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【第二部】魔王覚醒編
21)迫りくる雷雲
しおりを挟む激動の一日が終わり、夜が更け、朝日が昇れば。
また、新たな激動の一日が始まるだけである。
「どういうことだ! オイ、ガイの野郎はどこへ行った!?」
クレイア子爵の屋敷、早朝からザトーの怒鳴り声が響く。そばにいた兵士の格好をしたゴロツキが「ガイの兄貴なら昨日の護衛騎士の奴らを追いかけたっきり、姿を見てないッス」とザトーの問いに答える。
それを聞いたザトーはさらに頭の血管が切れるのではないかと言うほどにその筋を額に浮かび上がらせた。
「ガイを探せ! こんな大事な時に何してやがる!」
ザトーの指示に、慌てたように兵士たちが散って行った。
「クソッ、あの野郎……!」
「朝からご機嫌じゃないか、ザトー君」
「ご機嫌なものか、ふざけやがって!」
ひょろりと現れたフィルガーに、ザトーが掴みかかる。
ザトーが探しているガイと言う男は、腕前も達者であればゴロツキをまとめ上げることもできる便利な男だ。ザトーを筆頭とした傭兵上がりや半端者の騎士が多いクレイア子爵陣営の中で、かなり有能な部類に入る。
ザトーは、そのガイに部隊の指揮を任せる予定だった。あれでいて、ザトーより戦場全体を見渡す目は確かなのだ。が、その肝心のガイが、昨日の夜から見当たらない。
――それはそうだろう、既にガイは死んでいる。ティモシーによって、討たれたのだ。
今から探しに行ったとしても、見つかるのはその亡骸だけだ。それを知らぬザトーは苛立ちを隠さずに側にあった椅子を蹴りあげる。吹き飛ばされた椅子は、壁に当たって激しい音を立てた。
「そのガイという男がいないとして、どうやって部隊を運用するのかネ?」
「……」
フィルガーの純粋な疑問に、答える術をザトーは持たなかった。ガイに任せればよい、でザトーの計画は止まっていたのだ。
……だから、フィルガーはザトーが「リーダーとしては十分な素質を持つが、それより上、リーダーのリーダーは務まらない」と判断している。結局のところ、ザトーも手元にある物までしか、見通せない男であった。
フン、とフィルガーは無い鼻を鳴らす。戦争が始まる前に、内部崩壊されては困る。
それに。事態は、ザトーが対応できる範囲を超えて急速に悪化している。
ふわり、と舞い戻った黒い蝶を指先に止め、フィルガーはことりと首を傾げた。
「王都からの軍、予定通りに進軍中みたいですネ」
事も無げに言うフィルガーを、ザトーは血走った眼で睨みつける。
……夜遅く、フィルガーに叩き起こされたかと思えば、伝えられたのは最も避けたかった最悪の事態。どうやら護衛騎士の始末を任せていたガイがしくじったようだ、という事しかその時のザトーにはわからなかった。
そこからこうして太陽が昇るまでに、何度か手駒のゴロツキや騎士を向かわせて妨害工作を仕掛けたのだが……どれも容易く突破されている。火を点ければあっという間に魔法で消化され、木を切り倒して道を塞いでも騎士達があっという間に倒木を退かしてしまう。穴を掘ってもすぐに埋められ、憐れな子供を使った泣き落としにも引っ掛からない。
ザトーは、王都にいる本物の『王国騎士』というものの力を見誤っていたのだ。普段、戦場で出会う騎士や兵士を基準に物事を考えたのが全ての失敗だった。
……まあ、まさか上から数えた方が早いレベルの魔術師が怒り心頭のままに大軍を率いてくる、というのを予想しろというのも酷な話だが。
「……おいフィルガー」
「ハイハイ、なんでショウ?」
「グレン・クランストンの儀式を、不完全でもいいから決行しろ」
「オヤオヤ?」
ふざけたようなリアクションをするフィルガーの胸倉をつかみ、ザトーは歯ぎしりをした。
「切り札っつーモンは使わねえと意味がねえ! このままじゃ俺達は終わりなんだぞ! 博打だろうがやるしかねえんだ!」
カタカタカタ、とフィルガーは笑った。この思い切りの良さは褒めるべきだ。
「良いですヨ。では、今から儀式を執り行うとしますカ。ワタシの契約主を呼んでくだサイ」
フィルガーは「先に儀式の間に行ってますヨ」と言いおいて、ふわりとその姿を消した。
後に残されたザトーは、モアを探すために扉を壊さんばかりの勢いで叩き開いて、部屋を出て行った。
☆☆☆
「全軍、止まれーっ!」
騎士の声があちこちで復唱され、レオンが率いる軍はぴたりとその足を止めた。その数、一〇〇〇人は超えるだろう。それだけの人数が、一つの号令で一つの乱れもなく機械のように足を止める姿は、壮観であった。
