最推しと結婚できました!

葉嶋ナノハ

文字の大きさ
39 / 61

39 素晴らしい趣味(1)

しおりを挟む

 室井と別れ、マンションに着いた頃には二十二時近くになっていた。

「ただいま。やっぱり千影さん、まだなのね。今日は大事な取引相手の人と会食って言ってたけど……大変だな」

 リビングの明かりを点け、エアコンの暖房もつける。この部屋自体がそれほど冷え込んでいないので、すぐに温かくなった。

「社長が頑張ってるんだもの。私もいち社員として頑張らなければ!」

 夕美はグッと拳を握り、バッグを置いて手を洗いに行く。
 お風呂にお湯を沸かし、洗面台でメイクだけ落とした。さっぱりした顔を鏡で見つめながら、室井との会話を思い出す。

「千影さんが、私を他の人に盗られないようにしていたなんて、そんなことあるのかな……」

 だから夕美が合コンに行かないように仕向け、食事に誘った。いやあれは、腕時計のことを知りたかったから夕美を誘ったのでは……?

「それに、あの忙しい千影さんに、そんなヒマがあったとは思えない。そもそも本当にそこまで好かれてたとしたら、私だって少しは気づくはず」

 夕美はひとりうなずき、リビングに向かった。

「でも、もしも……もしも本当にそんなことがあったとしたら。ちょっと彼を怖いと思うの半分、でも今の私はそれくらい彼に好かれてみたいと思うの、半分……って感じ」

 千影になら、嫉妬されたり、束縛されたみたい、などという考えが頭に浮かんでいることに驚く。

(それよりも、私のほうが嫉妬するんじゃないかって、そのほうが心配……)

 毎日、推しを独り占めしているという、とんでもない幸福。それに浸かりきってしまったら……。
 欲張りな自分が出てしまいそうで怖かった。

 そんなふうに悩みながら入浴し、寝支度を整えてリビングに戻るとスマホが光っていた。

「あ、千影さんからメッセージが来てる」

 会食は終わり、これから帰るというメッセージだ。時間は二十三時半になろうとしている。

「今、青山にいるってことは……帰ってくるまでまだ時間がある。よし、推し活手帳書いちゃお」

 悩んでいるときはこれに限る。
 夕美は「気を付けて帰ってね」と千影に返信し、急いで自室に入って暖房をつけた。そして隠しておいた推し活手帳を取り出す。

 このマンションに引っ越してからはまだ、一度もひらいていなかった推し活手帳。夕美はテーブルにそれを広げ、お気に入りのペンを手にした。

 ここでの千影の様子、言ってくれた嬉しい言葉、お気に入りの手料理……、などなど書き込んでいく。ずっととっておいた「神原社長シール」も慎重に貼った。

「うわ~、楽しい~! かわいい~! 素敵~! ……はっ」

 嬉しさのあまり声を上げた夕美は、つい癖で「いけない」と口を覆う。しかし、すぐにその手を戻した。

「ううん。いいのよ、大きな声を出しても。ここはアパートと違って、お隣の声は何も聞こえないんだから」

 ホッと安心した夕美は、クローゼットの奥にしまっておいた自作の「神原社長ぬいぐるみ」も引っ張り出した。

 ダークグレーのスーツを着た社長のぬいは、穏やかな笑みを湛えて夕美を見つめている。

「かわいい……。お洋服の替えと、新作のぬいも作りたいな。こうやって千影さんの帰宅時間が遅い日にこっそり作ろう。楽しみ~」

 パジャマ姿もいいな……などと想像しながら、ぬいのほっぺを突っついた。アクスタやアクキーも並べているうちに止まらなくなり、自作の推し活うちわや、推し活手帳の情報をまとめたファイルなども取り出した。

「あとは、千影さんが出張でいないときの寂しさを紛らわすために、今から抱き枕を作っておきたいんだよね……。危険が伴うけど、欲しい……」

 つぶやきながら、テーブルの上に肘をつく。

 推しグッズに囲まれて幸せな気持ちのまま、夕美はゆっくりとまぶたを下ろして、妄想に耽った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~

吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。 結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。 何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~

猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」  突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。  冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。  仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。 「お前を、誰にも渡すつもりはない」  冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。  これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?  割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。  不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。  これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

エリート役員は空飛ぶ天使を溺愛したくてたまらない

如月 そら
恋愛
「二度目は偶然だが、三度目は必然だ。三度目がないことを願っているよ」 (三度目はないからっ!) ──そう心で叫んだはずなのに目の前のエリート役員から逃げられない! 「俺と君が出会ったのはつまり必然だ」 倉木莉桜(くらきりお)は大手エアラインで日々奮闘する客室乗務員だ。 ある日、自社の機体を製造している五十里重工の重役がトラブルから莉桜を救ってくれる。 それで彼との関係は終わったと思っていたのに!? エリート役員からの溺れそうな溺愛に戸惑うばかり。 客室乗務員(CA)倉木莉桜 × 五十里重工(取締役部長)五十里武尊 『空が好き』という共通点を持つ二人の恋の行方は……

恋に異例はつきもので ~会社一の鬼部長は初心でキュートな部下を溺愛したい~

泉南佳那
恋愛
「よっしゃー」が口癖の 元気いっぱい営業部員、辻本花梨27歳  ×  敏腕だけど冷徹と噂されている 俺様部長 木沢彰吾34歳  ある朝、花梨が出社すると  異動の辞令が張り出されていた。  異動先は木沢部長率いる 〝ブランディング戦略部〟    なんでこんな時期に……  あまりの〝異例〟の辞令に  戸惑いを隠せない花梨。  しかも、担当するように言われた会社はなんと、元カレが社長を務める玩具会社だった!  花梨の前途多難な日々が、今始まる…… *** 元気いっぱい、はりきりガール花梨と ツンデレ部長木沢の年の差超パワフル・ラブ・ストーリーです。

私の婚活事情〜副社長の策に嵌まるまで〜

みかん桜
恋愛
身長172センチ。 高身長であること以外ごく普通のアラサーOL、佐伯花音。 婚活アプリに登録し、積極的に動いているのに中々上手く行かない。 「名前からしてもっと可愛らしい人かと……」ってどういうこと? そんな男、こっちから願い下げ! ——でもだからって、イケメンで仕事もできる副社長……こんなハイスペ男子も求めてないっ! って思ってたんだけどな。気が付いた時には既に副社長の手の内にいた。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~

cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。 同棲はかれこれもう7年目。 お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。 合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。 焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。 何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。 美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。 私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな? そしてわたしの30歳の誕生日。 「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」 「なに言ってるの?」 優しかったはずの隼人が豹変。 「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」 彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。 「絶対に逃がさないよ?」

処理中です...