31 / 54
第十一章 拉致 一、あの男が
しおりを挟むふ~。溜息が漏れた。
外に出ると熱気で額から拭き出すように汗が垂れてきた。
坂戸海人は煙草を口に銜え、ライターで火をつけた。
まいったな。彩加は怒って帰るし、状況が分からないのに、あれじゃ聞くこともできない。そりゃ、あんな態度をして今になって分かるが、あの時は働いていて、それどころじゃなかったのだ。
もう少し親身になって話を訊いてやるべきだったんだ。あの時は何であんなにも仕事に執着したんだろう。今から考えれば、別に、自分が仕事を続けるものでもなかったのに。誰かに代わってもらい、午後から帰るべきだったのかもしれない、と後悔の念が浮かんできた。
溜息をつき、坂戸は、藪押の顔を頭の中に浮かべた。
あの人、どうも苦手だな。あの目・・・・・・。闘う男特有のまるで獣のような目だった。自分とは違う世界に住む人間だ。
― あれは春になったばかりで、少しだけ肌寒かったのを思い出す。
坂戸が働いていると、突然この場に、薮押が押し掛けてきたことがあった。
それで三十分程話をした。最初は別にこれといった要点のない話であった。彼は営業をしているとのことで、最初は物腰の柔らかい、当たり障りのない印象の男だった。
だが時間が経ち、坂戸と彩加の話しに移ると、状況が少しづつではあったが変わっていった。藪押は、坂戸と彩加が交際しているのを把握していたし、坂戸の方も、藪押が息子の明と月に一度面会していることを知っていた。
坂戸は、そのことに対し、快くは思ってはいない。そりゃそうだ。自分の子供になるかもしれない明が、違う男と喫茶店にいったり、スーパーで遊んだりしているのだから。
そもそも、そのことを藪押が知ったのは、明の財布の中にあった写真を見て、坂戸の存在を知ったそうで、その写真を財布から抜き取り、それを差し出してきたのだ。
その写真には、三人で行った遊園地の時の姿があった。ジェットコースターに乗った後の写真だ。
「付き合っているのか?」
「はい」
坂戸は正直に答えた。
「いつからだ?」
「付き合って一年になります」
「俺はいつからだ、と訊いたんだ。それを君は付き合って一年、と答えた。これは俺に対する少しばかりの抵抗か。それとも彩加と関係する者同士のライバル心から出た意思表示なのか。ま、いい。そんなことは今重要なことではないのだからな」
苦手だ。一夫変わった男だな、そんな印象を抱くと共に、関わりたくない人物だ、とさえも思った。
大きな体。それだけではない一種のオーラ―を纏っているから、余計に怖い。何より目の色が異常な輝きを見せていた。それは尖った、鋭利なナイフのように危険な目だった。
二人きりで話をしたその時間。ずっと冷や汗で背中を濡らしていたのを覚えている。まるで針の寧ろの上で、座っているかのように、恐ろしい思いをした。
― 嫌な思い出が脳裏を過った。
坂戸は煙草を揉み消し、駐車場へと向かった。
すると、突然悪寒に襲われた。
0
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる