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【第一部】国家転覆編
24)天使と悪魔、相対する
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ケチャはふんふん、と鼻を鳴らしてグレンの体を一通り見て回った後にひらりとベッドから飛び降りた。
「何とか踏みとどまったか。良かったな」
「良かったで済むかよ、クソが。そういえば」
床で毛づくろいをしているケチャの頭を、ドーヴィの大きな手が鷲掴みにする。そのままドーヴィはしゃがみ込み、ケチャの顔を覗き込んだ。
「お前は、どこまでグレンを計画のうちに入れていた? 答えろ、幸運の悪魔ケチャ。回答によっては、このままお前の頭を握り潰してやる」
小さな黒猫の頭が、みしりと嫌な音を立てる。ケチャは殺気を放つドーヴィを見上げ、飄々と笑った。
「馬鹿を言え、愛と性の悪魔ドーヴィ。いくら俺でもここまで計画通りに進められるものかよ」
「……」
「だいたい、もしグレン少年がこうなる未来をおれが描いていたとして。そうなった時に、お前に殺される危険の方が遥かに高いんだぞ?」
ケチャはドーヴィの手からするりと頭を抜き、まるで逃げるかのように天使マルコの足元へと走る。そして本物の猫の様にマルコの足に体を擦りつけてから、ドーヴィを振り返り目を爛々と光らせた。
「そんな危ない橋、おれが渡るわけがないだろう。おれは、博打が嫌いでね」
幸運の悪魔ケチャ、その二つ名と違いケチャ本人は奇跡やラッキーと言った偶発性のものを嫌う。全ては自分の手の中で。それがケチャのモットーであり、生き方だ。盤面にある駒を余すことなく使い、ランダム性すら打ち筋に内包し、自分の意のままに操る。
グレン少年は誠に不運であったな、とケチャは表情を変えずに言った。ドーヴィはじっとケチャの瞳を見る。
「……まあ、そうだな、お前はそういうやつだな」
「クッ、わかってくれたようで何より」
二人のやり取りを黙ってみていた天使マルコは肩を竦めた。同僚や仕事仲間と言う概念がある天使と違い、悪魔は個々人で活動している。時に、ドーヴィとケチャの様に『友人』となることもあるが、それでも自分の意に沿わない相手であれば容赦なく縊り殺す。それが悪魔、だった。天使のマルコには全く想像もつかない生き方である。
「何やら解決したようですが。私はもう帰っていいですかね」
「そう言うなよ、天使マルコ。せっかくだから友好を深めようじゃないか」
「貴方たちと深める友好はありませんよ」
「俺もねえな」
異を唱える二人を無視してケチャは尻尾を振った。またしても、宙にガゼッタ王国と隣のマスティリ帝国を中央に据えた世界地図が魔力で描かれる。
それを見てドーヴィは嫌そうに顔を歪めた。
「なんだなんだ、また長話か?」
「……ドーヴィ、おれは別にお前とグレン少年を計画から外しても構わないんだが?」
「拗ねんなよ冗談だって」
ドーヴィは両手を挙げて降参のポーズをした。ついで、天使マルコに視線を送る。
「今度はこいつも巻き込もうってか?」
「……なんですか、物騒な話ならごめんですよ」
「安心しろ、お前達天使にも実のある話だ、聞いて損はない」
天使マルコがさらに文句を言い立てる前に、ケチャは勝手に話し始めた。
マスティリ帝国の第五王子、アルチェロとつるんでこのガゼッタ王国の上層部を全て排除しようとしていること。そして、その反乱軍の旗頭にグレン・クランストンを据えようとしている事。
「……まあ、グレン少年の回復が間に合わなければ。当主の仇ということで、クランストン辺境軍を編成してアルチェロに合流させればいい」
そう言って、ケチャは一通りの計画を話し終えた。ドーヴィにとっては新鮮味のない話であったが、初耳のマルコにとっては十分に検討の余地がある話だったらしい。顎に手を当て、小さく呻いていた。
「なるほど……確かに、あの人間性の欠片もない外道老人たちを排除するには、この上ない計画です。我々も奴らを始末したかったので、渡りに船とも言えますね」
「だろう? 人間のルール内で十分に戦える」
「ええ。グレン君の状況を鑑みても、間違いなく大義名分は通ります。もちろん、他の天使や上に相談は必要でしょうが……これなら」