「ここを駐軍地とする」
「ハッ!」
クレイア子爵領を前にし、それなりに開けた旅人用の空き地。そこでレオンは一度足を止めた。足りない部分は各兵士がその場で木を切り倒し、野営用の土地を確保し始める。
しばし、馬から降りずに思案気な顔をしていたレオンは。手綱を持ったままに、よし、と呟く。
「第一部隊は俺に続け! 騎兵のみ先行するぞ!」
「えっ、閣下!?」
驚いたレオン付きの副官であるグスタフが止めるより早く、レオンは馬の腹を蹴って駆けだしていた。慌てて、指名された第一部隊、騎兵だけで構成された部隊がレオンの後を追う。
グスタフはもう一人の副官、サーシャにレオンを追うように指示を出して、自身はその場に残った。一応、レオンから今後の進軍予定も聞いてはいるが……ここで騎兵のみ先行するのは、聞いていない。
レオンが就任してから。そしてグスタフが副官として指名されてから。グスタフの胃が、悲鳴を上げなかった日はあまりない。残念ながら今日もグスタフの胃がしくしくと泣き始めている。
「うう……閣下……!」
恨み言の一つでも言いたいところだが……悔しい事に、いまだかつてレオンのこの傍若無人な振る舞いが外れた事はない。こうしてレオンが周囲への相談の手間を惜しんで飛び出していくときは、それなりの必要性があり、実際にその手間を省略しただけの価値ある成果を持って帰ってくるのだ。
普段はライサーズ副元帥がレオンの良きストッパーとなってくれているのだが。そのストッパー不在の今、グスタフでは全くもってレオンの暴走もとい爆走を止める事が出来なかった。
仕方ない、とはグスタフも思う。クラスティエーロ王国を脅かす国難を引き起こし、なおかつ可愛がっている弟を罠に嵌め。さらに、親友と言って差し支えないフランクリン・カリスを極悪非道の催眠魔術で再起不能にした犯人が目の前にいるのだから。
王城からの呼び出しに応じたフランクリン・カリス、カリス伯爵は。残念ながら、尋問をするまでもなく、異常な言動を繰り返していた。
事情聴取した執事によれば、数日前から「クランストン宰相閣下をクレイア子爵領にお連れにしなければ」という主旨の話ばかりを繰り返すようになり、ほぼ意思の疎通ができなくなっているのだという。
実際、尋問官やレオンが話しかけても、正常に会話が成立しているように見えて、全ての話は「クランストン宰相閣下をクレイア子爵領に連れて行く」という内容にすり替えられる。何を話しても、フランクリンはまともな返答をしなくなってしまった。
口を開けば「クランストン宰相閣下はどちらにいるのか? お伝えしたいことがあるのだが」としか、言わない。
その様子は、怒りも不気味さも通り越して、憐みすら覚える程であった。壊れた魔道具を思い起こさせる姿であった。
今、フランクリン・カリスは重要参考人であると同時に、重症患者として王城の一角に幽閉済みである。アルチェロ王お抱えの医師や、国仕えの腕利きの魔術師、さらには教会の司教も呼んで治療を試みているところだ。
「グスタフ様! 失礼します!」
「あ、ああ」
フランクリンの状況を把握した後の、怒りと悔しさに項垂れるレオンを思い出していたグスタフは、部下の声によって現実に戻された。トップのレオンがいなくなった今、この軍全体を統率するのは実質グスタフの役目である。
あの時のレオンの姿を思えば。この暴走も、仕方がない事なのだ。
そして同時に思う。レオンの弟であるグレン・クランストンが無事でありますように、と。これ以上、レオンの身に悲しい出来事が降り注ぎませんように、と。
指示を飛ばしながら、グスタフは空を見上げた。青い空はどこまでも広がっており、到底、これから戦いの炎が上がるとは思えない。
しかし、その青い空の先、クレイア子爵領に辿り着いたレオンは、どういう状況だとしても絶対にクレイア子爵を許さないだろう。領民には手を出さないだろうが、屋敷を焼き払うぐらいは平気でやりそうだ。
---
ちょっと短いですがキリが良いので。
フランクリン壊れちゃった……人間を壊すのはどうしてこんなに楽しいのだろう!(オーレ!
また閑話で壊れたフランクリンをレオンがお見舞いに行く話は書きたいと思っています
というかそれを今めちゃくちゃ書きたい
あと気づいたらBL大賞投票締め切りまで1週間切ってました
もしまだ投票権残ってるよ~って方がいらっしゃったらぜひ投票お願いします!
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