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リシャルド、企む
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「あのクマのぬいぐるみは、私がクラーラ様に贈ったものなのです」
次の日。キーアスは私とリシャルドを訪ねてラフタシュへとやって来た。そして彼は、これまでの経緯を話し始めたのだった。
「魔力に目覚めてからは警備のこともあるため、クラーラ様には我が宮殿に住んでいただくことになりました。しかしご家族と離れたことに加えて、慣れない奉仕活動で多忙を極めたことにより、彼女は疲弊してしまいました。なので、私からあのぬいぐるみをプレゼントしたのです」
「なるほど」
「しかし……先日の騒動の際、クラーラ様は私と言い合いとなったあと、ぬいぐるみを目の前でゴミ箱に放り込んだのです」
「……え?」
「私はクラーラ様にとても嫌われている自覚があります。だから彼女は、ぬいぐるみを捨てたのでしょう。でも……彼女がぬいぐるみを探しに行ったとお聞きして、かなり困惑しております」
キーアスはそこまで言って、口を閉ざした。彼の表情には、隠しきれない疲労の色が滲んでいたのだった。
「その、キーアス様、つかぬ事をお聞きしますが……」
「はい?」
「クラーラ様にぬいぐるみを贈ってから……何かあったのですか?」
クラーラが元々から彼を嫌っていたならば、ぬいぐるみ自体受け取らないだろう。それに彼女のキーアスへの態度は、単に毛嫌いしているのとは少し違うと感じたのだ。
深く考え込むように、キーアスは俯いた。しかし、しばらくしてから彼は、覚悟を決めたように口を開いたのだった。
「実は……少し前に、クラーラ様との結婚を父上から打診されてお断りしたのですが……それを彼女に聞かれてしまったのです」
それ以降、クラーラは自分に対してあんな態度なのだと、キーアスは言った。
「クラーラ様は聖女という立場である以上、当然ながら相応の矜恃をお持ちでしょう。それを一介の凡人でしかない私が、深く傷つけてしまった」
「そんな……」
「それから巡り巡って、彼女はあんなことをしてお二人にご迷惑をおかけしてしまったのです。……本当に、申し訳ございませんでした」
前髪で顔周りが隠れてしまう程に、キーアスは深く頭を下げた。
たしかに、自分との結婚を断られるのは良い気持ちはしないだろう。そのことにクラーラが怒ってもおかしくはない。
しかし、私はキーアスの言い分に違和感を感じていた。何となくだが、クラーラが彼を怒鳴りつける声は、怒声というより悲痛な叫びに聞こえたのだ。
クラーラは彼を懸想していたのかと、不意に考える。しかし、そうであってもキーアスにその気がなければ、どうにもならないことだ。
そんなことを考えていると、リシャルドが思いもよらぬ一言を口にしたのだった。
「キーアス王太子殿下、私からもひとつお伺いしたいのですが……」
「?」
「殿下がクラーラ様との結婚を辞退されたのは、単に彼女に興味がないからですか? それとも、“辞退するべきだ”とご自分で判断されたからですか?」
リシャルドの問いかけに、キーアスは言葉を詰まらせた。どうやらこの質問は、彼の痛いところを突いてしまったようだった。
「クラーラ様のことは、素晴らしいお方であると尊敬しております。しかし、そうであるが故に、彼女の隣に夫として立つ者は優れた人間でなければならない……と考えたら上で、お断りしました。その気持ちは、今でも変わりません」
興味がないとは即答せず、キーアスは言葉を選ぶように言った。
それを聞いて、私は気づいてしまったのだ。言葉を選ぶというのはクラーラの悪口にならぬよう慎重になっているのではなく、キーアスが自らの気持ちを隠すためにしていることなのだと。
そしてクラーラは、彼女のプライドではなく、気持ちが傷ついてしまって悲しんでいるのではないか。不意にそう思えたのだ。
「私からお話しできることは、以上です……それでは、失礼します」
キーアスが帰ったあと、リシャルドと私はしばらくそのまま無言だった。リシャルドは紅茶を飲んでいたものの、私にそんな余裕はなかった。考えることで、いっぱいいっぱいだったのだ。
「……その、リシャルド様」
「どうしたの?」
「仲を取り持つだなんて、大それたことは言いません。ただ私は……あの二人に、一度はきちんと話し合ってほしいと思ってしまうのです」
「そうだな。あそこが丸く収まってくれたら一番楽だろうね」
「それでも……って、え?」
リシャルドの返答に、私は思わず間抜けな声を上げた。てっきり、他所のことには口出しするなと言われると思ったのだ。
「でもあの二人を引き合わせるのは、なかなか難しいと思うよ?」
「そ、それは……」
「正攻法で無理そうなら、別の方法を使えばいいさ」
「と、言うと?」
私が問いかけると、リシャルドは企んだような笑みを浮かべて言った。
「ティア。少しだけ、芝居を打つことはできるかな?」
+次は18:12に更新予定です。
