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グランスとの約束
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シルヴァインと共にお辞儀をして見送ったマリアローゼは、長椅子へと移動してぽすん、と座り込む。
ルーナが呼んだ城の従僕達が、茶会用のテーブルを下げて元の位置に家具を戻すのをのんびりと見守る。
「怒っているのかい?ローゼ」
「え?いいえ、怒ってなどいませんわ。お父様もお兄様もわたくしを思って黙っていらっしゃったのでしょう。
でも、殿下もわたくしの事を思うからこそ打ち明けてくれたという事は、ご理解くださいませね」
幾つも年下の妹に諭されたような形になって、シルヴァインは溜息を吐いた。
「俺も怒ってはいない。帰ってから言おうかと思ってはいた。でもノアークは望んでいないと思うよ」
「知っておりますわ。それも、十分知っておりますけれど、わたくしは知っておきたいし、御礼も言いたいのです」
何と伝えればいいのだろう、とマリアローゼは思い悩んだ。
ノアークは自分を恥じている。
それは公爵家に生まれついたのに、魔力が目覚めない事と関係があるように思う。
マリアローゼにとってはそれは何も枷になどなりはしないのだが、
一朝一夕にその考えを改めさせるのは難しい。
「早くお会いしたいですわ。家で待っているお兄様達にも…」
「そうだな…」
だが、父ジェラルドからは、まだ帰りの日程について聞いてはいない。
そして、アニスの調査もまだ終っていないのだ。
すぐにここを発つ、という訳にもいかない。
本当なら今すぐにでも帰途につきたい気持ちを抑えて、マリアローゼは何度目かの溜息を落とした。
翌朝は、ジェラルドやミルリーリウムもゆったりとした朝を迎えていた。
一緒に朝食をとりながら、昨日の茶会についての話をマリアローゼから聞いて、父母は顔を綻ばせる。
「それでか……」
「どうかなさいましたの?」
「いや、折角ここへと来たというのに、ナハトもルーセンもすぐに帰ると言っていたのでね。
息子から聖女殿を遠ざけたいようだ」
ミルリーリウムは、穏やかな微笑を浮かべて、紅茶を一口飲むと静かに言った。
「お話を聞く限りでは、あまり良い噂は聞きませんもの…。
噂だけでなくて、ローゼの話を聞きますと…例え貴族でないとしても迎えたい方がいるとは思えませんわ…」
王城での使用人達は、大抵が元貴族である。
下働きには平民も多いが、上級使用人にはあまりいない。
緘口令を敷かなくても、王族や身分の高い貴族の噂はそこまで広がる事はないものの、便宜上、王が後ろ盾となってはいるが、破天荒な言動を繰り返す聖女候補に呆れる人々は多い。
加えて、下級貴族の養女で元平民とくれば、尚更だ。
「昨日、苦言を申し上げましたけれど、聞いて下さることを祈っておりますわ」
「貴女は誰にでも優しいのね、わたくしの天使ちゃん……」
困ったように言うマリアローゼの頭に、母が優しく何度か口付けた。
ジェラルドは愛する妻と愛娘が並んでいる姿に、目を細めて幸せそうな笑顔を浮かべる。
「シルヴァイン、調査の件は進んでいるか?」
「今日これから報告を受ける予定ではありますが、進んでいるかどうかは微妙です」
「そうか…なるべく此処には長居したくはないんだがな…」
ちらりとジェラルドがマリアローゼに目を向ける。
マリアローゼはその視線を受けて、少し眉を寄せた。
「でも、わたくしグランスに約束致しましたもの。せめてお墓参りだけでもしなくては」
「それなんだが、私に考えがある。
王国にアニスの墓を作らせよう。本物の墓が見つかれば遺骨も移そう。
見つからない場合でも、グランスが悼む為の墓ならば二度と戻れない土地に置く事もない。
どうだい?マリアローゼ」
マリアローゼは父の申し出を考えた。
即答しても良い位に破格の条件でもある。
故郷に思い入れのある様子はなかったし、もし遺骨が移してもらえるならばそれがいいかもしれない。
教会にとっても、マグノリアを襲った犯人にとっても、グランスは裏切り者なのだ。
だから死んだことになっているのだから、この国には戻れない。
「分かりました。ですが、万が一グランスが拒否した場合は、当初の予定通りに致します」
「彼は拒否しない。決まりだ。明後日にはここを発つ」
「はい、お父様」
「はい、父上」
二人の子供達は素直に頷いた。
グランスが拒否しない事はマリアローゼにも分かっていた。
危険が山積みとなっているこの国に、長く滞在することの危険性も彼は重々承知しているだろう。
そしてそれを望まない事も。
だからこそ危険を承知で裏切ったのだ。
病床の妹の命を危険に晒してまで、正しくあるために。
実際は、随分前に亡くなっていた訳だから、解放されたと言う意味では良い決断だったのかもしれないが、
決断した時の痛みは想像すら適わない。
同じ決断を自分が迫られた時、選べるだろうかとマリアローゼはシルヴァインを見た。
またもや大きなバッテンがつく。
自力で何とかしそうである。
でもノアークがもし罠にかかって、怪我を負ってしまったら…
その命を盾にされたら?