天使マルコの反応に、ケチャは満足そうに頷く。……ちなみにドーヴィはずいぶんと前に長話に飽きて、眠っているグレンに魔力譲渡をしていた。面倒くさい長話を聞いているより、グレンの寝顔を眺めていた方が数百倍有意義に決まってる、ドーヴィはそう思っている。
グレンは今、命の形をどんな風に作り変えて遊んでいるのだろう。また突拍子もない形にしてないだろうな、と苦笑を漏らしつつ、ドーヴィは天使と悪魔が話しているめんどくさそうな話を全面的に無視した。
そんなドーヴィをちらりと横目で見つつ、ケチャは彼らを放置して天使マルコに対して再び口を開く。
「天使マルコ、お前に要求するのはこの計画における我々を見逃す事。それから、教会として反乱軍を支持して欲しい」
「ふむ……」
「基本的には問題の老人たちだけをピンポイントで始末する計画だ。教会から反乱軍を支持する声明を出してもらえれば、反乱軍と戦おうと言う兵士も減るだろうし、反乱終結後の統治もやりやすくなる」
被害が格段に少なくなる、良い話だろう? とケチャは自慢げに笑った。猫のひげがぶわりとふくらみ、ご機嫌に尻尾をピンと立てる。
「あまりにも都合が良すぎて、何か裏を勘繰りたくなりますねえ……」
「勘ぐっても何も出てこないさ。単におれやアルチェロ、グレン少年たちの利害が一致しただけに過ぎない」
ケチャの言う事はいちいち胡散臭いんだよな、とドーヴィは話を片耳に挟みながら思った。思ったが、言わないでおいておく。わざわざ口を挟んで面倒な話を向けられたくない。
「……ちなみに、決行時期は?」
「次のガゼッタ王国貴族会議でいいだろう。3か月後だったか? 国の中枢が一室に集まるのだから、一番手っ取り早くて楽だ」
「それは俺も賛成だ。あのクソッタレな会議の場で全員ぶち殺せたらさぞ気分がいいだろうよ」
何より、グレンを再びあの場に立たせたくなかった。グレンを2回目の地獄にやすやすと向かわせるほど、ドーヴィは愚かではない。グレンが起きたら、もう二度と貴族会議になんていかなくていいんだぞ、と教えてやりたい。
しばし、天使マルコは思案気に沈黙し。
「……話は、わかりました。まず、私個人の立場としては全面的に計画を支持します。故にそのつもりでこちらも動きましょう」
「クックック、ありがたい話だ、天使マルコ」
「恐らく他の天使も、この世界の管理主任も賛成してくれるはずです。条件はある程度つくかもしれませんが、ね」
「なるべく計画遂行の邪魔にならない条件にしておいてくれよ」
ケチャは面白そうに言って、空中に描かれた作戦図の魔力をかき消した。淡い光と共に、魔力が宙に還っていく。
「何かあった時の連絡先だ。ここに波長を合わせてくれればテレパシーが届く」
「……では私の方も、こちらを」
「あ、これ俺も出した方が良い流れ?」
三者三様、連絡先を交換し、テレパシーが問題なく動作することを確認した。天使マルコが苦笑を零す。
「悪魔と連絡先を交換することになるとは思いませんでしたよ」
「これも良い経験になるだろうさ、天使マルコ。……さて、おれはアルチェロに親書でも書かせに戻るとするか」
そのうち、グレン・クランストン辺境伯宛てに送るぞ、とドーヴィに言いおいてケチャはフッと姿を消した。来るときも突然であれば、帰るときも突然である。まさに気まぐれな猫そのもののようであった。
「やれやれ……」
ため息をつきつつ、天使マルコは遅延させていた時間の流れを元に戻した。途端、部屋の外から小鳥のさえずりや、廊下にいるだろう使用人達の息遣いが伝わってくる。
マルコはこほん、と咳ばらいをした。
「……それではドーヴィ殿、私はこれで。どうぞ、お大事になさってください」
「ああ」
「また一週間後に様子を見に参ります」
司教マルコとして言った言葉に、ドーヴィは感謝の念を示すように頭を下げた。
マルコは退室し、何やら外でアーノルドと喋っているようだ。グレンの手を握り、魔力譲渡をしたままドーヴィはその様子を伺いつつ、グレンに話しかける。
「お前も今度起きたら、ちょいと忙しくなるかもな。……大丈夫さ、俺が一緒に忙しくなってやるし、責任も背負ってやるよ」
白い顔のまま、静かに胸を上下させているグレンの前髪を取り、ドーヴィはそっと口づけた。
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ランキング確認したら前回よりさらに上昇していました。
投票してくださった方、ありがとうございます!
