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飼い主の提案に、飼い犬は
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「彼女、良い人らしいじゃない」
まるで、長年可愛がった飼い犬の首輪を外すような気分だった。
隣国の良家令嬢が、夜会で偶然見かけたエヴェラウドを、大層気に入ったらしい。頼もしく器量の良い彼に惚れるのは、想像に難く無い。
直接会えずとも、彼女は日を置かず何枚も恋文を彼に送り続けた。そして遂に、縁談が持ち上がったのだと少し前に彼に聞いたのだった。
「明日から、貴方は自由よ。……っ、」
彼女と幸せになって、と言おうとしたが、涙を堪えるのに必死で言えなくなってしまった。
けれども。エヴェラウドは思わぬ言葉を口にしたのだった。
「その縁談は……お断り申し上げました」
「っ!? はぁ!?」
瞠目した私を他所に、彼は再び秘所を舐め始めた。先程と全く変わらぬ舌使いは、逆に私を困惑させた。
「っ、折角の縁談を断るだなんて、お相手に申し訳無いと、思わないの……っ、?」
「代わりに私より財力のある男を紹介したら、あっさり承諾してくれましたよ」
「……っ!?」
「一時の感情なんて、所詮その程度のものです」
珍しく、エヴェラウドは淡々と言ってのけた。それは、平素私に見せない冷たい一面であった。あまりの変わりように、私は彼の顔が怖くて見られなかった。
「……それに。まだ貴女の傍を離れる訳にはいきませんから」
ちゅ、とわざとらしくリップ音を鳴らして、エヴェラウドは言った。
それは紛れもなく、飼い犬がじゃれつくような彼のいつもの口ぶりであった。
「……っ、まさか、私へ気を使ってるんじゃないでしょうね?」
「いいえ。私の個人的な願望です」
まだ一緒に居れるという、安堵感が胸に広がる。けれども私は、まだこの犬の気持ちを理解し切れないでいた。
そして。絶頂はすぐ近くまできているのに、なかなか登りきれず、もどかしく感じ始めていた。
「私が嫁いだら、貴方はどうする気?」
「先のことは分かりませんが、願わくば……飼い犬という名の首輪は、一生付けておきたく存じます」
顔を上げて、エヴェラウドは自身の首元をなぞった。私が外したはずの見えない首輪を、目の前の犬は自分でつけ直してしまったようだった。
首輪を外された飼い犬は、喜び勇んで逃げるものではないのか。
逃げるどころか、この大きな犬はしっぽを振ってお座りしているだけではないか。
彼がそこまで束縛を求めるのが、どうしても私には理解できなかった。
「失敬。折角の快楽を、邪魔をしてしまいましたね」
「……ねえ、貴方は私に幸せになって欲しいの?」
「勿論でございます。素敵な方とご結婚されて幸せになる。それが、一番でございますから」
私を束縛して他の男の元に行かせたくないのかと思ったが、そうではないらしい。あくまで自分は縛られるが、飼い主である私を縛るつもりは毛頭ないようだった。
ならば、と私はエヴェラウドに問う。
「飼い犬だなんて無責任なこと言ってないで、夫として傍に居れば良いのでなくて?」
アリーチェに対する嫌がらせを陰ながら実行していたのは、他ならぬ彼であった。自らの評判を下げる危険を負ってまで、この男は手を貸してくれたのだ。
最も、今まで続いてきた両家の関係をこじらせたくないというのが大きかったのは明白だが。
そして私は彼に、褒美を与えたいと密かに考えていたのだ。しかしこの犬がどんなプレゼントなら喜ぶのか分からなかった。本人に聞いても、何もいらないとしか言われなかった。
そこでせめて、束縛からの解放を褒美と考えたのだが、それも断られてしまった。
むしろこの男は、縛られることを望んでいる。
だから敢えて、究極の束縛を提案したのだった。
「貴方なら、家族も昔から知ってるし……お父様やお母様も反対はしないはずよ?」
首輪についた鎖を引くように、私は握った手を引く動作をした。
先程の言葉が冗談なら、顔を引き攣らせるだろう。だが仮に下らぬ冗談ならば、許す気は無かった。
「どうかしら?」
「……ディアナ様!!」
急に、エヴェラウドは私に抱きついた。その反動で、私はベッドに押し倒されてしまったのだった。
彼のはしゃいだ姿を見るのは、しばらくぶりだった。
「ちょっと、重たいわよ!! 自分の体格を考えなさい!!」
「ああ、大変失礼しました」
上から退いて、エヴェラウドは大切そうに私の手を両手で包み込んだ。
「喜んで、お仕え致します」
その声は、微かに震えていた。
折角面倒な女と離れる機会を逃したというのに、彼はこの上無く幸せそうであった。
まるで、長年可愛がった飼い犬の首輪を外すような気分だった。
隣国の良家令嬢が、夜会で偶然見かけたエヴェラウドを、大層気に入ったらしい。頼もしく器量の良い彼に惚れるのは、想像に難く無い。
直接会えずとも、彼女は日を置かず何枚も恋文を彼に送り続けた。そして遂に、縁談が持ち上がったのだと少し前に彼に聞いたのだった。
「明日から、貴方は自由よ。……っ、」
彼女と幸せになって、と言おうとしたが、涙を堪えるのに必死で言えなくなってしまった。
けれども。エヴェラウドは思わぬ言葉を口にしたのだった。
「その縁談は……お断り申し上げました」
「っ!? はぁ!?」
瞠目した私を他所に、彼は再び秘所を舐め始めた。先程と全く変わらぬ舌使いは、逆に私を困惑させた。
「っ、折角の縁談を断るだなんて、お相手に申し訳無いと、思わないの……っ、?」
「代わりに私より財力のある男を紹介したら、あっさり承諾してくれましたよ」
「……っ!?」
「一時の感情なんて、所詮その程度のものです」
珍しく、エヴェラウドは淡々と言ってのけた。それは、平素私に見せない冷たい一面であった。あまりの変わりように、私は彼の顔が怖くて見られなかった。
「……それに。まだ貴女の傍を離れる訳にはいきませんから」
ちゅ、とわざとらしくリップ音を鳴らして、エヴェラウドは言った。
それは紛れもなく、飼い犬がじゃれつくような彼のいつもの口ぶりであった。
「……っ、まさか、私へ気を使ってるんじゃないでしょうね?」
「いいえ。私の個人的な願望です」
まだ一緒に居れるという、安堵感が胸に広がる。けれども私は、まだこの犬の気持ちを理解し切れないでいた。
そして。絶頂はすぐ近くまできているのに、なかなか登りきれず、もどかしく感じ始めていた。
「私が嫁いだら、貴方はどうする気?」
「先のことは分かりませんが、願わくば……飼い犬という名の首輪は、一生付けておきたく存じます」
顔を上げて、エヴェラウドは自身の首元をなぞった。私が外したはずの見えない首輪を、目の前の犬は自分でつけ直してしまったようだった。
首輪を外された飼い犬は、喜び勇んで逃げるものではないのか。
逃げるどころか、この大きな犬はしっぽを振ってお座りしているだけではないか。
彼がそこまで束縛を求めるのが、どうしても私には理解できなかった。
「失敬。折角の快楽を、邪魔をしてしまいましたね」
「……ねえ、貴方は私に幸せになって欲しいの?」
「勿論でございます。素敵な方とご結婚されて幸せになる。それが、一番でございますから」
私を束縛して他の男の元に行かせたくないのかと思ったが、そうではないらしい。あくまで自分は縛られるが、飼い主である私を縛るつもりは毛頭ないようだった。
ならば、と私はエヴェラウドに問う。
「飼い犬だなんて無責任なこと言ってないで、夫として傍に居れば良いのでなくて?」
アリーチェに対する嫌がらせを陰ながら実行していたのは、他ならぬ彼であった。自らの評判を下げる危険を負ってまで、この男は手を貸してくれたのだ。
最も、今まで続いてきた両家の関係をこじらせたくないというのが大きかったのは明白だが。
そして私は彼に、褒美を与えたいと密かに考えていたのだ。しかしこの犬がどんなプレゼントなら喜ぶのか分からなかった。本人に聞いても、何もいらないとしか言われなかった。
そこでせめて、束縛からの解放を褒美と考えたのだが、それも断られてしまった。
むしろこの男は、縛られることを望んでいる。
だから敢えて、究極の束縛を提案したのだった。
「貴方なら、家族も昔から知ってるし……お父様やお母様も反対はしないはずよ?」
首輪についた鎖を引くように、私は握った手を引く動作をした。
先程の言葉が冗談なら、顔を引き攣らせるだろう。だが仮に下らぬ冗談ならば、許す気は無かった。
「どうかしら?」
「……ディアナ様!!」
急に、エヴェラウドは私に抱きついた。その反動で、私はベッドに押し倒されてしまったのだった。
彼のはしゃいだ姿を見るのは、しばらくぶりだった。
「ちょっと、重たいわよ!! 自分の体格を考えなさい!!」
「ああ、大変失礼しました」
上から退いて、エヴェラウドは大切そうに私の手を両手で包み込んだ。
「喜んで、お仕え致します」
その声は、微かに震えていた。
折角面倒な女と離れる機会を逃したというのに、彼はこの上無く幸せそうであった。
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