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ロイナ国side②

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「到着しました。エルシドの街です」
「ありがとう」

 ソヴィがエルシドの街に到着したのは、日も暮れてからの事だった。馬車から降りると御者に礼をしたソヴィはトランクを持って石畳の道を歩く。すると御者が馬車を止め、ソヴィの元へと向かっていった。

「ソヴィ様。夜の街は危ないのでお供します」
「あら、じゃあお願いしようかしら」
「かしこまりました」

 彼は魔術で馬車を小さくミニチュアサイズにした後、ズボンのポケットの中に大事そうにしまった。ここでソヴィはある事に気が付く。それは彼の名前をまだ聞いていないという事だった。

「あなた名前は?」
「イデルと申します。よろしくお願いします」
「イデルね。覚えたわ」
(イリアス様より、気さくで話しかけやすいわね。気を使わなくていいって感じがするというか)
「とりあえず、この街に宿は無いの?」
「ありますよ。ほらあそこ」
「ふん、もうちょっとランクの高そうな宿は無いかしら。私あの程度では満足できないわよ」

 実際イデルの示した宿は、全体的に狭く外観もやや古めでお世辞にも綺麗とは言えない雰囲気の宿だ。人もそこまで集まってはいない。
 ソヴィは一応子爵家の令嬢で王太子妃である。こんな宿では満足できないのは確かだ。

「ではもう少し歩いてみましょうか」

 イデルはきょろきょろと顔を動かしながら熱心に宿を探してくれている。そんな彼をソヴィは横目で見ていた。イリアスのように輝かしい顔。だが、まとっている雰囲気は庶民のそれと近く、イリアスのような高貴さは微塵も感じられない。

「あっ。あれはどうですか? あのアパルトマン全体が宿のようです」
「どれどれ」

 イデルが指し示しているのは、大きなアパルトマンだった。建物すべてが宿で、1階の玄関ホールには黄色いドレスを身に纏った貴族の令嬢が従者と共に出入りしている。

「へえ、貴族も出入りしてるのね。じゃあ、そこでいいわ」
「わかりました。では掛け合ってみましょう」

 早速イデルはその宿に向かって走り出したので、彼と手をつないでいたままのソヴィは慌てながらも彼を追って走り出す。

「ちょ、ちょっと! 待ちなさいよ! あとこれ重いから持って!」
「あっすみません!」

 イデルは走るのをやめて立ち止まり、ソヴィが持っていたトランクを持って再度ソヴィの手を握った。ソヴィは彼の微笑みを真正面から見た後、思わず顔を赤らめてしまう。

(何よ、この感情)

 胸のときめきを覚えたソヴィは、そのときめきを半分はやや不快に、半分は悪くないと捉えていたのだった。宿に到着するとイデルは受付嬢に部屋は2つ空いているかと尋ねたが、1つしか空いていないと言われてしまう。

「そ、そうですか……じゃ、じゃあ一緒に泊まりませんか?」
「は、はあ?」
「いやだって、何かあるかもしれませんし。大丈夫です、変な事はしませんので」
「あなたが馬車で寝泊まりしたらいいんじゃないの?」
「それもそうですね。じゃあそうします」

 イデルが受付嬢に宿のそばで馬車を置いても良いかと尋ねると、受付嬢は笑顔で大丈夫だと許可をくれた。受付嬢がカウンター横の小さな扉から出てきた時、ソヴィは宿を出ようと歩き出したイデルに向けて口を開く。

「せ、せっかくだし同じ部屋にいなさい。危ないでしょうし」
「……良いのですか?」
「私が言うのだから構わない」
「……じゃあ、お言葉に甘えさせていただきます」

 ふふっと笑うイデルにふんと鼻息を鳴らすソヴィだった。2人は部屋に案内され、ベッドの上に座る。ベッドは幸い2つ設置されており、部屋の広さも宮廷でのソヴィの部屋よりかは狭いものの、それでも貴族の令嬢が泊まる分には申し分ない広さだった。内装も白を基調としており、汚れは無い。

「これならよさそうだわ」
「お喜び頂けて何よりです」
「いや、当たり前じゃない」

 ソヴィはトランクを開いて、魔術書を取り出すとベッドの上に座って読み始める。その様子をイデルは何もしないまま穏やかに見守っていた。

「寝る時が来たら言ってください。お守りしますので」
「寝ないの?」
「もし何かあればすぐに対応するつもりです」
「わかったわ、もう少ししたら寝る。それよりもおなかが減ったわ。何か食べたい」
「では宿の者に聞いてみます」

 イデルは部屋の外に出、たまたま廊下を歩いていた宿の者に何か食べ物は出ないかと聞いた所、用意すると気さくに応じてくれた。しばらくして部屋に持ち込まれたのは、サラダに鳥肉のローストにスープにパン。丸い机に乗らないくらいの量が運ばれてきた。

「こ、こんなに……?」

 ソヴィは一瞬たじろぐが、彼女を気遣ったイデルが食べられる分だけ食べて後はこちらが全て食べるという事を申し出たのでそのまま食事を受け取ったのだった。
 ソヴィは丸いパンをかじり、鳥肉のローストをナイフとフォークで切り分けて口の中に入れた。

「柔らかくて美味しいわね。宮廷のステーキより食べやすいじゃない」
「そうですか?」
「ええ。これなら沢山食べられそうだわ」
「おかわり頼みます?」
「……ちょっと考えさせて」

 結局鳥肉のローストが美味しすぎたのか、2人はパンと共におかわりを頼んだのだった。
 ソヴィの笑みからは毒気も誰かを馬鹿にするような部分もすっかり消え去っていた。それにソヴィの胸と頭の中にはイリアスの姿が消え、代わりにイデルの姿が浮かび上がっていた。
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