そうです、グレンくんはすごくがんばりました。とってもがんばったので、今回は難しい話に混ざらずに粘土遊びを楽しんでもらっています。
引き続き、投票の方ご協力よろしくお願いします。
「何とか踏みとどまったか。良かったな」
「良かったで済むかよ、クソが。そういえば」
床で毛づくろいをしているケチャの頭を、ドーヴィの大きな手が鷲掴みにする。そのままドーヴィはしゃがみ込み、ケチャの顔を覗き込んだ。
「お前は、どこまでグレンを計画のうちに入れていた? 答えろ、幸運の悪魔ケチャ。回答によっては、このままお前の頭を握り潰してやる」
小さな黒猫の頭が、みしりと嫌な音を立てる。ケチャは殺気を放つドーヴィを見上げ、飄々と笑った。
「馬鹿を言え、愛と性の悪魔ドーヴィ。いくら俺でもここまで計画通りに進められるものかよ」
「……」
「だいたい、もしグレン少年がこうなる未来をおれが描いていたとして。そうなった時に、お前に殺される危険の方が遥かに高いんだぞ?」
ケチャはドーヴィの手からするりと頭を抜き、まるで逃げるかのように天使マルコの足元へと走る。そして本物の猫の様にマルコの足に体を擦りつけてから、ドーヴィを振り返り目を爛々と光らせた。
「そんな危ない橋、おれが渡るわけがないだろう。おれは、博打が嫌いでね」
幸運の悪魔ケチャ、その二つ名と違いケチャ本人は奇跡やラッキーと言った偶発性のものを嫌う。全ては自分の手の中で。それがケチャのモットーであり、生き方だ。盤面にある駒を余すことなく使い、ランダム性すら打ち筋に内包し、自分の意のままに操る。
グレン少年は誠に不運であったな、とケチャは表情を変えずに言った。ドーヴィはじっとケチャの瞳を見る。
「……まあ、そうだな、お前はそういうやつだな」
「クッ、わかってくれたようで何より」
二人のやり取りを黙ってみていた天使マルコは肩を竦めた。同僚や仕事仲間と言う概念がある天使と違い、悪魔は個々人で活動している。時に、ドーヴィとケチャの様に『友人』となることもあるが、それでも自分の意に沿わない相手であれば容赦なく縊り殺す。それが悪魔、だった。天使のマルコには全く想像もつかない生き方である。
「何やら解決したようですが。私はもう帰っていいですかね」
「そう言うなよ、天使マルコ。せっかくだから友好を深めようじゃないか」
「貴方たちと深める友好はありませんよ」
「俺もねえな」
異を唱える二人を無視してケチャは尻尾を振った。またしても、宙にガゼッタ王国と隣のマスティリ帝国を中央に据えた世界地図が魔力で描かれる。
それを見てドーヴィは嫌そうに顔を歪めた。
「なんだなんだ、また長話か?」
「……ドーヴィ、おれは別にお前とグレン少年を計画から外しても構わないんだが?」
「拗ねんなよ冗談だって」
ドーヴィは両手を挙げて降参のポーズをした。ついで、天使マルコに視線を送る。
「今度はこいつも巻き込もうってか?」
「……なんですか、物騒な話ならごめんですよ」
「安心しろ、お前達天使にも実のある話だ、聞いて損はない」
天使マルコがさらに文句を言い立てる前に、ケチャは勝手に話し始めた。
マスティリ帝国の第五王子、アルチェロとつるんでこのガゼッタ王国の上層部を全て排除しようとしていること。そして、その反乱軍の旗頭にグレン・クランストンを据えようとしている事。
「……まあ、グレン少年の回復が間に合わなければ。当主の仇ということで、クランストン辺境軍を編成してアルチェロに合流させればいい」
そう言って、ケチャは一通りの計画を話し終えた。ドーヴィにとっては新鮮味のない話であったが、初耳のマルコにとっては十分に検討の余地がある話だったらしい。顎に手を当て、小さく呻いていた。
「なるほど……確かに、あの人間性の欠片もない外道老人たちを排除するには、この上ない計画です。我々も奴らを始末したかったので、渡りに船とも言えますね」
「だろう? 人間のルール内で十分に戦える」
「ええ。グレン君の状況を鑑みても、間違いなく大義名分は通ります。もちろん、他の天使や上に相談は必要でしょうが……これなら」
