り”の口付けは?」
「そんな暇ないだろ? 早く始めて!」
「……はい」
シュンが厳しい。早くも尻に敷かれそうな予感でいっぱいだった。
王宮の一翼にある自分の執務室へとシュンを伴って行く。
私は騎士隊の軍服を着用しているが、まだ正式な立場のないシュンは高い詰襟のシャツに茶の革でできた長いベストを合わせて、胴に同じ革のベルトを締めていた。シャツと同色の青いズボンに黒のブーツを履いた姿は愛らしく、黒い髪黒い瞳の神秘さも相まって、通路を通る間も会う人々から視線を注がれている。
だから、王宮には連れて来たくなかったのだ。よほどこのまま回れ右して帰ってしまおうかと、何度も思ったもの。それでも、家に一人で置いておくのも不安だった。目の届くところに置いておきたいと思うのは、私の我儘なのだろうか。
第二騎士隊は王宮西翼にある。軍事関連は西翼に、政策運営関連は東翼に分れ、中央は執政の要、王の執務室と謁見ホールや外交的施設が置かれていた。その奥は王一族が住まう宮殿である。
西翼は中庭を囲むように各騎士隊や軍兵の宿舎棟が並び、仕分けされた幾つもの訓練場がある。厩や馬場もあるのでたいへん広い。
東翼のほうは庭園の奥に神殿、挟んだ東に魔術師統括協会本部があった。本部施設の建物の他に研究棟や魔術師たちが棲息する背の高い塔などがあり、ちょっと近寄りがたい雰囲気をかもしていた。
これらの全てを網羅して王宮の敷地施設として管理されており、これだけで一個の街のような規模だった。
西翼の自分の管轄である騎士隊施設に入り、私は息を吐いた。ずっと息を詰めて警戒していたのだと気が付き、苦笑を浮かべた。文武の宮殿関係者が皆シュンを狙っているような錯覚に囚われていたと知る。
背後を見遣ると、シュンは興味深げに周りを見回しながらとことことついて来た。若干息を弾ませており、知らず知らずに足が速くなっていたのだと反省する。シュンは走って追いかけるようだっただろう。
第二騎士隊は明日から出勤で、分隊長クラスの連中が出てきていた。
「お、シュン君も来たのか」
私に略式挨拶をしながらシュンに笑顔で声を掛けてきた。シュンも顔馴染になっている分隊長達に笑顔で挨拶を返していた。
「あ、隊長、シュン君を連れてきたんすか?」
耳敏いブルナグムが執務室から顔を出した。執務室に入りながら、ブルナグムに告げる。
「今日から、シュンには私の補佐をやってもらう。手続きをやってくれ」
「え? シュン君、もう、字を読めるようになったんすか?」
ブルナグムが目を丸くして訊いてきた。
「読むどころか、もう字も書けるぞ。お前よりよっぽどきれいな字を書く」
私は何となく得意な気持ちになった。別に私が勉強したわけではないのだが。
「ええー? すごいっす! シュン君、すごいっす!」
ブルナグムは私の予想以上に仰天していた。私の機嫌はますます上昇する。
「そういうわけで、これからはお前の負担も減るだろう。好きなシゴキの時間も持てるようになるぞ」
「シゴキなんて、ロワ隊長も口が悪い。訓練すよ、訓練。でも、そうと決まったら、休暇ですっかりたるんでる隊員をばっちり締めてやりやしょう」
嬉しそうに指をぽきぽきと鳴らすブルナグムを眺め、やっぱりシゴキじゃないかと心の中で呟いた。
改めてシュンに補佐の仕事内容を説明しようと振り返ったが、背後にいるはずの姿がない。視線を巡らせると、砦の時と同様に書類が混沌と積み重なっている執務机の上を早くも整理しているシュンが居た。
ブルナグムも口を開けて、テキパキと作業するシュンを眺めている。
「お前が三人いるよりも、よっぽど有能だな。ブル?」
「はあ、お片付けシュン君、俺も欲しいっす……」
「やらんぞ」
「ロ、ロワ隊長? 冗談でなくマジ怖いっすよ」
顔を引き攣らせたブルナグムは執務室からそそくさと出て行った。
会議を終えた私はグレバリオ閣下やリーベック老師の呼び掛けも無視して、シュンが片付けに専念しているだろう執務室に急いだ。
会議に出かける時、シュンに口付けて怒られた。
「場所を考えろ!」
真っ赤な顔で抗議していたが、今日は一緒に家を出てきたので“行ってらっしゃい”の口付けをもらっていない。その代わりだと私は思っている。
執務室に戻ったら、当然“お帰りなさい”の口付けをもらってもいいはずだ。だらだらした不毛な会議にうんざりしていたことも忘れ、私はうきうきした気分で扉を開く。
一瞬、部屋を間違えたかと思った。それほど、執務机の上がすっきりと片付いている。背後の整理棚もきちんと仕分けされ、不要と思われる書類が紐で纏められて床に重ねられていた。
横のサイドテーブルで書類をめくっていたシュンが振り返る。
「ロワ、お帰り。机の前に座って」
問答無用な口調に、私は素直に執務椅子に腰を落とした。すると、目の前に書類をどんと置かれる。
「これが未決分。こっちの束が緊急を要する書類。今日中に確認してサインして。こっちは来週まで。でも、引き伸ばさないでできる限り終わしちゃって」
「…………」
「今までどんな管理していたんだ? ずさん過ぎるだろ? ロワがデスクワークが苦手なのはわかっていたけどな。でも、俺が補佐として来た以上、仕事はきちんとやってもらうよ」
「シュン、“お帰り”の口付けは?」
「そんな暇ないだろ? 早く始めて!」
「……はい」
シュンが厳しい。早くも尻に敷かれそうな予感でいっぱいだった。
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