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第2話【幕間】狂いだす歯車
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ジャックが緋色の牙《スカーレット・ファング》から追い出されてからの一ヵ月――この間に大きな変化が起きていた。
最初の一週間くらいは特に業務への支障はなかったのだが、日が経つにつれて徐々に状況は悪化していく。
最初は何でもない作戦の失敗から始まった。
とはいえ、さすがの緋色の牙《スカーレット・ファング》でもたまには失敗する。それでも高い作戦成功率を誇っていたため、正規の騎士団や魔法兵団と同等クラスの扱いを受け続けていた。
しかし、そこから連戦連敗となったことで風向きが変わり始める。
これまでなら簡単にこなせた作戦さえ満足に遂行できなくなるという異常事態が起き始めていた。
緋色の牙《スカーレット・ファング》に何が起きているのか、アロンはその全容を知るために戦闘部門のリーダーを務めるレグロスを執務室へと呼びだした。
「レグロス、呼ばれた理由は分かるな?」
「はっ、ここ最近の戦果について……ですね?」
「その通りだ。なぜこうも失敗続きになる? まさか組織内にスパイでもいて、我々の情報を敵に売り渡しているとかじゃないだろうな?」
「あり得ません。ここのところ失敗が続いている理由は別にあります」
「ほぉ……そこまで言うなら原因は判明しているんだろうな?」
「え、えぇ」
アロンからの追及に対し、歯切れの悪いレグロス。
それは緋色の牙《スカーレット・ファング》が不調に陥っている原因と大きく関係していたからだ。
「結果が振るわなかった原因は……支給されている武器にあります」
「なんだと?」
ピクッとアロンの眉が動く。
「つまり工房の職人たちがだらしない仕事をしているから負けが続いていると、おまえはそう言いたいのか?」
「そ、そのようなことはありません。ただ……付与効果を得られなくなったため、活動に大きな制限ができています」
「何っ?」
付与効果。
アロンはこの言葉に聞き覚えがあった。
それはついこの前、自身が組織改革のために追いだしたジャックの持っているスキル。追いだしたあとは商会の職員に代わりとなる付与効果スキル持ちを捜せと命じてきたが、どうやらまだ目途が立っていないらしい。
何を隠そう、緋色の牙《スカーレット・ファング》の快進撃を支えていたのはジャックの付与効果によって強力な武器を惜しみなく使用できるという環境だった。
攻撃面においても防御面にもおいても素晴らしい効果を発揮するため、傭兵たちもそれぞれが本来持つ実力以上の結果を出してきたのだ。
それがなくなった今、緋色の牙《スカーレット・ファング》は大幅な戦力ダウンを余儀なくされていた。ジャックの追放はアロンの独断で行われたこともあり、裏で幹部からは「なぜ貴重な戦力である付与効果スキル持ちを手放したのか」と不信感を抱かれているのだ。
さらに、問題点はそれだけではない。
「付与効果を持った武器や防具の正確な解説と作戦への影響力をはじめとした戦術プランの組み立ても、彼の助言をベースに行われていましたので……」
「はあ? あいつはただの職人だろう? そういうのは戦闘部門であるおまえらが責任をもってやれ」
だが、それは難しいだろう。
ジャックがどの付与効果をつけるのかは行き当たりばったりではなく、作戦の概要をしっかり把握したうえで決めていく。そこからどのようにして作戦を遂行していくのかを戦闘部門の上層部と話し合って整えていくのだ。
だが、自分の思い通りにしか商会を運営しないアロンにはそれが理解できなかった。
「付与効果職人にしろ、戦術指南役にしろ、さっさと手配して次に備えろ! 使えないヤツらだな!」
「お、お言葉ですが、付与効果は非常にレアなスキルなので、そう簡単には代役は見つからないかと……」
「あ? 付与効果がレアスキル?」
「ご、ご存じなかったのですか……?」
信じられないといった表情でアロンを見つめるレグロス。それをバカにされていると感じたアロンは椅子から立ち上がり、怒りに任せて壁を蹴りながら怒鳴り散らす。
「さっきから何なんだ……おまえ! 俺をバカにしているのか!」
「と、とんでもない!」
「付与効果スキル持ちはすぐに見つけだす! それまでおまえたちは死ぬ気で戦い抜け!」
先代は悪徳商人ではあるが経験と知識が豊富だったため、ジャックの貴重性に目を付けており、絶対に逃がしはしなかっただろう。実は父親の遺品の中には彼にまつわる資料もあったのだが、生来の怠け者であるアロンはそれを怠り、その結果、目先の結果でしか判断ができない無能となっていたのだ。
レグロスはなんとかジャックをもう一度商会へ戻せないかとアロンに進言したが、プライドの高い彼は自らの過ちを頑として認めず、聞き入れてもらえなかった。
結局、アロンが一方的に捲し立てたあとで「出ていけ!」と一喝。
これ以上の話し合いは無駄だろうと判断したレグロスはそれに従って執務室をあとにした。
「ちっ! 無能な二世の分際で余計な手出しをするからこうなるんだよ……」
レグロスは吐き捨てるように呟き、次の作戦の準備に取りかかる。
