婚約者を妹に奪われ、家出して薬師になった令嬢は王太子から溺愛される。

二位関りをん

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第63話 ジュナの死

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 アダン様と隣国へ向かう前の日の昼前。

「医薬師長。速達です」

 息を切らしかけているメイドから白い無地の封筒を受け取る。封筒の封を開けて紙を1枚取り出すと、そこにはリナード・ガウンスキーという人物の署名があった。リナード・ガウンスキー、見知らぬ人物だ。

「ジュナさんが死にました」

 妹・ジュナの死を示す文言が、簡潔にそこには書かれていた。そして、彼女の名前はジュナ・ヨージスからジュナ・ガウンスキーへと変わっていた。文面にはジュナの事を我が妻とも書いてあるという事は、死ぬ前にジュナはリナードと言う人物と結ばれ結婚したのだろうか。
 リナード・ガウンスキーは隣国の医師で、ジュナは国境を越えて彼の元へ行き、そこで肺の病により亡くなったのだとも書かれてあった。
 もう1枚の紙は葬式への案内だった。どうやらジュナの遺体は隣国からこちらへ運ばれて、ヨージス家の屋敷で葬式を執り行われる予定だそうだ。

「医薬師長?」

 ハイダが私の顔を興味ありげに覗き込んだ。

「妹が死んだようです」
「え?」
「肺の病気と書かれてあります。葬式はこちらのジュナの実家で執り行う予定です」
「出席しますか?」
「花は送るつもりではありますが……」

 正直、ジュナの事を考えれば、私は出席しない方が賢明だろう。姉妹仲は決して良くなかった。だから私は行きたいとは思えないし、ジュナの魂も私が葬式に来るのを嫌がりそうだ。

「医薬師長、ヨージス家から手紙です!」

 またも別のメイドが医務室に走ってきて、私へと手紙を渡す。封はなされていなかったので、すぐに紙を取り出すとそこにはジョージ・ヨージスの名で私に対し葬式に出席するようにと書かれている。

(やっぱり、行かなきゃいけないか)
「ハイダさん、ちょっといいですか?」
「はい、何でしょう?」
「ジョージから葬式へ行くようにと手紙に書かれてあるんですが、行った方がいいですかね?」
「私なら、無視しますね。明日には出発するんでしょう? それ抜きにしても行かないと思います」
「わかりました。ありがとうございます」

 とりあえず葬式には出ずに、葬式用の花を贈るのにとどめておく事に決めたのだった。午後、仕事の合間を縫ってメイドに葬式用の花をヨージス家に送るように依頼しておいた。花は一応多めに注文しておいたのだった。

(私は行かない方がいいし、行きたくもない。両親とジョージにも会いたくないし)

 次の日の朝。用意された王族用の豪華な馬車が玄関で私達を待っていた。玄関でトランクを持って待っているとアダン様が従者を引き連れてやってくる。

「おはようございます。アダン様」
「おはよう、ジャスミン。妹の話は聞いたよ。残念だったね」
「ええ、私もまだ驚いています。急な話だったので」
「葬式はどうする?」
「出ません。葬式用の花は多めに送っておきました」
「そうか。わかった」

 アダン様は小さく頷くと、馬車に乗り込んだ。私と従者もともに乗り込むと、馬車が勢いよく進み始めた。
 がたごとと石造りの道を進む途中、馬車がいきなり停止し、そのせいで馬車が縦にごとんと揺れた。

「うわっ!?」

 窓から外を見ると、なんとジョージが両手を広げて道をふさいでいるではないか。何をしたいのか。

「そっそそこにジャスミンはいるか?! おっ王太子殿下の専属薬師なら、公務にも同行しているはずだ!」
「厄介なのが来たね……」
「そうですね……申し訳ないです」
「俺が出よう。ジャスミンはどうする? 一緒に来る?」
「わかりました、ご一緒致します」

 私とアダン様が馬車を降りて、ジョージを見やる。陰気な雰囲気が変わらないジョージは私とアダン様の両方が視界に入った事で、若干怖気づくような混乱の表情を浮かべていた。

