今までの人生の中で、1日だけ戻れるとしたら

中野拳太郎

文字の大きさ
1 / 7

第一章 天使

しおりを挟む


 下界を見下ろすと、世の中も変わった、とつくづく思わされる。
 何が変わったのか、大地、海、自然、街並みも、彩も鮮やかになり、そして文化。一つ一つが時代に沿って変化をもたらしていった。だが何よりも変わったのが、人間の心だ。

 広大な陸が見えてきた。そして、所々点々とした小さな陸も。大河、山、草原、それに海。
 そして、大海原の中にポツリと小さな島国があった。さらにズームアップしていくと、ひどく密集している建物が見えてくる。
 それは飛行機が徐々に空港へと着陸していくかのように、街並みが鮮明に見えた。だが、それを見ているだけで息苦しかった。

 ここ百年の内に緑が減り、その代わりに冷たいコンクリートが増えていった。
 その中をちょこまかと時間に追われながら、急ぎ足で人間が歩いている。

「頭隠して、尻隠さず。昔の人はいい喩えを言ったものだよ、まったく」

「ああ、そうだな。時代は進み、文明は発達し、人間の基本、衣食住が昔と比べると格段によくなってきた。
 そして人間は、その文明で頭を隠しているつもりでも、尻が出ているため、何処で何をしているのかがすぐに分かってしまう。
 暗いはずの夜でさえ、煌々と灯っているネオン、家々を照らす灯りで、昼間のように明るい。
 人間はいつになったら寝るのだろう、とは思わずにはいられない。一体、誰がこんな世の中にしたというのだ。
 人間自らか、それとも世界が変えたのか。なぜ文明というものはひとりでに進化していき、創った者でさえ、それを止めることができなくなってしまったのだろう。
 今では、人間の心は病んでいる、と言っても過言ではない。
 その文明が創り上げた傑作とでもいうのか、衛星通信?
 それは赤道上空三万六千キロの静止軌道上に打ち上げられた衛星に向けて送信局から膨大な情報を送信、所謂アップリンクした後、地球にある受信局に向けて一斉配信、ダウンリンクする通信システムだ。
 このようなものができてからは、ネット回線が世界中を結び、情報が錯綜し、それが人間の心の中までを抉る。
 何せ、地球の反対側にいても映像を配信させることができる世の中だ。今では、人間何処にいようと監視されている」

「なんか面白くない世の中になっちまったよな。温かみがなく、機械のように冷たい人間ばかりだ」

「まったくだ」

 二人の男が上空から喋っていた。
 だが仲が良くないのか、二人共、まったく目を合わせようとはしない。
 まるで仲の悪い二人が、無理やり学級委員をやらされたかのように。

「昔は何もなかったが、ここ、」

 筋肉隆々の男が、その胸を叩きながら言った。

「この中を満たそうと、どの面も目を輝かせていたもんな、何かをやってやろう、という前向きな、そう革命的な奴らが沢山いた。でも今じゃ、そんな奴を見なくなっちまった」

「そう、結局のところ、人間は乾いた胸の中を文明というもので埋めようとしたが、実際は要らないものばかりになってしまった。それで世界は押し潰され、今じゃ、人間は苦しんでいる、というわけだ」

 屈強の男と比べると若干体格は落ちるが、こっちの方が美男子である。
 眉間に皺を刻み、神経質そうな男だ。その二人は黒のテンガロンハットに黒のロングコート、黒のスーツにネクタイといった格好で、下界を見下ろしていた。

「そんなことばかり言ってるから、気づくと大晦日になっちまったじゃないか。俺たちに残された時間は二十四時間。さあ、どうする?
 その間に手頃な人間を見つけ、例の仕来たりを施さねばならない。お前はいつも悠長に構えているが、当てでもあるのか?」

 体格のいい男が続けて言った。

「昔からお前は高慢で、そうやって難しい言葉を並べる思想家だったよな」

「うるさい奴だ。ちょっとは静かに、下を見ろよ。そうゆうお前は、威圧的で、傲慢で、謙虚さの欠片もない男だった。
 そうじゃないか。いい加減、このあたりで改めたらどうなんだ」

