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二羽のカワセミ
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「ユスティア妃殿下にご紹介いただいた絵の具、とっても発色が良くて感激ですわ!」
「あら、それは何よりですわ」
「妃殿下、実は最近私も絵を描き始めたのですが……なかなか上手くいかなくて」
参加した夜会で、私は女性客たちと歓談をしていた。
会場入りするや否やたくさんのお客に話しかけられたため、リシャルドとは一旦離れている。近頃は、社交の場でこんな風に夫婦別々に過ごすことも多々あることであった。
美術展のあと、私は再び絵を描き始めた。ノエミーに勝ちたいとはもう思っていなかったものの、自然と創作意欲が湧いてきたからだ。
それはきっと、リシャルドが過去の呪縛から解放してくれたからだろう。大切な人の一番になれたという安心感は、私にとってそれほどに大きなものだったのだ。
「妃殿下、お勧めの画材店があればぜひ教えていただきたくて。それと、風景画の構図で少しご相談が……」
「ちょっと貴女、いっぺんに話しすぎよ。少し落ち着きなさいな」
「だ、だって……妃殿下とお話しする機会なんてなかなかないんですもの!」
「ふふっ、そんなに焦らなくて大丈夫よ。今日で話し足りなかったら、お茶会を開催する時にご招待しますわ」
「えええっ、よろしいのですか!?」
「あ、抜け駆けしてずるいじゃない、私も参加したいわ!」
「……貴女たち、はしたないわよ」
「人数が多い方が楽しいですから、今度みんなでお茶会でもしましょうか」
美術展をきっかけに、私に話しかけてくれる人は格段に増えた。絵を描くことが趣味の令嬢や、私の作品を気に入ってくれたご夫人……理由は様々だが、和気あいあいとみんなで楽しく過ごしている。
「お茶会ってことは……もしかして、妃殿下のアイシングクッキーが……?」
「こら、これ妃殿下を困らせないの!」
「もちろん、ご要望があれば、作ってきますわ」
「わあ、嬉しいです……!」
絵を再開してからも、私はお菓子作りを辞めた訳ではない。
モニカやメイベル、そしてクラーラにアイシングクッキーの作り方を教えたため、私の趣味がお菓子作りであることも世間に広まっていた。お茶会で可愛らしいお菓子を振る舞うと、客人は私の期待以上に喜んでくれるのだった。
「大人気じゃないか、ティア」
「リシャルド様」
歓談に一区切りついたところで、リシャルドがやって来た。私は令嬢たちに挨拶してから、彼と手を組んで歩き出す。
「歓談の邪魔をしてしまったかな?」
「いえ、ちょうどひと段落したところでしたので」
「そっか、なら良かった。……君が楽しそうに過ごしてるのを見てるのもいいけど、やっぱり夫として隣を歩きたくなってしまうから、困ったものだよ」
「あら、それはどうしてですか?」
「せっかく美しく着飾った妻を、見せつけたいと思わない男がいると思うかい?」
そう言って、リシャルドは微笑んだ。
今宵の私は、翡翠色のドレスを着ていた。落ち着いた色合いがあるものの生地に透け感があり、差し色としてオレンジ色が散りばめられているため、華やかな一着だ。
歩くたびに、オレンジ色の裾飾りや胸元のネックレスが揺れる。きっと少し前の自分ならば、恥ずかしさのあまり終始俯いていただろう。
しかし、今の私が俯くことはない。
背筋を伸ばして堂々としていなければ、せっかくのドレスが台無しになってしまうからだ。
「そう言っていただけて、光栄ですわ」
謙遜することなくそう返すと、リシャルドは一層嬉しそうな表情となった。
私と同じく、リシャルドもまた翡翠色にオレンジ色を効かせた夜会服を着ていた。そして彼の片耳には、私のネックレスと同じ宝石ーーーファイアオパールの耳飾りが煌めいている。
「もしかして、あのお二人の服装……カワセミをイメージにしてらっしゃる?」
どこからか、そんな声が聞こえてきた。その予想は、ずばり大正解である。
「さすがに、気づかれてしまいましたね」
「ふふ、それもいいじゃないか」
そんなことを話していると、夜会の主催者がパンパンと手を叩いた。どうやら、今回はここでお開きのようだ。
「……帰ったら、たくさん話したいな。二人きりで」
客たちが玉座に目を向けたタイミングで、リシャルドはそう耳元で囁いてきた。離れていた時間が長かったこともあり、寂しかったのかもしれない。きっと今夜は、彼から離れられなくなってしまうのだろう。
しかし、逃げる気は毛頭なかった。リシャルドに愛され、愛すること……愛を確かめ合うことに、愉しさを感じていたからだ。
美貌の王子とは不釣り合いだ。
彼に愛されているだなんて、思い上がりも甚だしい。
もしかしたら、そんな陰口を叩く者も世の中には居るかもしれない。今宵の私の服装を、快く思わない人もいたことだろう。しかし誰に何と言われようと、リシャルドの隣を譲る気はなかった。
釣り合わないならば、相応の努力をする。その覚悟はできていたからだ。
「はい、喜んで」
美しく羽ばたく二羽のカワセミを思い描きながら、私はリシャルドに笑い返した。
終わり。
+
「聖女の狙いは私の旦那様!?~」を最後までお読みいただきまして、ありがとうございます。一途(腹黒)執着系の美形ヒーロー、いかがでしたでしょうか?
これまでもアルファポリスで投稿してましたが、本作は過去一の伸び具合でビビり倒しております。リシャルド、モッテモテェ……!
