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42 自覚を持って行動を(1)
しおりを挟む社内打ち合わせを終えた夕美は、退勤の支度をしながら、千影との結婚式について思いを馳せていた。
結婚式場を二つに絞り、千影と見学に訪れたのだ。どちらも気に入ったが、彼と相談して早めに予約が取れるほうを選んだ。
(六月に押さえることができたから、あとは来月に招待状を送って……、社内にはその前に発表することになるのかな……?)
室井を含む一部の人間しか千影と夕美の関係を知らないので、相当驚かれるだろう。
周りを見回しながら想像すると、ドキドキが止まらない。
夕美は深呼吸をして、いったん気持ちを落ち着けた。
(……とにかく、今は年度末で千影さんは激務だし、できることはひとりで頑張らなくちゃ。千影さんの心身の負担にならないようにするのはもちろんのこと、仕事でもプライベートでも彼に迷惑をかけないように気を付けること!)
千影との結婚のため、そして彼自身のために頑張るのだと、夕美は力強くうなずく。
オフィスのビルを出ると、夕暮れを過ぎた春の風が夕美の髪を攫った。
街路樹の桜のつぼみは今にもひらきそうなピンク色をしており、春爛漫を待ちわびる様相だ。
「あのっ」
四月に入ってくる新入社員を思い浮かべながら、微笑ましい気持ちで歩いていた、その時。
「あの、奥寺さん……っ!」
「えっ?」
名前を呼ばれて振り返ると、見覚えのある男性と目が合った。
「ご無沙汰しております。T社の平井です」
彼は焦った表情で挨拶しながら、その場で深々とお辞儀をする。
「あっ、すみません、気づかなくて……!」
「いえ、こちらこそすみません。いきなりお声をかけたりして」
顔を上げた平井は申し訳なさそうな表情で、夕美に視線を戻した。
彼――T社の平井は、古民家再生の件で取引をしていた時の担当者だ。
正月休みに夕美を食事に誘ったことから千影の不審を買い、取引を中断したのだが……。
「今、お時間ありますでしょうか」
「……どうされたんですか?」
今さら何の用があるのかと、夕美は眉をひそめる。
「どうしても奥寺さんに謝りたくて……。そこのカフェでお話できないでしょうか。すぐに終わりますので」
切羽詰まった様子で平井が言った。
人がいる場所なら危険はないだろう。すでに取引先ではないとはいえ、何かあれば会社を通じて問題になるのはわかっているはずだ。
「少しの時間なら大丈夫です」
「ありがとうございます! 不快に感じた時点で、僕のことは気にせずその場で帰ってくださって構いませんので」
明るい表情に変わった平井についていき、すぐそばのカフェに入った。
この時間のカフェは人が少なく、すぐに着席することができた。
「――本当に申し訳ありませんでした。今さらですが、担当は僕だったのに、奥寺さんに直接謝ることができなくて、ずっと気になっていたんです」
テーブルに届いたコーヒーに手も付けず、平井は申し訳なさそうに口火を切った。
平井が言った通り、契約の破棄については社長である千影とT社の代表が取り交わしたため、夕美と平井は接することなく終わったのである。
「今さら言い訳がましいことですが、聞いてもらえますか」
「ええ、どうぞ」
夕美はうなずき、ホットチョコレートに口をつけた。苦みのある甘さと、ちょうどいい温かさが、夕美の緊張を和らげてくれる。
「僕の想像に過ぎないかもしれませんが、神原社長はお気づきになったんだと思います。T社が……パワハラ体質の会社だということに。そのうち必ず問題を起こすだろうから、早めに契約を切ったんだと……」
確かに、千影がT社と契約を打ち切ったのはコンプラに緩い会社に危惧したからだった。
「実は僕も、先輩や上司からパワハラを受けていました。過去形なのは、僕は既にT社を辞めて別の会社に就職したからです」
「そうだったんですか……」
平井は細身で背が高く、見た目も結構なイケメンだ。それを妬まれたのかもしれない。彼自身は優しげで、押しが弱かった印象もある。
「パワハラを受けていたのもそうですが、nano-haカンパニーさんがT社を打ち切った原因を、すべて僕のせいにされてしまって……。もちろん僕にいけないところもありました。でも、せめて奥寺さんには本当のことを話したくて、それで待っていたんです」
「平井さんのせいに、というのは?」
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