 知的で、美男子の方は、集中しているところを邪魔され、うるさそうに言った。

「今、ある男を見ているんだから、ほら、あの男なんてどうだ」

「分かった。あの男か。相変わらず、言葉だけは達者な奴だ。う~ん、ちょっと待ってろよ。今からその男の人生の再現VTRを見てみるから」

 屈強の方が下界にいる老人の男を見て、その後、目を瞑った。
 彼らは一瞬のうちに人間の一生を見ることができるのだ。男は眉間に皺を刻み、こめかみに手をやり、しばらくは瞑想に耽った。

「なかなかいい男じゃないか。それに俺たちの仕来たりにも合うってもんだ」

「彼の寿命は、あと二十四時間だ」

「一体、いつからあの男に目をつけていたんだ?」

「今年になってすぐにだよ」

「それじゃ一年をかけて、この時が来るのを待っていた、そうゆうことなのか。まったく、お前は根暗で、まるでストーカーみたいな奴だな」

「うるさい」

 美男子の男が言った。

「それよりお前、あの人のことを覚えていないのか?」

 屈強の男は首を横に振った。
「以前、会っているはずなんだが・・。それで、約束をしたじゃないか」

「ああ、」

 屈強の男は、意味あり気な笑みを浮かべた。

「あの時の人か・・」

「そうだ。あの時に男の奥さんと約束をしたじゃないか。どうやらそれを忘れていたみたいだな」

「ま、いいじゃないか。今思い出したよ。そうと決まれば、今すぐにでも下界に降下していき、彼にコンタクトをとろうではないか。
 そして、あれを実行できたら、俺たちのノルマも達成できるというものだ」

 彼らは空高く、雲の上にフワフワと漂いながら、時には超高層ビルのてっぺんに坐り、下を見ている者で、地に足を付けて、しっかりと歩く人間ではなかった。

「待て。下界に行くとなると、色々とやらなくてはならない手続きがある。とにかく人間社会もそうだが、ここの社会も、最近では規律が厳しくなってきたんだ。もう忘れたのか?」

「すまん、すまん。年に一度のことだ。すっかり忘れていたよ。それにしても、嫌な世の中になっちまった」

「先ずは下界に降りるための手続きをしよう」
「グダグダ言っていてもしょうがない。分かったよ」

「それでは参りますか」

「参ろう」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

前世で私を捨てた皇太子が、今世ではなぜか執着してきます。でも私は静王妃なので『皇叔母様』と呼ばせます

由香
恋愛
沈薬は前世、皇太子の妃だった。 だが彼の寵愛は側室へ移り、沈薬は罪もなく冷宮へ送られ――孤独の中で死んだ。 そして目を覚ますと、賜婚宴の日に戻っていた。 二度目の人生。 沈薬は迷わず皇太子ではなく、皇帝の弟である静王を選ぶ。 ただしその夫は、戦で重傷を負い昏睡中だった。 「今世は静かに生きられればそれでいい」 そう思っていたのに―― 奇跡的に目覚めた静王は、沈薬を誰よりも大切にしてくれた。 さらにある日。 皇太子が前世の記憶を思い出してしまう。 「沈薬は俺の妃だった」 だが沈薬は微笑んで言う。 「殿下、私は静王妃です」 今の関係は―― 皇叔母様。 前世で捨てた女を取り戻そうとする皇太子。 それを静かに守る静王。 宮廷を揺るがす執着と溺愛の物語。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ

karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。 しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。

おかしくなったのは、彼女が我が家にやってきてからでした。

ましゅぺちーの
恋愛
公爵家の令嬢であるリリスは家族と婚約者に愛されて幸せの中にいた。 そんな時、リリスの父の弟夫婦が不慮の事故で亡くなり、その娘を我が家で引き取ることになった。 娘の名前はシルビア。天使のように可愛らしく愛嬌のある彼女はすぐに一家に馴染んでいった。 それに対してリリスは次第に家で孤立していき、シルビアに嫌がらせをしているとの噂までたち始めた。 婚約者もシルビアに奪われ、父からは勘当を言い渡される。 リリスは平民として第二の人生を歩み始める。 全8話。完結まで執筆済みです。 この作品は小説家になろう様にも掲載しています。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

処理中です...