今までの人生の中で、1日だけ戻れるとしたら

中野拳太郎

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第一章 天使

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 下界を見下ろすと、世の中も変わった、とつくづく思わされる。
 何が変わったのか、大地、海、自然、街並みも、彩も鮮やかになり、そして文化。一つ一つが時代に沿って変化をもたらしていった。だが何よりも変わったのが、人間の心だ。

 広大な陸が見えてきた。そして、所々点々とした小さな陸も。大河、山、草原、それに海。
 そして、大海原の中にポツリと小さな島国があった。さらにズームアップしていくと、ひどく密集している建物が見えてくる。
 それは飛行機が徐々に空港へと着陸していくかのように、街並みが鮮明に見えた。だが、それを見ているだけで息苦しかった。

 ここ百年の内に緑が減り、その代わりに冷たいコンクリートが増えていった。
 その中をちょこまかと時間に追われながら、急ぎ足で人間が歩いている。

「頭隠して、尻隠さず。昔の人はいい喩えを言ったものだよ、まったく」

「ああ、そうだな。時代は進み、文明は発達し、人間の基本、衣食住が昔と比べると格段によくなってきた。
 そして人間は、その文明で頭を隠しているつもりでも、尻が出ているため、何処で何をしているのかがすぐに分かってしまう。
 暗いはずの夜でさえ、煌々と灯っているネオン、家々を照らす灯りで、昼間のように明るい。
 人間はいつになったら寝るのだろう、とは思わずにはいられない。一体、誰がこんな世の中にしたというのだ。
 人間自らか、それとも世界が変えたのか。なぜ文明というものはひとりでに進化していき、創った者でさえ、それを止めることができなくなってしまったのだろう。
 今では、人間の心は病んでいる、と言っても過言ではない。
 その文明が創り上げた傑作とでもいうのか、衛星通信?
 それは赤道上空三万六千キロの静止軌道上に打ち上げられた衛星に向けて送信局から膨大な情報を送信、所謂アップリンクした後、地球にある受信局に向けて一斉配信、ダウンリンクする通信システムだ。
 このようなものができてからは、ネット回線が世界中を結び、情報が錯綜し、それが人間の心の中までを抉る。
 何せ、地球の反対側にいても映像を配信させることができる世の中だ。今では、人間何処にいようと監視されている」

「なんか面白くない世の中になっちまったよな。温かみがなく、機械のように冷たい人間ばかりだ」

「まったくだ」

 二人の男が上空から喋っていた。
 だが仲が良くないのか、二人共、まったく目を合わせようとはしない。
 まるで仲の悪い二人が、無理やり学級委員をやらされたかのように。

「昔は何もなかったが、ここ、」

 筋肉隆々の男が、その胸を叩きながら言った。

「この中を満たそうと、どの面も目を輝かせていたもんな、何かをやってやろう、という前向きな、そう革命的な奴らが沢山いた。でも今じゃ、そんな奴を見なくなっちまった」

「そう、結局のところ、人間は乾いた胸の中を文明というもので埋めようとしたが、実際は要らないものばかりになってしまった。それで世界は押し潰され、今じゃ、人間は苦しんでいる、というわけだ」

 屈強の男と比べると若干体格は落ちるが、こっちの方が美男子である。
 眉間に皺を刻み、神経質そうな男だ。その二人は黒のテンガロンハットに黒のロングコート、黒のスーツにネクタイといった格好で、下界を見下ろしていた。

「そんなことばかり言ってるから、気づくと大晦日になっちまったじゃないか。俺たちに残された時間は二十四時間。さあ、どうする?
 その間に手頃な人間を見つけ、例の仕来たりを施さねばならない。お前はいつも悠長に構えているが、当てでもあるのか?」

 体格のいい男が続けて言った。

「昔からお前は高慢で、そうやって難しい言葉を並べる思想家だったよな」

「うるさい奴だ。ちょっとは静かに、下を見ろよ。そうゆうお前は、威圧的で、傲慢で、謙虚さの欠片もない男だった。
 そうじゃないか。いい加減、このあたりで改めたらどうなんだ」

 知的で、美男子の方は、集中しているところを邪魔され、うるさそうに言った。

「今、ある男を見ているんだから、ほら、あの男なんてどうだ」

「分かった。あの男か。相変わらず、言葉だけは達者な奴だ。う~ん、ちょっと待ってろよ。今からその男の人生の再現VTRを見てみるから」

 屈強の方が下界にいる老人の男を見て、その後、目を瞑った。
 彼らは一瞬のうちに人間の一生を見ることができるのだ。男は眉間に皺を刻み、こめかみに手をやり、しばらくは瞑想に耽った。

「なかなかいい男じゃないか。それに俺たちの仕来たりにも合うってもんだ」

「彼の寿命は、あと二十四時間だ」

「一体、いつからあの男に目をつけていたんだ?」

「今年になってすぐにだよ」

「それじゃ一年をかけて、この時が来るのを待っていた、そうゆうことなのか。まったく、お前は根暗で、まるでストーカーみたいな奴だな」

「うるさい」

 美男子の男が言った。

「それよりお前、あの人のことを覚えていないのか?」

 屈強の男は首を横に振った。
「以前、会っているはずなんだが・・。それで、約束をしたじゃないか」

「ああ、」

 屈強の男は、意味あり気な笑みを浮かべた。

「あの時の人か・・」

「そうだ。あの時に男の奥さんと約束をしたじゃないか。どうやらそれを忘れていたみたいだな」

「ま、いいじゃないか。今思い出したよ。そうと決まれば、今すぐにでも下界に降下していき、彼にコンタクトをとろうではないか。
 そして、あれを実行できたら、俺たちのノルマも達成できるというものだ」

 彼らは空高く、雲の上にフワフワと漂いながら、時には超高層ビルのてっぺんに坐り、下を見ている者で、地に足を付けて、しっかりと歩く人間ではなかった。

「待て。下界に行くとなると、色々とやらなくてはならない手続きがある。とにかく人間社会もそうだが、ここの社会も、最近では規律が厳しくなってきたんだ。もう忘れたのか?」

「すまん、すまん。年に一度のことだ。すっかり忘れていたよ。それにしても、嫌な世の中になっちまった」

「先ずは下界に降りるための手続きをしよう」
「グダグダ言っていてもしょうがない。分かったよ」

「それでは参りますか」

「参ろう」
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