上 下
51 / 131

44.反省会

しおりを挟む
 陽はすでにとっぷりと暮れ、気温が少しずつ下がりはじめた。私は少し肌寒さを感じて、ストールを胸元に引き寄せる。

 ロワさんの私室の寝椅子に腰掛けた私は、未来の夫となるべきロワさんと向かい合っていた。

 ロワさんはなぜか床に胡座をかき、両方の拳を突いて低頭している。

「すまなかった」

 お腹の底まで響く低い声は少し掠れ、謝罪の言葉が、誠心誠意本当だと伝えている。人に頭など下げない男丈夫が心の底から謝っているのだ、許さぬはずなどない。

 しかし、

「何に対して謝っていらっしゃるのですか」

 いくつか確認しなければ、私としても笑顔で許すとは言えなかった。私の言葉にビクッと肩を揺らしたロワさんは、ゆっくりと私を仰ぎ見る。いつもは糸杉のように真っ直ぐな背が、今は力なく丸まっていた。

「その、ユズルバはなんと? 」

「なぜ今ユズルバさんの名前が出てくるのですか? 」

「いや……」

 私の問いにロワさんは、目線を彷徨わせる。

「私がロワさんに言いたいのは、あまり人に乱暴しないで欲しいと言うことです」

 私がそう言うと、目に見えて肩から力が抜けるのがわかった。

「そのことか、それならば致し方なかったのだ。事を公にしてしまえば、お前にいらぬ噂が立つかも知れぬ。それに、総督の妻を拉致したとなれば、極刑は免れまい。公にせず、私の拳一つでカタがつけばそれが一番良いのだ」

 どこかほっとした様子から、違う事を聞かれると思ったのかもしれない。

「今朝、陛下からも私の裁量に任せると伝達が来ている」
 
「そうですか、それならばこれ以上は言いません。ロワさんは無闇に暴力をふるう方ではないと知っていますから」

 ね?っと微笑みかけると、ロワさんも笑みを広げた。

「もちろんだ。私を信頼してくれているのだな。感謝する。レン――」

 話は終わったとばかりに、ロワさんは私に手を伸ばす。

「それで、昨日の晩についてですが」

 目を細めて私に触れようとしていたロワさんが、シャキンと背を真っ直ぐに立て、再び胡座の姿勢に戻った。どことなく顔色が悪いのは緊張しているからかもしれない。昨日の所業について後悔をしているのは明白だ。

「私は、いつのまにか寝てしまったようですね。すみませんでした」

「その……乱れた格好だっただろう?怒ってはいないのか」

「そうですね……。この唇の跡には驚きましたが、寝てしまった私にも責任がありますから。それに、ユズルバさんも旦那様のご寵愛が深いからこその印だと言っていました。他の方の目に留まる場所は少し困りますが」

「ユズルバ……」

 ロワさんは、なぜかユズルバさんの名を呼びながら頷いている。

 浴室で体を確認した時は、顎が外れるかと思った。首から下の身体中に広がるキスマークは、ちょっと度を越していたからだ。胸と下半身が特に酷いのには少し泣けた。

 そして、問題のカピカピについてだが、どれだけの量を射精したのだろう。産婦人科に勤めていると、検体として精液を取り扱うことがある。大概の一回量は約二ミリリットルで多くても五ミリを超えるものは見たことがない。ロワさんは体が大きいから量も多くて当然だが、こんなに全身カピカピになるほど出るものなのだろうか……。彼には、男としての魅力もさることながら、生物としての解剖学的な興味が尽きない。

 それに、ユズルバさんからロワさんは聖人(童貞)と聞かされていたが、よく、挿入せずに我慢できたものだ。こういったシチュエーションの場合、男性は我慢できるものなのだろうか。私はすっかり爆睡してしまったため、どんなことが行われていたかはわからない。

 少しは手伝うべきだったのかな?