気持ちがすれ違うキーアスとクラーラ。
二人は過去に何があったのか。
お楽しみに♡
次の日。キーアスは私とリシャルドを訪ねてラフタシュへとやって来た。そして彼は、これまでの経緯を話し始めたのだった。
「魔力に目覚めてからは警備のこともあるため、クラーラ様には我が宮殿に住んでいただくことになりました。しかしご家族と離れたことに加えて、慣れない奉仕活動で多忙を極めたことにより、彼女は疲弊してしまいました。なので、私からあのぬいぐるみをプレゼントしたのです」
「なるほど」
「しかし……先日の騒動の際、クラーラ様は私と言い合いとなったあと、ぬいぐるみを目の前でゴミ箱に放り込んだのです」
「……え?」
「私はクラーラ様にとても嫌われている自覚があります。だから彼女は、ぬいぐるみを捨てたのでしょう。でも……彼女がぬいぐるみを探しに行ったとお聞きして、かなり困惑しております」
キーアスはそこまで言って、口を閉ざした。彼の表情には、隠しきれない疲労の色が滲んでいたのだった。
「その、キーアス様、つかぬ事をお聞きしますが……」
「はい?」
「クラーラ様にぬいぐるみを贈ってから……何かあったのですか?」
クラーラが元々から彼を嫌っていたならば、ぬいぐるみ自体受け取らないだろう。それに彼女のキーアスへの態度は、単に毛嫌いしているのとは少し違うと感じたのだ。
深く考え込むように、キーアスは俯いた。しかし、しばらくしてから彼は、覚悟を決めたように口を開いたのだった。
「実は……少し前に、クラーラ様との結婚を父上から打診されてお断りしたのですが……それを彼女に聞かれてしまったのです」
それ以降、クラーラは自分に対してあんな態度なのだと、キーアスは言った。
「クラーラ様は聖女という立場である以上、当然ながら相応の矜恃をお持ちでしょう。それを一介の凡人でしかない私が、深く傷つけてしまった」
「そんな……」
「それから巡り巡って、彼女はあんなことをしてお二人にご迷惑をおかけしてしまったのです。……本当に、申し訳ございませんでした」
前髪で顔周りが隠れてしまう程に、キーアスは深く頭を下げた。
たしかに、自分との結婚を断られるのは良い気持ちはしないだろう。そのことにクラーラが怒ってもおかしくはない。
しかし、私はキーアスの言い分に違和感を感じていた。何となくだが、クラーラが彼を怒鳴りつける声は、怒声というより悲痛な叫びに聞こえたのだ。
クラーラは彼を懸想していたのかと、不意に考える。しかし、そうであってもキーアスにその気がなければ、どうにもならないことだ。
そんなことを考えていると、リシャルドが思いもよらぬ一言を口にしたのだった。
「キーアス王太子殿下、私からもひとつお伺いしたいのですが……」
「?」
「殿下がクラーラ様との結婚を辞退されたのは、単に彼女に興味がないからですか? それとも、“辞退するべきだ”とご自分で判断されたからですか?」
リシャルドの問いかけに、キーアスは言葉を詰まらせた。どうやらこの質問は、彼の痛いところを突いてしまったようだった。
「クラーラ様のことは、素晴らしいお方であると尊敬しております。しかし、そうであるが故に、彼女の隣に夫として立つ者は優れた人間でなければならない……と考えたら上で、お断りしました。その気持ちは、今でも変わりません」
興味がないとは即答せず、キーアスは言葉を選ぶように言った。
それを聞いて、私は気づいてしまったのだ。言葉を選ぶというのはクラーラの悪口にならぬよう慎重になっているのではなく、キーアスが自らの気持ちを隠すためにしていることなのだと。
そしてクラーラは、彼女のプライドではなく、気持ちが傷ついてしまって悲しんでいるのではないか。不意にそう思えたのだ。
「私からお話しできることは、以上です……それでは、失礼します」
キーアスが帰ったあと、リシャルドと私はしばらくそのまま無言だった。リシャルドは紅茶を飲んでいたものの、私にそんな余裕はなかった。考えることで、いっぱいいっぱいだったのだ。
「……その、リシャルド様」
「どうしたの?」
「仲を取り持つだなんて、大それたことは言いません。ただ私は……あの二人に、一度はきちんと話し合ってほしいと思ってしまうのです」
「そうだな。あそこが丸く収まってくれたら一番楽だろうね」
「それでも……って、え?」
リシャルドの返答に、私は思わず間抜けな声を上げた。てっきり、他所のことには口出しするなと言われると思ったのだ。
「でもあの二人を引き合わせるのは、なかなか難しいと思うよ?」
「そ、それは……」
「正攻法で無理そうなら、別の方法を使えばいいさ」
「と、言うと?」
私が問いかけると、リシャルドは企んだような笑みを浮かべて言った。
「ティア。少しだけ、芝居を打つことはできるかな?」
+次は18:12に更新予定です。
気持ちがすれ違うキーアスとクラーラ。
二人は過去に何があったのか。
お楽しみに♡
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