『性』を取り戻せ!

あかのゆりこ

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本編

46)レオンとフラン、そしておやすみのグレン

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 フランクリン・カリスその人は。……現在進行形で、頭を抱えていた! 物理的に! リアルで!

(や、やはり先触れを出しておくべきだったのでは……!?)

 フランクリンがいるのは、クランストン辺境城の応接室。一応、ちゃんと貴族向けの応接室に通されたのだから、それなりの扱いだと安心して良い。

 先触れについても、クランストン辺境領についてはその立地の悪さから先触れなどについては省略されることが多かった。人を向かわせるにもコストがかかる、手紙を送れば返事が来るまで時間もかかる。その点はクランストン辺境家も納得済みの話だ。

 故に、先触れが無くてもクランストン辺境家に対しては無礼にはあたらないし、貴族に対する扱いをされているのだから、フランクリンが頭を抱える必要はない。

 ……だが、それでもフランクリンは頭を抱えたままだ。

 なぜかと言えば。

――そう、クランストン辺境領の人々から向けられるじんわりと敵意の籠った視線のせいだ。

 それは、クランストン辺境領に到着した時から始まっていた。

 フランクリンは護衛1人を連れて馬で帰ってきたどこぞの辺境伯とは違い、しっかりと護衛軍団を引き連れ、馬車に乗って、貴族らしさMAXな状態でクランストン辺境領の門を叩いた。

 門番の態度は一切問題ない、しっかりと丁寧に対応して貰えた。ただ、その視線が訴える「何の用だよこの野郎」というほんのりとした敵意がフランクリン一行の心を削っていたのだ。

 アルチェロ王から『クランストン辺境領にいるクランストン宰相の元へ執務の話を届けて欲しい』と直々に命令された時は、王からの覚えもめでたくなる! と喜んでいたのだが。

『引き受けてくれて良かったよ。君ならクランストン辺境家とそれなりに交流があったんだろう? 他の伯爵じゃあ、向こうに行って何をされるかわかったものじゃないからねえ』

 と、アルチェロ王がのんびりとした口調で物騒に目を光らせて言うものだから、フランクリンは謁見中にもかかわらずその場でドッと脂汗をかいてしまった。

 もちろん、今更「やっぱ嫌です」ともアルチェロ王に向かって言えるわけもなく。フランクリンはすぐに王都のタウンハウスに戻り、騎士達に説明をして『決死隊』を募ったのであった。

 そうして訪れたクランストン辺境領。門番の敵意はもちろん、その後、クランストン辺境城に赴くまでの市街地でも、市民達から冷たい視線を向けられ続けたのだ。

 馬車の中にいたフランクリンですら、外が異様な雰囲気になっていたことを感じ取ったのだから、外で護衛をしていた騎士達は気が気ではなかっただろう。

 そして、城に着いてからは騎士達と離され、応接室に通され今に至る。護衛を同席させることもできたが、王命を受けて内密に訪問しているのだから、フランクリンは自分の身一つでクランストン辺境伯と対峙することを決めていた。それもまた、フランクリンなりの誠意の表し方だ。

 一人、応接室でぐるぐると悪い事ばかりを考えるフランクリン。謝罪はすでに済ませているが、クランストン辺境伯本人の気持ちは別だろうし、クランストン辺境領の人間の気持ちも別だ。

(父上、本当に余計な事をしてくれた……っ!!)

 そう内心では毒づきつつも、実際のところ、当時の情勢としては父親がやったクランストン辺境領の力を削ぐ施策の方が正しかったのだから仕方がない。フランクリンによるただの八つ当たりだ。

