最推しと結婚できました!

葉嶋ナノハ

文字の大きさ
38 / 61

38 余計な誘いをなくすための方法

しおりを挟む

 夕美はカジュアルなイタリアンダイニングの個室で、室井と向かい合っていた。

「夕美ちゃん……」

「は、はい……」

 神妙な声を出す室井に、夕美も緊張気味な声で返事をする。

「私ってエスパーかも……。いや、予言者? ていうか、すごくない!?」

 彼女は興奮気味に言いながら、グラスワインを掲げた。

「夕美ちゃんに社長のことを『狙い目なんじゃない?』って勧めた私、すごーっ! そしておめでとうっ!」

「あ、ありがとうございます……!」

 夕美もグラスを持ち上げ、室井と乾杯をした。


 ――千影と同棲を始めて明日で二週間になる。

 ようやく千影の家での生活に慣れてきた頃、「室井さんになら話してもいいよ」と、彼に言われたのだ。

 夕美の住所変更などの関係から、総務の一部にだけは千影が説明をした。
 結婚式の日取りが決定したあとに社内で報告する予定なので、情報が漏れないよう、個人情報の管理を徹底してほしいとの言葉も添える。

 だが、夕美と仲が良い先輩の室井だけには話しておいて、何かと協力してもらってはどうかと、千影が提案してくれたのだ。

 もちろん夕美は喜んでそれを受け入れた。室井には、千影とのことを一番に報告したいと思っていたからだ。

 そういうわけで、今夜は事情を話すために、この店に室井を誘ったのである。

 夕美に誘われた時点で何かを察していたのだろう。
 室井は夕美の告白を聞くや否や、神妙な顔をして「エスパー」発言をしたのだった。

「幸せになるんだよ? たとえ社長でも夕美ちゃんを泣かせたら、この私が許さないんだから。何かあったらすぐに言うのよ?」

「ありがとうございます……。そんなふうに室井さんに言われたら、嬉しくてなんか泣けちゃう……」

 真剣に心配してくれる先輩の言葉に、夕美は涙ぐんだ。

「私のかわいい後輩だもの。大切に思ってるんだから、ね?」

「はい」

 優しく微笑んだ室井に笑みを返し、ふたりでバーニャカウダを食べ始める。たっぷりの野菜と、にんにくの効いた温かいソースが美味しい。

 運ばれてきたチーズの盛り合わせや、金目鯛のカルパッチョを口にしていると、室井が独り言のように言った。

「実は私、こんなふうになる予感はしてたのよ」

「予感、ですか?」

「社長と夕美ちゃん。たとえば、この前の合コンだけど、よく考えたらその日に夕美ちゃんを社長が誘ったのって、合コンに行かせたくなかったからなのかなって。夕美ちゃんを誰にも盗られたくなかったんじゃない?」

「え……ええっ」

 夕美が驚くと、室井は「だってね?」と眉根を寄せた。

「タイミングが良すぎるのよ。社長がどうして合コンがあることを知っていたのかはわからないけど、知り合いの都合をつけてきて、メンバーにしたじゃない? それって私が夕美ちゃんを合コンに誘ったところを目撃した社長が、先回りしたとしか思えないのよ」

「そ、そんなことありますかね……?」

「なきにしもあらずよ」

 室井はカルパッチョ美味しい! と目を輝かせてから、再び話に戻った。

「思い返してみれば、夕美ちゃんたちが新人で入った時、社長から口を酸っぱくして言われたのが『新人を無理に飲み会に誘わないこと。プライベートで合コンなども誘わないこと』だったのよね」