また次回作でもお会いできましたら嬉しいです。
それではお付き合いいただき、ありがとうございました♡
「あら、それは何よりですわ」
「妃殿下、実は最近私も絵を描き始めたのですが……なかなか上手くいかなくて」
参加した夜会で、私は女性客たちと歓談をしていた。
会場入りするや否やたくさんのお客に話しかけられたため、リシャルドとは一旦離れている。近頃は、社交の場でこんな風に夫婦別々に過ごすことも多々あることであった。
美術展のあと、私は再び絵を描き始めた。ノエミーに勝ちたいとはもう思っていなかったものの、自然と創作意欲が湧いてきたからだ。
それはきっと、リシャルドが過去の呪縛から解放してくれたからだろう。大切な人の一番になれたという安心感は、私にとってそれほどに大きなものだったのだ。
「妃殿下、お勧めの画材店があればぜひ教えていただきたくて。それと、風景画の構図で少しご相談が……」
「ちょっと貴女、いっぺんに話しすぎよ。少し落ち着きなさいな」
「だ、だって……妃殿下とお話しする機会なんてなかなかないんですもの!」
「ふふっ、そんなに焦らなくて大丈夫よ。今日で話し足りなかったら、お茶会を開催する時にご招待しますわ」
「えええっ、よろしいのですか!?」
「あ、抜け駆けしてずるいじゃない、私も参加したいわ!」
「……貴女たち、はしたないわよ」
「人数が多い方が楽しいですから、今度みんなでお茶会でもしましょうか」
美術展をきっかけに、私に話しかけてくれる人は格段に増えた。絵を描くことが趣味の令嬢や、私の作品を気に入ってくれたご夫人……理由は様々だが、和気あいあいとみんなで楽しく過ごしている。
「お茶会ってことは……もしかして、妃殿下のアイシングクッキーが……?」
「こら、これ妃殿下を困らせないの!」
「もちろん、ご要望があれば、作ってきますわ」
「わあ、嬉しいです……!」
絵を再開してからも、私はお菓子作りを辞めた訳ではない。
モニカやメイベル、そしてクラーラにアイシングクッキーの作り方を教えたため、私の趣味がお菓子作りであることも世間に広まっていた。お茶会で可愛らしいお菓子を振る舞うと、客人は私の期待以上に喜んでくれるのだった。
「大人気じゃないか、ティア」
「リシャルド様」
歓談に一区切りついたところで、リシャルドがやって来た。私は令嬢たちに挨拶してから、彼と手を組んで歩き出す。
「歓談の邪魔をしてしまったかな?」
「いえ、ちょうどひと段落したところでしたので」
「そっか、なら良かった。……君が楽しそうに過ごしてるのを見てるのもいいけど、やっぱり夫として隣を歩きたくなってしまうから、困ったものだよ」
「あら、それはどうしてですか?」
「せっかく美しく着飾った妻を、見せつけたいと思わない男がいると思うかい?」
そう言って、リシャルドは微笑んだ。
今宵の私は、翡翠色のドレスを着ていた。落ち着いた色合いがあるものの生地に透け感があり、差し色としてオレンジ色が散りばめられているため、華やかな一着だ。
歩くたびに、オレンジ色の裾飾りや胸元のネックレスが揺れる。きっと少し前の自分ならば、恥ずかしさのあまり終始俯いていただろう。
しかし、今の私が俯くことはない。
背筋を伸ばして堂々としていなければ、せっかくのドレスが台無しになってしまうからだ。
「そう言っていただけて、光栄ですわ」
謙遜することなくそう返すと、リシャルドは一層嬉しそうな表情となった。
私と同じく、リシャルドもまた翡翠色にオレンジ色を効かせた夜会服を着ていた。そして彼の片耳には、私のネックレスと同じ宝石ーーーファイアオパールの耳飾りが煌めいている。
「もしかして、あのお二人の服装……カワセミをイメージにしてらっしゃる?」
どこからか、そんな声が聞こえてきた。その予想は、ずばり大正解である。
「さすがに、気づかれてしまいましたね」
「ふふ、それもいいじゃないか」
そんなことを話していると、夜会の主催者がパンパンと手を叩いた。どうやら、今回はここでお開きのようだ。
「……帰ったら、たくさん話したいな。二人きりで」
客たちが玉座に目を向けたタイミングで、リシャルドはそう耳元で囁いてきた。離れていた時間が長かったこともあり、寂しかったのかもしれない。きっと今夜は、彼から離れられなくなってしまうのだろう。
しかし、逃げる気は毛頭なかった。リシャルドに愛され、愛すること……愛を確かめ合うことに、愉しさを感じていたからだ。
美貌の王子とは不釣り合いだ。
彼に愛されているだなんて、思い上がりも甚だしい。
もしかしたら、そんな陰口を叩く者も世の中には居るかもしれない。今宵の私の服装を、快く思わない人もいたことだろう。しかし誰に何と言われようと、リシャルドの隣を譲る気はなかった。
釣り合わないならば、相応の努力をする。その覚悟はできていたからだ。
「はい、喜んで」
美しく羽ばたく二羽のカワセミを思い描きながら、私はリシャルドに笑い返した。
終わり。
+
「聖女の狙いは私の旦那様!?~」を最後までお読みいただきまして、ありがとうございます。一途(腹黒)執着系の美形ヒーロー、いかがでしたでしょうか?
これまでもアルファポリスで投稿してましたが、本作は過去一の伸び具合でビビり倒しております。リシャルド、モッテモテェ……!
また次回作でもお会いできましたら嬉しいです。
それではお付き合いいただき、ありがとうございました♡
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