最推しと結婚できました!

葉嶋ナノハ

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47 あなたがいた場所を誰にも触れさせたくなくて(1)

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 千影と一緒に駅まで戻り、タクシーに乗り込んだ。後部座席に並んで座る。
 彼は足元に紙袋を置き、ビジネスバッグを座席の脇に置いた後、夕美の手を握った。

「僕がそばにいるから大丈夫だよ」

 夕美を安心させるように千影が言う。

「……ありがとう」

 その大きな手を夕美はしっかり握り返し、うなずいた。千影の隣にいるからか、気持ちはだいぶ落ち着いている。

 通勤ラッシュは過ぎていたため、タクシーはあっという間にアパートの近くへ到着した。

 千影とタクシーを降りた夕美は、アパートのほうを向いて佇む。せっかく落ち着いた心に、つい先ほど体験した恐怖が再び纏わり付き、体が固まった。

「怖いなら、僕だけ見に行こうか?」

 彼が心配そうに顔を覗き込んでくる。

 あたりはすっかり夜の暗さに浸潤されていた。駅近物件のアパートだが、外灯から離れると心細さは増す。

「ううん、私も行く。それでもしも、あの人が本当にストーカーまがいのことをしていたら、やめてってはっきり言う」

「自分で言うんだね?」

「千影さんが一緒なら言える」

「僕がそばにいるから、何も怖いことはないよ」

 千影を見上げると微笑んでいたようだが、外灯の逆光になっていて、見えづらかった――。


 彼に手を引かれて、ゆっくりアパートの部屋の前を進んでいく。明かりが点いている部屋や、話し声が聞こえてくる部屋もあった。

「夕美は一番奥の角部屋だったよね」

「うん」

「確かに、手前の部屋は人がいる気配はないな」

 男性が住んでいるはずの部屋のドア前で歩みを止めた千影は、小声でつぶやいた。そして夕美の手を引き、そこを通り過ぎる。

 夕美が住んでいた部屋の前まで来た千影は、足元を指さした。

「サボテン、可愛いよね」

「え? あ、うん」

 彼の言い方に違和感を覚える。

 それがなんなのかを確かめる前に、千影がインターホンを押していた。夕美の体に緊張が走り、鼓動が速くなる。

「明かりが漏れてる。確かに誰かいるな……」

 そう言いながら千影が数回インターホンを押すも、反応はない。

 夕美の後をついてきた男性は、まだ戻ってきていないのだろうか。千影にそう伝えようとした時、彼が小さく笑った。

「……もういいか。そろそろおしまいで」

「え?」

 夕美の呼びかけには応えず、千影はポケットから鍵を取り出した。

「何、してるの?」

「ん? これで開けるんだよ」

 彼はいつもの穏やかな口調で、手にしている鍵をドアノブに差し込んだ。そして、さも当たり前のように鍵穴を回し、ドアを開けたのである。

 その光景は、数十分前に見た、隣人の男性が夕美の部屋を開ける様子と、まったく同じものだった。

「さ、夕美、入ろう」

「え、え……? え?」

 何が起きているのかわからず、夕美は混乱した声しか出せない。

 なぜ千影が鍵を持っているのだろう。大家さんから借りた……? いや、夕美が一緒にいたのだから、彼はそんな行動はしていないはずだ。じゃあなぜ? なぜ?? なぜ???

「ほら、入ろうよ。夕美が知りたかったことが、ここで全部わかるんだから」

 明るい声で言う千影に腕を取られ、ぐいと引っ張られた。夕美は抵抗する判断も出来ず、よろめきながら彼とともに玄関に足を踏み入れる。

 部屋の明かりがキッチンに漏れており、玄関も暗くはなかった。

「靴を脱いで、夕美」

 不思議なことに懐かしい匂いがする。
 何年も住んでいた部屋だが、今隣人の男性が住んでいるのなら部屋の匂いは変わっているだろうに。

「千影さん、これは、どう、いう……」

 聞きたいのに声が震えてしまい、上手く言葉を紡げない。

「自分でできないなら、僕が脱がせてあげるね」

 玄関からキッチンに上がった千影が、夕美の足に触れた。

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