婚約者を妹に奪われ、家出して薬師になった令嬢は王太子から溺愛される。

二位関りをん

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ジュナ視点⑨ ささやかな結婚式と報い報われる時

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 私はあれから完全に回復はしていない。良くなったり悪くなったりを繰り返している。そんな状態がぐずぐずと続いているのだ。
 リナードはありとあらゆる薬を取り寄せては、私に飲ませた。効果があったものはそのまま続け、効果が無いものは飲むのをやめる。リナード曰く今はそれしか方法が無いのだと語った。それにリナードや他の医師達からはもう長くは無いという言葉も頂いている。

(我慢するしかないか)

 この日は熱も幾分落ち着いていた。だが、時折咳は出る。一旦むせ始めると止まるまで苦しい。胸の中がみしみしと張り裂けそうになる。

「ジュナさん、病状が落ち着いたら国へ帰るよう国王様からの指示が出ています」
「どうしても帰らなきゃいけないの?」
「国王様の命令は絶対ですので」

 でも、私の病状は良くなるきざしがあるかと言えば微妙な所だ。このままこの状態が続けば続くほど、リナードと過ごせる時間が増えるが、その分苦しみや痛み、しんどさも増える。

(一緒に過ごしたいのに)

 お姉様よりも悪い頭で、リナードとずっと一緒に過ごす方法を考えた。そしてある方法を思いつく。

「リナード」

 私はベッドの上からリナードを呼んだ。私に背を向け机と向かい合っていたリナードが振り返る。

「いかがしましたか?」
「結婚してください」
「え?」
「結婚したいの。そうすればずっとリナードと一緒にいられるでしょう? どうせ私そろそろ死ぬし、形だけでもいいから」

 そうだ。リナードと結婚すれば良い。それなら死ぬまでずっと一緒にいられる。それに彼に嫁ぐ形なら、家の事なんて考えなくても良いかもしれない。ヨージス家はジョージが養子に迎えられているはずだ。なら私が嫁いでも別に問題は無いだろう。と私なりに考えてみたのだった。

「本当に?」
「ええ。結婚して、ちょうだい。私は死ぬまであなたとずっと一緒にいたい。これがわがままなのも分かってる」
「ジュナさん……」

 リナードと私の間に沈黙が流れる。そしてリナードが何度も首を縦に振った。

「わかりました。私でよろしければ、ぜひ」
「ありがとう、ありがとう……! リナードも私で良いの?」
「あなたの事はよく存じております。シスターから聞きました。あなたが不貞を働いて流刑となった事も存じ上げております」
「なら、どうして」
「放っておけないからだと、思います。あなたはもう長くはない。なら、最後までお供させてください」

 なぜだろう。私の両目から涙があふれだしては止まらない。こんな事は初めてだ。何にも辛くないのに涙が堰を切ったかのように流れていく。

「リナード、私変だわ。だって、涙が止まらないもの」
「いえ、あなたは何にもおかしくはありません」
「そ、そうなのね……」

 ジョージと結婚した時以上に、うれしい。こんなにうれしいのは初めてかもしれない。
 私はリナードが用意した婚姻届にペンでサインをした。名前はジュナ・ヨージス改め、ジュナ・ガウンスキー。リナードの姓を名乗る事になる。

(ガウンスキー。良い名前じゃない)

 自分で書いたちょっとへたくそなサインが、なぜか誇らしく見える。書類を提出した数日後。ささやかに結婚式が執り行われる事と決まった。
 場所はいつもの部屋。私はその日は体調も良く、時折咳は出たが、それでも倦怠感は幾分取れていた。
 メイドに手伝ってもらい、純白のウエディングドレスに身を包む。ジョージとの結婚式で着たドレスよりも幾分シンプルで装飾も無いが、今はこれで良い。