 目の前に出されたお茶も、万が一にも毒が盛られていたら……と思うと、手を出す気にもなれない。

 フランクリンはただじっと座ったまま、クランストン辺境伯の来訪を待った。

 そして、扉がノックされる。神に祈りを捧げながらフランクリンが頭を上げ、注視した扉の向こうから現れたのは。

「よーう、フラン、久しぶりだな」
「レ、レオン!?」
 
 クランストン辺境伯、ではなく、その兄のレオン・クランストンだった。

 驚くフランクリンを他所に、レオンは堂々と向かい側に座り使用人に茶を入れさせる。そしてその茶を一口飲んでから、まだ固まっているフランクリンにニヤニヤと笑いかけた。

「悪いね、うちのクランストン宰相閣下は多忙なんだ」
「そ、そうなのか……」

 ようやく動き出したフランクリンを見てから、レオンは人払いをした。使用人が下がり、応接室にはレオンとフランクリンの二人だけになる。

 これはどうしたことか、とフランクリンは警戒を高めつつ、目の前のレオンへ目を向けた。以前の友へ。

「……よし、みんないなくなったな。さてフラン、腹を割って話そうじゃないか」

 そう言うレオンは先ほどまでのニヤニヤとした笑いを引っ込めて、真摯な顔でフランクリンを見ている。

 そこでようやく、フランクリンはレオンが自分の為にこの場を設けてくれた事に気が付いた。腹を割って話す……要は、お互いの状況把握と利害の一致を目指そう、という話。

 孤立無援のフランクリンにとっては思わぬ、それでいて非常にありがたい援軍だった。思わず、大きなため息を吐いてしまう。

「なんだなんだ、フラン……いや、カリス伯爵殿はお疲れか?」
「茶化さないでくれ、レオン。それから俺の事をフランと略すのはやめろと昔から言っていただろう」

 フランクリンは苦笑してレオンに返す。フランという略称が女の子っぽくていやだ、と言ったのは、フランクリンが思春期だった頃。

 あれからずいぶんと時間は経ったが……それでも揶揄うようにフランと呼ぶレオンには、いつもの反応を返すのが正しい事だとフランクリンは思った。

 フランクリンの反応に満足したのか、レオンはクックック、と喉の奥で笑ってからフランクリンに話の開始を促す。ひとつ頷いたフランクリンは、口を開いた。

「腹を割って話す、としてもどこから話せばいいかわからないが。まず、俺がここへ来たのは王命だ。アルチェロ陛下直々に、クランストン宰相に内政の相談事を持って行ってくれ、と言われた」
「ほーう? 他に密命はないと?」
「無い。それは神に誓って言おう」

 真面目に言うフランクリンをレオンはじっと見た後、口元を緩ませて「まあアルチェロ陛下とグレンが仲良しなのは本当の事だからな」と面白そうに言った。……その話はフランクリンも噂として耳には入れていたが、レオンの口ぶりから噂以上に王と宰相の仲が良いだろうという事を予想する。

 レオンからの新情報でもあり、釘差しでもあった。王命を騙って勝手をすれば、すぐにバレるぞ、と。

 フランクリンは頭を振り、レオンの忠告に応える。

「王命以外に他の伯爵から何かを依頼されたいう事も無ければ、俺が何かを画策しているということも一切ない。王命の通りに、相談事をいくつか持ってきただけだ」
「ふーん」
「信じてくれ、レオン」
「……それは信じるが、フラン。お前、何か懸念があるだろう? そういう顔と態度をしている。アルチェロ陛下に何か言われてるだろ」

 そのレオンの言葉に、フランクリンは思わず肩をびくつかせた。貴族当主として反応してはいけないところであったが、鋭い視線のレオンを前にして、つい。

 フランクリンとて、伯爵になってからの日は浅いのだ。まだまだ父親が現役で、後10年以上は代替わりもしないだろうと思っていたのだから。

 フランクリンは悩む。正直に言って良いものか。クランストン辺境領で殺されるかもしれない、と脅された、と。

 しばらく、応接室に静寂が訪れる。フランクリンは……ここに来た時のように、再び頭を抱えた。レオンの目の前であると言うのに。

「レオン、腹を割って話すと言ったからには正直に明かす。俺はなぁ、アルチェロ陛下に『他貴族に恨みが積もったクランストン辺境領で殺されるかも』と脅されてここまで来たんだ」
「は……」
「聞けば俺とお前が友人だったならまだマシだろう、という選出基準なんだぞ。そんな状態でここに来て、平常心でいられるか!」

 最後の方は盛大な嘆きになり、そして言い放ったフランクリンはついにテーブルに突っ伏した。もはやそこにはカリス伯爵としての態度も何もない。

 さらに、腹を割り過ぎたフランクリンの愚痴は続く。

「クランストン辺境領を訪問するにあたって、遺書も用意してきたし騎士達にも事情を説明して決死隊を募ったんだ」
「マジかよ」
「マジだ大マジだ。俺としてはクランストン辺境領に思うところなんて一つもないし、何なら近隣領として改めて交流を再開して親交を深めたいと思ってる。責任を擦り付けるようだが、なんもかんも父上がやった事なんだ。俺は何一つその時の事を知らん!」

 だいぶ早口で言い切ったフランクリンは、毒があるかもと避けいた茶を手にして一気に飲み干した。

 なんかもう「どうにでもなーれ」という気分になっていたフランクリンである。どうにでもなーれの先が処刑なのかもしれないが、どうしようもないということもよくよく理解していたわけだ。

「俺が持ってる懸念っつーのはそれだけさ。後はアルチェロ陛下から託された国家機密のみ。政務官はみんな忙しいし、俺みたいな伯爵がクランストン辺境領に赴くことで辺境を蔑ろにしていないとのアピールと、他の伯爵達へのけん制もあるらしい」

 そう言ったフランクリンは小さく「アルチェロ陛下は実に賢い御方だ。一つの駒を動かすだけで、いくつもの利を得ようとなさる」と付け加えた。それはアルチェロ王を讃えると言うよりも、恐れから思わず口走ってしまったというようだった。

