悪役令嬢は下僕の舌上に踊る

3月5日コミカライズ配信♡二階堂まや

文字の大きさ
6 / 11

飼い主の提案に、飼い犬は

しおりを挟む
「彼女、良い人らしいじゃない」

 まるで、長年可愛がった飼い犬の首輪を外すような気分だった。

 隣国の良家令嬢が、夜会で偶然見かけたエヴェラウドを、大層気に入ったらしい。頼もしく器量の良い彼に惚れるのは、想像に難く無い。

 直接会えずとも、彼女は日を置かず何枚も恋文を彼に送り続けた。そして遂に、縁談が持ち上がったのだと少し前に彼に聞いたのだった。

「明日から、貴方は自由よ。……っ、」

 彼女と幸せになって、と言おうとしたが、涙を堪えるのに必死で言えなくなってしまった。

 けれども。エヴェラウドは思わぬ言葉を口にしたのだった。

「その縁談は……お断り申し上げました」

「っ!? はぁ!?」

 瞠目した私を他所に、彼は再び秘所を舐め始めた。先程と全く変わらぬ舌使いは、逆に私を困惑させた。

「っ、折角の縁談を断るだなんて、お相手に申し訳無いと、思わないの……っ、?」

「代わりに私より財力のある男を紹介したら、あっさり承諾してくれましたよ」

「……っ!?」

「一時の感情なんて、所詮その程度のものです」

 珍しく、エヴェラウドは淡々と言ってのけた。それは、平素私に見せない冷たい一面であった。あまりの変わりように、私は彼の顔が怖くて見られなかった。

「……それに。まだ貴女の傍を離れる訳にはいきませんから」

 ちゅ、とわざとらしくリップ音を鳴らして、エヴェラウドは言った。

 それは紛れもなく、飼い犬がじゃれつくような彼のいつもの口ぶりであった。

「……っ、まさか、私へ気を使ってるんじゃないでしょうね?」

「いいえ。私の個人的な願望です」

 まだ一緒に居れるという、安堵感が胸に広がる。けれども私は、まだこの犬の気持ちを理解し切れないでいた。

 そして。絶頂はすぐ近くまできているのに、なかなか登りきれず、もどかしく感じ始めていた。

「私が嫁いだら、貴方はどうする気?」

「先のことは分かりませんが、願わくば……飼い犬という名の首輪は、一生付けておきたく存じます」

 顔を上げて、エヴェラウドは自身の首元をなぞった。私が外したはずの見えない首輪を、目の前の犬は自分でつけ直してしまったようだった。

 首輪を外された飼い犬は、喜び勇んで逃げるものではないのか。

 逃げるどころか、この大きな犬はしっぽを振ってお座りしているだけではないか。

 彼がそこまで束縛を求めるのが、どうしても私には理解できなかった。

「失敬。折角の快楽を、邪魔をしてしまいましたね」

「……ねえ、貴方は私に幸せになって欲しいの?」

「勿論でございます。素敵な方とご結婚されて幸せになる。それが、一番でございますから」

 私を束縛して他の男の元に行かせたくないのかと思ったが、そうではないらしい。あくまで自分は縛られるが、飼い主である私を縛るつもりは毛頭ないようだった。

 ならば、と私はエヴェラウドに問う。

「飼い犬だなんて無責任なこと言ってないで、夫として傍に居れば良いのでなくて?」

 アリーチェに対する嫌がらせを陰ながら実行していたのは、他ならぬ彼であった。自らの評判を下げる危険を負ってまで、この男は手を貸してくれたのだ。

 最も、今まで続いてきた両家の関係をこじらせたくないというのが大きかったのは明白だが。

 そして私は彼に、褒美を与えたいと密かに考えていたのだ。しかしこの犬がどんなプレゼントなら喜ぶのか分からなかった。本人に聞いても、何もいらないとしか言われなかった。

 そこでせめて、束縛からの解放を褒美と考えたのだが、それも断られてしまった。

 むしろこの男は、縛られることを望んでいる。

 だから敢えて、究極の束縛を提案したのだった。

「貴方なら、家族も昔から知ってるし……お父様やお母様も反対はしないはずよ?」

 首輪についた鎖を引くように、私は握った手を引く動作をした。

 先程の言葉が冗談なら、顔を引き攣らせるだろう。だが仮に下らぬ冗談ならば、許す気は無かった。

「どうかしら?」

「……ディアナ様!!」

 急に、エヴェラウドは私に抱きついた。その反動で、私はベッドに押し倒されてしまったのだった。

 彼のはしゃいだ姿を見るのは、しばらくぶりだった。

「ちょっと、重たいわよ!! 自分の体格を考えなさい!!」

「ああ、大変失礼しました」

 上から退いて、エヴェラウドは大切そうに私の手を両手で包み込んだ。

「喜んで、お仕え致します」

 その声は、微かに震えていた。

 折角面倒な女と離れる機会を逃したというのに、彼はこの上無く幸せそうであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

薫る袖の追憶を捨て、月光の君に溺愛される

あとりえむ
恋愛
名門の姫君・茜は、夫の高彬に蔑まれ、寂れた離れで孤独な死を迎えた…… けれど意識が途切れた瞬間、視界を埋め尽くしたのは命を削って輝く緋色の夕映え。 目が覚めると、そこは高彬との婚約が決まったばかりの十五歳の春に戻っていた。 「二度目の人生では、誰のことも愛さず、ただあの方の幸せだけを願おう」 茜は、かつて自身の孤独を救ってくれた「最推し」の東宮・暁を、未来の知識で密かに支えることを決意する。 執着を捨て、元夫に無関心を貫く茜。 一方、高彬は自分に興味を失った茜の価値に気づき、今更遅い後悔に狂い始めるが……。 「見つけた。お前は俺の、運命の番だ」 正体を隠して東宮を支えていたはずが、冷徹な暁に見出され、逃げ場のないほどの執着と溺愛を注がれることに。 平安の雅な風情の中で描かれる、逆転と救済の物語。 最後は、二人が永遠の契りを交わす和歌で幕を閉じます。

この悪役令嬢には悪さは無理です!みんなで保護しましょう!

naturalsoft
恋愛
フレイムハート公爵家令嬢、シオン・クロス・フレイムハートは父に似て目付きが鋭くつり目で、金髪のサラサラヘアーのその見た目は、いかにもプライドの高そうな高飛車な令嬢だが、本当は気が弱く、すぐ涙目でアワアワする令嬢。 そのギャップ萌えでみんなを悶えさせるお話。 シオンの受難は続く。 ちょっと暇潰しに書いたのでサラッと読んで頂ければと思います。 あんまり悪役令嬢は関係ないです。見た目のみ想像して頂けたらと思います。

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

悪役令嬢に相応しいエンディング

無色
恋愛
 月の光のように美しく気高い、公爵令嬢ルナティア=ミューラー。  ある日彼女は卒業パーティーで、王子アイベックに国外追放を告げられる。  さらには平民上がりの令嬢ナージャと婚約を宣言した。  ナージャはルナティアの悪い評判をアイベックに吹聴し、彼女を貶めたのだ。  だが彼らは愚かにも知らなかった。  ルナティアには、ミューラー家には、貴族の令嬢たちしか知らない裏の顔があるということを。  そして、待ち受けるエンディングを。

公爵令嬢のひとりごと

鬼ヶ咲あちたん
ファンタジー
城下町へ視察にいった王太子シメオンは、食堂の看板娘コレットがひたむきに働く姿に目を奪われる。それ以来、事あるごとに婚約者である公爵令嬢ロザリーを貶すようになった。「君はもっとコレットを見習ったほうがいい」そんな日々にうんざりしたロザリーのひとりごと。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

淡泊早漏王子と嫁き遅れ姫

梅乃なごみ
恋愛
小国の姫・リリィは婚約者の王子が超淡泊で早漏であることに悩んでいた。 それは好きでもない自分を義務感から抱いているからだと気付いたリリィは『超強力な精力剤』を王子に飲ませることに。 飲ませることには成功したものの、思っていたより効果がでてしまって……!? ※この作品は『すなもり共通プロット企画』参加作品であり、提供されたプロットで創作した作品です。 ★他サイトからの転載てす★

処理中です...