「ええ、それは私たちも聞いています」

「それがさ、今年度の新人に向けては、そのお達しはなかったのよ。だから私、もういいのかと思って夕美ちゃんを誘ったっていうのもあるのよね……」

「今年度から方針を変えたんでしょうか」

 夕美はワインを飲み、室井に尋ねる。

「というよりも、夕美ちゃんが毒牙にかからないように注意喚起したんじゃないの~? って、それは私の妄想に過ぎないかもだけどね」

 ふふふと、室井が意味深に笑ったところで、蟹のパスタが運ばれる。
 濃厚な蟹の風味とクリーミーさが相まって、思わず笑みがこぼれるほどに美味しかった。

 ワインをお代わりした時、室井が「そういえば」と言って、パスタを巻く手を止めた。

「今思い出したけど、夕美ちゃんに仕事を教えるのって、最初は私じゃなかったのよ」

「そうなんですか?」

「私と同期の生島(いくしま)くん、いるじゃない? 彼が夕美ちゃん担当だったんだけど、急に私に変わったのよ。神原社長、直々に指名されたから覚えてる」

「その話は初めて聞きました。私には最初から室井さんがついてくれたから……」

「まぁこれは、女性同士のほうがトラブルもないだろうという社長の配慮だと思うけどね。夕美ちゃんと社長がこうなった今、そういえばって勝手に考えちゃっただけだから、気にしないで」

 ニコッと笑った室井はパスタを食べ、続ける。

「何にしても、社長が私を信頼して、夕美ちゃんとのことを報告していいと言ってくれたんだもの。心から嬉しいし、黙っているのが大変だったら、私に何でもぶつけていいからね。もちろん誰にも話さないから」

「ありがとうございます。私、一番に室井さんに伝えたかったから、そう言ってもらえて本当に嬉しいです……!」

「こちらこそ、ありがとう……! カンパーイ!」 

「かんぱいっ!」

 もう一度グラスを合わせて乾杯し、その後も話は尽きることなく、食事を楽しんだ。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~

吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。 結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。 何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~

猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」  突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。  冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。  仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。 「お前を、誰にも渡すつもりはない」  冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。  これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?  割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。  不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。  これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

エリート役員は空飛ぶ天使を溺愛したくてたまらない

如月 そら
恋愛
「二度目は偶然だが、三度目は必然だ。三度目がないことを願っているよ」 (三度目はないからっ!) ──そう心で叫んだはずなのに目の前のエリート役員から逃げられない! 「俺と君が出会ったのはつまり必然だ」 倉木莉桜(くらきりお)は大手エアラインで日々奮闘する客室乗務員だ。 ある日、自社の機体を製造している五十里重工の重役がトラブルから莉桜を救ってくれる。 それで彼との関係は終わったと思っていたのに!? エリート役員からの溺れそうな溺愛に戸惑うばかり。 客室乗務員(CA)倉木莉桜 × 五十里重工(取締役部長)五十里武尊 『空が好き』という共通点を持つ二人の恋の行方は……

恋に異例はつきもので ~会社一の鬼部長は初心でキュートな部下を溺愛したい~

泉南佳那
恋愛
「よっしゃー」が口癖の 元気いっぱい営業部員、辻本花梨27歳  ×  敏腕だけど冷徹と噂されている 俺様部長 木沢彰吾34歳  ある朝、花梨が出社すると  異動の辞令が張り出されていた。  異動先は木沢部長率いる 〝ブランディング戦略部〟    なんでこんな時期に……  あまりの〝異例〟の辞令に  戸惑いを隠せない花梨。  しかも、担当するように言われた会社はなんと、元カレが社長を務める玩具会社だった!  花梨の前途多難な日々が、今始まる…… *** 元気いっぱい、はりきりガール花梨と ツンデレ部長木沢の年の差超パワフル・ラブ・ストーリーです。

私の婚活事情〜副社長の策に嵌まるまで〜

みかん桜
恋愛
身長172センチ。 高身長であること以外ごく普通のアラサーOL、佐伯花音。 婚活アプリに登録し、積極的に動いているのに中々上手く行かない。 「名前からしてもっと可愛らしい人かと……」ってどういうこと? そんな男、こっちから願い下げ! ——でもだからって、イケメンで仕事もできる副社長……こんなハイスペ男子も求めてないっ! って思ってたんだけどな。気が付いた時には既に副社長の手の内にいた。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~

cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。 同棲はかれこれもう7年目。 お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。 合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。 焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。 何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。 美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。 私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな? そしてわたしの30歳の誕生日。 「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」 「なに言ってるの?」 優しかったはずの隼人が豹変。 「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」 彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。 「絶対に逃がさないよ?」

処理中です...