「その、私、途中で寝てしまって大丈夫でしたか? もう少し何かすべきだったのでしょうか。それに身体中に付着していた――」

 挿入を避けられるような案があれば、是非とも教えて欲しい。ロワさんに具体策を聞こうとすると、大きな手が私を止めた。

「いや、お前は何も悪くない。ただ私が欲に負け、少々汚してしまったのだ。信じられないと思うが、お前を貶めようとして行ったのではない。むしろ、寝ていても可憐なお前にたまらなくなって、つい……その……飛沫がかかってしまったのだ」

「はぁ、飛沫……」

「純真なお前のことだから、知らぬことも多いとは思う。男とは愛しい気持ちが限界に達すると、飛沫を放つものなのだ」

 今更、「そういうの知ってます」と言えない雰囲気だ。

 この際、精液をかけられたことは不問に処するとしても、婚儀の日までは挿入はご勘弁願いたい。そのために、少しだけ釘を刺しておくこととした。


「私としても、ロワさんに愛されている証だと思えば嬉しさが勝ります」

「では!」

「しかし、意識のない時に体を見られたことはとても恥ずかしくて、耐えられません。それに、髪に付着していたものは洗い流すのに苦労しました。ですから、あまり密な触れ合いは婚儀まで待っていただけると嬉しいです」

「っつ、婚儀まで待てと申すか……」

 顔面蒼白のロワさんは、呆然とした表情で肩をおとした。そのまま床にめり込んでいってしまいそうな彼が少し可哀想になる。

 あまり抑圧させて、暴発させたら元も子もない。

「その、密な……と申しました。少し触れ合うくらいなら平気です。ロワさんがお辛いなら、飛沫?を放つお手伝いもいたします」

「う、うむ。そうか……そうか!」

 彼の中で納得がいったようで良かった。頷いている顔には少し笑顔が戻った。

「それでは、夜も更けてまいりましたので、私室に引き取らせていただきます」

 寝椅子からよいしょっと降りると、ロワさんが怪訝な顔をした。

「戻るのか」

「ええ、明日こそレミアン様の所へ伺わなくてはなりませんから、早めに休もうかと」

「そうか……」

 そうガッカリした顔をされると良心が疼く。

 いやいや、こういうのは初めが肝心。夫の欲望だけを満たすために妻はいるのではない。だいたい毎日睦み合っていたら、飽きられてしまうかもしれない。ロワさんに捨てられるかもと想像するだけで怖すぎる。

「今日は、ロワさんのお気持ちを教えていただいてありがとうございます。でも、正直肌を触れ合わせることは(飽きられることが)怖いです。少しずつ慣れていくのでもいいでしょうか? 」

「そうか……お前のように無垢な娘は、恐怖を感じて当然だ。私はあまりに利己的であった、ゆるせ。それに、私達は生涯を共にするのだ、(理性がもてば)ゆるゆると参るのも一興だ。私の妻よ、気にそぐわぬことがあれば、なんなりと申すのだぞ。お前の憂いた顔は見たくない」

「はい(挿入はまだ嫌です)」


 私達はまだ、夫婦にすらなっていない。先はまだまだ長いのだ。焦らず今は、夫(今は婚約中だが)を上手く御していけるように頑張ろう。

 私だって、この大きくて誠実な彼の快楽に溶けた瞳を見てみたい。

 もう少しだけ……

 もう少しだけ、待っていてください。

 大好きなロワさん。

 衝動的にロワさんの頬におやすみのキスをして、部屋を後にする。扉を閉める前にちょっとだけ振り返ると、両手で頬を押さえるロワさんがいた。

 突然キスしたから驚いたかな……



 明日はレミアン様達の健診だし、頑張らなくちゃ!
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

サラリーマン、オークの花嫁になる

BL / 完結 24h.ポイント:99pt お気に入り:221

【R18】貴方の想いなど知りません

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,263pt お気に入り:4,624

成れの果て

BL / 完結 24h.ポイント:78pt お気に入り:166

恋人を目の前で姉に奪い取られたので、両方とも捨ててやりました

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:7,078pt お気に入り:1,592

フェロ紋なんてクソくらえ

BL / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:390

処理中です...