「はーなるほどね。事情はわかったぞ、フラン」
「わかってくれたか、レオン。じゃあクランストン宰相に会わせてくれるのか? どうなろうとも、王命は果たしたい」

 フランクリンはグレンではなくレオンが来たことを一種の面接だと思っていたようだ。本当に多忙なのではなく、ただフランクリンに会いたくないだけなのだと。

 その言葉にレオンは難しい顔をした。そして腕組みをして、宙を睨んだ後にフランクリンを見据える。

「悪いが今日は無理だ」
「そ、そうか……じゃ、じゃあ、明日は……」
「明日なら……どうだろうな、グレン次第か」
「くっ……」

 苦しそうにフランクリンは呻く。いつ会えるかもわからずに、ただただクランストン辺境領に滞在し続けなければならないのかもしれない。当然、費用はフランクリン持ちになるだろう。

 となれば、破産するまで会見を引き延ばされるか。それとも、その前にフランクリン一行が辺境領内で何かしらの失敗をして、それを理由に首を刎ねられるか。

 どちらに転んでも、フランクリンの未来はもう閉ざされたようなものだ。

「レオン……どうにかクランストン宰相閣下にとりなしを……」
「いや、そうじゃなくてな」

 悲痛なフランクリンの声音に、さすがのレオンも揶揄いはせずに、苦笑を返す。

「グレンのやつ、発熱して寝込んでんだよ」
「……え?」
「これ貴族のブラフでも何でもなくマジ話な」
「え……ええ……」

 ぽかんとフランクリンは大口を開けて固まった。そしてその様子を見たレオンは肩を竦めて見せる。

「悪いが身内以外は面会謝絶状態なんだ。別に重病ってわけじゃないが……お前も知っている通り、グレンの奴、王都の人間が嫌いだろう? その状態でお前に合わせたら、体調が悪化する懸念があってだな」
「は、はあ」
「あとついでに魔力暴走してお前も死ぬかも」
「クランストン宰相閣下の快復をお祈りし、私共は宿の方で待機させて頂きます」

 フランクリンは全力で面会の申し出を撤回した。その様子を見たレオンにニヤニヤ笑いが戻る。レオンとて、フランクリンを脅しすぎた自覚はあるが、半分ほどは本当の話だから仕方ないだろう。

「まあ数日以内には面会できるようになるだろうよ」
「そうか……それは、良かった」

 どっと疲れたかのようにフランクリンはソファに沈み込んだ。手を彷徨わせてカップを持つが、中身は空だ。さきほど飲み干したことをすっかり忘れていたようだ。

 そんなフランクリンを前にレオンは優雅に、そして見せつけるように茶を一口飲む。地味な嫌がらせに余念がないレオンだ。

「で、どうする、賓客扱いで城に泊めることもできるが?」
「いや、そこまで世話にはなれん。……が、もしクランストン家の意向や都合があるなら、城の滞在でも構わない。私達は賓客ではなく、ただの伝令として、そちらの都合で好きに扱ってくれ」

 殊勝な心掛けだ、とレオンは笑った。……その素直な笑い方に、フランクリンは今の自分の回答が正解だったことを知る。

 もし、これで賓客として扱ってくれと言っていれば、どうなっていたことか……。レオンとのやり取りで気が緩んでいたフランクリンは思わず背筋を伸ばし直した。

 そうだ、自分たちはあくまでも王命を受け、宰相閣下の内政のお手伝いに来ただけのこと。それも常時であれば貴族扱いを求めても問題ないだろうが、今はクランストン辺境家に借りがある状態。

 姿勢を正したフランクリンを見て、レオンも一つ頷く。

「フラン、俺も多くは言わないし、言えないところもある。だが、お前は自分で気づきを得た、そうだな?」
「ああ。……前言は撤回しない。賓客扱いは不要であるし、私にとってクランストン宰相閣下は目上の方だ。それは間違いない」
「わかった」

 そうして、今度はレオンがソファに体を投げ出し、緩く笑った。

「俺もなんだかんだ言って、お前が地雷を踏みぬいてはじけ飛ぶのは嫌なんだよ」
「レオン……」
「だけどなフラン。お前がやらかした時、俺はお前を庇わない」
「っ!」

 レオンは姿勢を崩したままにフランクリンを鋭い眼差しで見つめた。思わず、フランクリンは息を飲む。

「俺はまだクランストン辺境家の人間だ。そして、クランストン宰相は、俺の可愛い弟で、大切な家族だ。お前よりも、な」
「……重々、承知した」

 恐らく、レオンがこの場を設けてくれたのも、最大限の譲歩なのだろう。これ以上の事をレオンに求めても、何も返ってこない事は明確だ。

 フランクリンはレオンからの忠告を噛み締め、また一つ、額から汗を垂らした。






---






レオン兄上のしたたかさは父イーサンと母エリザベスの両方から100%受け継いだので、したたかさ200%の男です(?)
グレンはレオン兄上に持っていかれたのでしたたかさ0%の純朴なピュア少年になりました……(???)

もうちょっと真面目回挟んだらいちゃえちモードに入ります
マジで今すぐいちゃえちさせたい
多忙のストレスがマッハでしてね……
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