「ジュナさん、着心地はいかがですか?」

 白い服に着替えたリナードにそう尋ねられる。うん、ちょっとぶかぶかしているがこのようなものだろう。

「ええ、良いと思うわ。締め付けもなくて楽」
「それならよかった」

 私はメイドとリナードに付き添われ、結婚式が行われる玄関ホールに歩いて向かった。招待客はいない。神父とこの家に努めるメイド達がその代わりだ。
 私の体調を考慮して、式は短く簡素に進行する。

「お二方とも。永遠にこの愛を誓いますか?」

 そう神父から問われ、私はリナードと共にはい。と力強く返事をした。そして指輪を交換し、式は終わる。

「おめでとうございます」

 神父とメイド達が頭を下げる中。廊下をゆっくりと歩いて、退出し部屋に到着した。

「お疲れさまでした」
「ええ、なんとかなったわ」
「良かったです。本当に良かった」

 その後、メイドに手伝ってもらいながら服を着替え、そして珍しく食堂にてランチを食べた。ランチはサンドイッチ。種類はリンゴジャムとベリーのジャム、ハムチーズの併せて3種類。それだけでも十分美味しく頂けた。本当はチキンなんかも食べたかったが、そこまで食欲が出なかったので数口だけ頂いた。
 その後は嘘みたいに倦怠感が身体中を支配され、あっという間にベッドの上から動けなくなってしまった。

「熱が上がっているようですね……」
「やっぱり。でも式を挙げられてよかったわ」
「そうですね、本当に良かった」

 リナードは深く噛み締めるように何度も良かったと繰り返した。

 その後、私はベッドから中々動けずの状態にまで悪化してしまった。何をするにもメイドやリナードの手助けが必要になっている。

「はあ……はあ……」

 息をするのも胸が苦しくて、辛い。もう、私が長くないのは誰が見ても分かるくらいだと思う。

(もう、私、死ぬんだ)

 両親が来る事も、お姉様やジョージが来る事もおそらく無いだろう。どうやらリナードはあちらの国の宮廷に手紙を書くとは言っていたような。
 すると、部屋にリナードが入って来た。

「ジュナさん、どうですか?」
「変わりは、ない、わね……」
「話があります。あなたと結婚した事、そしてあなたが私に会いに国境を越えた事、あなたの今の容態をあちらの国に全てお伝えしました。結論から先に言うと全て不問に致すとの事です」
「そ、か……」
「あなたはどちらで眠りたいですか?」
「墓を作る、場所って事……?」
「はい、そうです。後は葬式についても」
「ここで済ませて頂戴。お墓もあなたの隣が……いいから。両親や、お姉様、ジョージは……呼ばなくても、いいから」
「墓はここで作るように伝えておきます。ですが、葬式だけはどうもあちらの国で執り行ってほしいとの希望があるようです。多分、ご両親からの希望かと」
「わかったわ、じゃあ、それで。ありがとう」

 国に帰って葬式をして、リナードとは別々に眠るよりかは、ここで葬式をしてくれた方が私の心情的に助かるのだが、両親の願いか国の指示であるなら致し方ない。

「はあっ……はあ……」

 意識が飛んでは元に戻るのを何度も繰り返す。ある日の午後。私はいつものようにリナードを呼んだ。

「はい」

 リナードはすぐに駆けつけてくれた。ああ、うれしい。私は彼の右手を力の限り握る。彼の手はいつも通り温かかった。

「ジュナさん」
「リナード」
「私が、ついていますから」
「ええ、ええ……」

 これはきっと罰を犯した私への報いと、報われた時両方あるのかもしれない。本音を言うならもっと長生きして好きに暮らしたいが、もうそれが叶う事は無い。

(最後にケーキが食べたい)

 だが、もう起き上がって食事をする体力も気力もない。食事自体私の身体が拒んでしまっている。

「ジュナさん」
「……」
「私がいます。私がいますから」

 目を開けるのも辛くなって、徐々に暗くなる視界。だけど、リナードの声はしっかりと隅々まで耳に聞こえて来る。聞き漏らす事は無い。

「リナード」
「はい」
「あいして、いる、わ」

 最後の力を振り絞って、私は最愛の彼に愛をささやいた。
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