(私だけがのこのこと出て来る訳がないのに)
「ジョージ・ヨージス。何の用だ。王族の馬車を止めるなど、不敬にあたるぞ」
「存じております。ジャスミン及び王太子殿下にはぜひ、ジュナに顔を見せていただきたく存じ上げます」
「なんで?」
「ジャスミン。お前にはヨージス家に戻ってきてほしいんだ。でもって、俺ともう一度婚約してほしい」

 また変な事を言うか。私はすぐにお断りいたしますと告げる。

「なぜだ、あんなにも……あ、愛し合っていた仲じゃないか!」
「でもあなたはジュナと結婚したじゃない。もう、用件はこれで終わり? 私達急いでいるから」
「待ってくれ! せめて顔を出すだけで良いから!」

 ジョージはその場でひざまずき、頭を下げて懇願してくる。私はアダン様と互いに顔を見合わせた。

「とりあえず、死に顔だけでも見に行く?」
「……そうします」

 私は大きく息を吐く。ジョージは私に近づき腕を取ろうとしたが、私はそれを跳ね返した。

「なっなんで」

 するとアダン様が剣を抜いて、ジョージ様の胸付近に突き付ける。その目は完全に怒りで支配されていた。

「触るな。無礼者」
「は、ははっ」

 屋敷までは近いので歩いて向かった。玄関の奥のホールに、棺に入ったジュナの遺体が安置されていた。ひつぎには赤いバラがたくさん並べられている。白い簡素なウエディングドレスを着たジュナの身体は酷く痩せ細っておりどこか縮んでいるように見えた。

「ジュナ……」

 私は棺に向けて一礼し、アダン様と共にその場を後にした。ジョージが引き留めようとしたが、急いでいるのでと言って逃げるようにしてその場から立ち去ろうとした時、待ってくださいと知らない男性の声がこだました。

「多忙な中申し訳ありません、こちらのご挨拶だけさせてください」
「あ、あなたは?」
「ジュナの夫、リナードと申します。この度はお忙しい中お越しくださりありがとうございました」

 長い金髪を1つに束ねた長髪の男性。彼こそがジュナの夫、リナードのようだ。物腰が柔らかく、ジョージとは全く違うタイプの洗練された大人の魅力を持つ人物のように見える。

「君がリナードか?」
「はい、王太子殿下。ご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありません。ジャスミン様へも同じ気持ちです」
「リナード、これから君はどうするつもりで?」
「隣国に戻り医師として引き続き業務にあたります」
「そうか、では身体に気を付けて頑張ってほしい」
「はい、お気遣い感謝いたします」

 リナードに一礼し、私達は屋敷を後にした。ジョージはまだ話があると言うような顔をしていたが、さっきアダン様に剣を突き付けられたのが効いたのだろう、動く事は無かった。

「アダン様、ありがとうございます」
「いえいえ。ひどく痩せていたね。死ぬ前はほとんど何も口にしていなかったと聞いたけど」
「……」

 ジュナは私の妹。両親にこれでもかと可愛がられてちやほやされて育ったわがままな妹。欲しいものは全て手に入れてきた。ジョージだってリナードだってそうだ。だが、不貞の罪をを犯し、これまでの報いなのかどうかはわからないが、病に負けて若くして世を去った。
 私はまだジュナへ対してうらやましい気持ちがほんの少しだけ残っている。だって、それだけ彼女は何不自由なく過ごしてきたのだから。ジョージを奪った事とか、たまに私にとっては良い事もしてきたけれど。基本は仲は良くなかった。
 そんな彼女が最後にリナードと出会ったのは、彼女にとっては良かった事なのかもしれない。ひどく痩せ細ってはいたけれど、顔は充実したような晴れ晴れとした表情を見せていた。きっと穏やかな最期だったのだろう。

(さようなら、ジュナ・ガウンスキー)

 私は空を見上げる。すると鳥が1羽、風に乗るようにして、飛んでいく姿が目に入った。あの鳥はなんだろう、猛禽類ぽく見えたのは確かだが。
 こうして私は屋敷の方へ振り向く事は無く、馬車に戻ったのだった。



 
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