天使マルコの反応に、ケチャは満足そうに頷く。……ちなみにドーヴィはずいぶんと前に長話に飽きて、眠っているグレンに魔力譲渡をしていた。面倒くさい長話を聞いているより、グレンの寝顔を眺めていた方が数百倍有意義に決まってる、ドーヴィはそう思っている。
グレンは今、命の形をどんな風に作り変えて遊んでいるのだろう。また突拍子もない形にしてないだろうな、と苦笑を漏らしつつ、ドーヴィは天使と悪魔が話しているめんどくさそうな話を全面的に無視した。
そんなドーヴィをちらりと横目で見つつ、ケチャは彼らを放置して天使マルコに対して再び口を開く。
「天使マルコ、お前に要求するのはこの計画における我々を見逃す事。それから、教会として反乱軍を支持して欲しい」
「ふむ……」
「基本的には問題の老人たちだけをピンポイントで始末する計画だ。教会から反乱軍を支持する声明を出してもらえれば、反乱軍と戦おうと言う兵士も減るだろうし、反乱終結後の統治もやりやすくなる」
被害が格段に少なくなる、良い話だろう? とケチャは自慢げに笑った。猫のひげがぶわりとふくらみ、ご機嫌に尻尾をピンと立てる。
「あまりにも都合が良すぎて、何か裏を勘繰りたくなりますねえ……」
「勘ぐっても何も出てこないさ。単におれやアルチェロ、グレン少年たちの利害が一致しただけに過ぎない」
ケチャの言う事はいちいち胡散臭いんだよな、とドーヴィは話を片耳に挟みながら思った。思ったが、言わないでおいておく。わざわざ口を挟んで面倒な話を向けられたくない。
「……ちなみに、決行時期は?」
「次のガゼッタ王国貴族会議でいいだろう。3か月後だったか? 国の中枢が一室に集まるのだから、一番手っ取り早くて楽だ」
「それは俺も賛成だ。あのクソッタレな会議の場で全員ぶち殺せたらさぞ気分がいいだろうよ」
何より、グレンを再びあの場に立たせたくなかった。グレンを2回目の地獄にやすやすと向かわせるほど、ドーヴィは愚かではない。グレンが起きたら、もう二度と貴族会議になんていかなくていいんだぞ、と教えてやりたい。
しばし、天使マルコは思案気に沈黙し。
「……話は、わかりました。まず、私個人の立場としては全面的に計画を支持します。故にそのつもりでこちらも動きましょう」
「クックック、ありがたい話だ、天使マルコ」
「恐らく他の天使も、この世界の管理主任も賛成してくれるはずです。条件はある程度つくかもしれませんが、ね」
「なるべく計画遂行の邪魔にならない条件にしておいてくれよ」
ケチャは面白そうに言って、空中に描かれた作戦図の魔力をかき消した。淡い光と共に、魔力が宙に還っていく。
「何かあった時の連絡先だ。ここに波長を合わせてくれればテレパシーが届く」
「……では私の方も、こちらを」
「あ、これ俺も出した方が良い流れ?」
三者三様、連絡先を交換し、テレパシーが問題なく動作することを確認した。天使マルコが苦笑を零す。
「悪魔と連絡先を交換することになるとは思いませんでしたよ」
「これも良い経験になるだろうさ、天使マルコ。……さて、おれはアルチェロに親書でも書かせに戻るとするか」
そのうち、グレン・クランストン辺境伯宛てに送るぞ、とドーヴィに言いおいてケチャはフッと姿を消した。来るときも突然であれば、帰るときも突然である。まさに気まぐれな猫そのもののようであった。
「やれやれ……」
ため息をつきつつ、天使マルコは遅延させていた時間の流れを元に戻した。途端、部屋の外から小鳥のさえずりや、廊下にいるだろう使用人達の息遣いが伝わってくる。
マルコはこほん、と咳ばらいをした。
「……それではドーヴィ殿、私はこれで。どうぞ、お大事になさってください」
「ああ」
「また一週間後に様子を見に参ります」
司教マルコとして言った言葉に、ドーヴィは感謝の念を示すように頭を下げた。
マルコは退室し、何やら外でアーノルドと喋っているようだ。グレンの手を握り、魔力譲渡をしたままドーヴィはその様子を伺いつつ、グレンに話しかける。
「お前も今度起きたら、ちょいと忙しくなるかもな。……大丈夫さ、俺が一緒に忙しくなってやるし、責任も背負ってやるよ」
白い顔のまま、静かに胸を上下させているグレンの前髪を取り、ドーヴィはそっと口づけた。
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