想像するだけで涙が出そうになる。
だが、そうならないために力を身につけるのだ。
賢さも体力も、武力も財力も。
マリアローゼは改めてふんす!とやる気を漲らせた。
ルーナが呼んだ城の従僕達が、茶会用のテーブルを下げて元の位置に家具を戻すのをのんびりと見守る。
「怒っているのかい?ローゼ」
「え?いいえ、怒ってなどいませんわ。お父様もお兄様もわたくしを思って黙っていらっしゃったのでしょう。
でも、殿下もわたくしの事を思うからこそ打ち明けてくれたという事は、ご理解くださいませね」
幾つも年下の妹に諭されたような形になって、シルヴァインは溜息を吐いた。
「俺も怒ってはいない。帰ってから言おうかと思ってはいた。でもノアークは望んでいないと思うよ」
「知っておりますわ。それも、十分知っておりますけれど、わたくしは知っておきたいし、御礼も言いたいのです」
何と伝えればいいのだろう、とマリアローゼは思い悩んだ。
ノアークは自分を恥じている。
それは公爵家に生まれついたのに、魔力が目覚めない事と関係があるように思う。
マリアローゼにとってはそれは何も枷になどなりはしないのだが、
一朝一夕にその考えを改めさせるのは難しい。
「早くお会いしたいですわ。家で待っているお兄様達にも…」
「そうだな…」
だが、父ジェラルドからは、まだ帰りの日程について聞いてはいない。
そして、アニスの調査もまだ終っていないのだ。
すぐにここを発つ、という訳にもいかない。
本当なら今すぐにでも帰途につきたい気持ちを抑えて、マリアローゼは何度目かの溜息を落とした。
翌朝は、ジェラルドやミルリーリウムもゆったりとした朝を迎えていた。
一緒に朝食をとりながら、昨日の茶会についての話をマリアローゼから聞いて、父母は顔を綻ばせる。
「それでか……」
「どうかなさいましたの?」
「いや、折角ここへと来たというのに、ナハトもルーセンもすぐに帰ると言っていたのでね。
息子から聖女殿を遠ざけたいようだ」
ミルリーリウムは、穏やかな微笑を浮かべて、紅茶を一口飲むと静かに言った。
「お話を聞く限りでは、あまり良い噂は聞きませんもの…。
噂だけでなくて、ローゼの話を聞きますと…例え貴族でないとしても迎えたい方がいるとは思えませんわ…」
王城での使用人達は、大抵が元貴族である。
下働きには平民も多いが、上級使用人にはあまりいない。
緘口令を敷かなくても、王族や身分の高い貴族の噂はそこまで広がる事はないものの、便宜上、王が後ろ盾となってはいるが、破天荒な言動を繰り返す聖女候補に呆れる人々は多い。
加えて、下級貴族の養女で元平民とくれば、尚更だ。
「昨日、苦言を申し上げましたけれど、聞いて下さることを祈っておりますわ」
「貴女は誰にでも優しいのね、わたくしの天使ちゃん……」
困ったように言うマリアローゼの頭に、母が優しく何度か口付けた。
ジェラルドは愛する妻と愛娘が並んでいる姿に、目を細めて幸せそうな笑顔を浮かべる。
「シルヴァイン、調査の件は進んでいるか?」
「今日これから報告を受ける予定ではありますが、進んでいるかどうかは微妙です」
「そうか…なるべく此処には長居したくはないんだがな…」
ちらりとジェラルドがマリアローゼに目を向ける。
マリアローゼはその視線を受けて、少し眉を寄せた。
「でも、わたくしグランスに約束致しましたもの。せめてお墓参りだけでもしなくては」
「それなんだが、私に考えがある。
王国にアニスの墓を作らせよう。本物の墓が見つかれば遺骨も移そう。
見つからない場合でも、グランスが悼む為の墓ならば二度と戻れない土地に置く事もない。
どうだい?マリアローゼ」
マリアローゼは父の申し出を考えた。
即答しても良い位に破格の条件でもある。
故郷に思い入れのある様子はなかったし、もし遺骨が移してもらえるならばそれがいいかもしれない。
教会にとっても、マグノリアを襲った犯人にとっても、グランスは裏切り者なのだ。
だから死んだことになっているのだから、この国には戻れない。
「分かりました。ですが、万が一グランスが拒否した場合は、当初の予定通りに致します」
「彼は拒否しない。決まりだ。明後日にはここを発つ」
「はい、お父様」
「はい、父上」
二人の子供達は素直に頷いた。
グランスが拒否しない事はマリアローゼにも分かっていた。
危険が山積みとなっているこの国に、長く滞在することの危険性も彼は重々承知しているだろう。
そしてそれを望まない事も。
だからこそ危険を承知で裏切ったのだ。
病床の妹の命を危険に晒してまで、正しくあるために。
実際は、随分前に亡くなっていた訳だから、解放されたと言う意味では良い決断だったのかもしれないが、
決断した時の痛みは想像すら適わない。
同じ決断を自分が迫られた時、選べるだろうかとマリアローゼはシルヴァインを見た。
またもや大きなバッテンがつく。
自力で何とかしそうである。
でもノアークがもし罠にかかって、怪我を負ってしまったら…
その命を盾にされたら?
想像するだけで涙が出そうになる。
だが、そうならないために力を身につけるのだ。
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マリアローゼは改めてふんす!とやる気を漲らせた。
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