こうして、緋色の牙《スカーレット・ファング》は少しずつ内部から崩壊を始めていったのだった。
最初の一週間くらいは特に業務への支障はなかったのだが、日が経つにつれて徐々に状況は悪化していく。
最初は何でもない作戦の失敗から始まった。
とはいえ、さすがの緋色の牙《スカーレット・ファング》でもたまには失敗する。それでも高い作戦成功率を誇っていたため、正規の騎士団や魔法兵団と同等クラスの扱いを受け続けていた。
しかし、そこから連戦連敗となったことで風向きが変わり始める。
これまでなら簡単にこなせた作戦さえ満足に遂行できなくなるという異常事態が起き始めていた。
緋色の牙《スカーレット・ファング》に何が起きているのか、アロンはその全容を知るために戦闘部門のリーダーを務めるレグロスを執務室へと呼びだした。
「レグロス、呼ばれた理由は分かるな?」
「はっ、ここ最近の戦果について……ですね?」
「その通りだ。なぜこうも失敗続きになる? まさか組織内にスパイでもいて、我々の情報を敵に売り渡しているとかじゃないだろうな?」
「あり得ません。ここのところ失敗が続いている理由は別にあります」
「ほぉ……そこまで言うなら原因は判明しているんだろうな?」
「え、えぇ」
アロンからの追及に対し、歯切れの悪いレグロス。
それは緋色の牙《スカーレット・ファング》が不調に陥っている原因と大きく関係していたからだ。
「結果が振るわなかった原因は……支給されている武器にあります」
「なんだと?」
ピクッとアロンの眉が動く。
「つまり工房の職人たちがだらしない仕事をしているから負けが続いていると、おまえはそう言いたいのか?」
「そ、そのようなことはありません。ただ……付与効果を得られなくなったため、活動に大きな制限ができています」
「何っ?」
付与効果。
アロンはこの言葉に聞き覚えがあった。
それはついこの前、自身が組織改革のために追いだしたジャックの持っているスキル。追いだしたあとは商会の職員に代わりとなる付与効果スキル持ちを捜せと命じてきたが、どうやらまだ目途が立っていないらしい。
何を隠そう、緋色の牙《スカーレット・ファング》の快進撃を支えていたのはジャックの付与効果によって強力な武器を惜しみなく使用できるという環境だった。
攻撃面においても防御面にもおいても素晴らしい効果を発揮するため、傭兵たちもそれぞれが本来持つ実力以上の結果を出してきたのだ。
それがなくなった今、緋色の牙《スカーレット・ファング》は大幅な戦力ダウンを余儀なくされていた。ジャックの追放はアロンの独断で行われたこともあり、裏で幹部からは「なぜ貴重な戦力である付与効果スキル持ちを手放したのか」と不信感を抱かれているのだ。
さらに、問題点はそれだけではない。
「付与効果を持った武器や防具の正確な解説と作戦への影響力をはじめとした戦術プランの組み立ても、彼の助言をベースに行われていましたので……」
「はあ? あいつはただの職人だろう? そういうのは戦闘部門であるおまえらが責任をもってやれ」
だが、それは難しいだろう。
ジャックがどの付与効果をつけるのかは行き当たりばったりではなく、作戦の概要をしっかり把握したうえで決めていく。そこからどのようにして作戦を遂行していくのかを戦闘部門の上層部と話し合って整えていくのだ。
だが、自分の思い通りにしか商会を運営しないアロンにはそれが理解できなかった。
「付与効果職人にしろ、戦術指南役にしろ、さっさと手配して次に備えろ! 使えないヤツらだな!」
「お、お言葉ですが、付与効果は非常にレアなスキルなので、そう簡単には代役は見つからないかと……」
「あ? 付与効果がレアスキル?」
「ご、ご存じなかったのですか……?」
信じられないといった表情でアロンを見つめるレグロス。それをバカにされていると感じたアロンは椅子から立ち上がり、怒りに任せて壁を蹴りながら怒鳴り散らす。
「さっきから何なんだ……おまえ! 俺をバカにしているのか!」
「と、とんでもない!」
「付与効果スキル持ちはすぐに見つけだす! それまでおまえたちは死ぬ気で戦い抜け!」
先代は悪徳商人ではあるが経験と知識が豊富だったため、ジャックの貴重性に目を付けており、絶対に逃がしはしなかっただろう。実は父親の遺品の中には彼にまつわる資料もあったのだが、生来の怠け者であるアロンはそれを怠り、その結果、目先の結果でしか判断ができない無能となっていたのだ。
レグロスはなんとかジャックをもう一度商会へ戻せないかとアロンに進言したが、プライドの高い彼は自らの過ちを頑として認めず、聞き入れてもらえなかった。
結局、アロンが一方的に捲し立てたあとで「出ていけ!」と一喝。
これ以上の話し合いは無駄だろうと判断したレグロスはそれに従って執務室をあとにした。
「ちっ! 無能な二世の分際で余計な手出しをするからこうなるんだよ……」
レグロスは吐き捨てるように呟き、次の作戦の準備に取りかかる。
こうして、緋色の牙《スカーレット・ファング》は少しずつ内部から崩壊を始めていったのだった。
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