悪徳商人の無自覚英雄譚 ~悪行を善行と勘違いされる大商会の御曹司、気づけば世界を救う?~

鈴木竜一

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第1話 二度目の人生は悪役らしく

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 俺の叫びは誰にも届かない。
 どれだけ必死に訴えようが信じてもらえない。
 生まれた時からずっとこんな人生だったな。


 昼下がりのオフィス。
 突然押しかけてきた数人の警察官はカップラーメンで空腹を満たしている俺のデスク前に立つと黄門様の印籠がごとく一枚の紙を突きつけてきた。

「心当たりは……あるよね?」

 厳つい角刈りの刑事が眉間にシワを寄せながら尋ねてくる。
 何のことなのか一切分からずに困惑し続ける俺を尻目に、彼らは俺をデスクから引き離すとノートパソコンやらタブレットやらを押収していく。

「ちょ、ちょっと! 何やってんだ!」
「往生際が悪いよぉ、君。横領の証拠を隠蔽されちゃ困るからこうして押収しているんじゃないか」
「お、横領? なんの話だよ!」

 パニックに陥る俺の前に、ひとりの人物がやってくる。
 
「ぶ、部長……」
「残念だよ。まさか君が横領の犯人だったなんて」

 今にも泣き出しそうな顔でそう語る部長。
 そこで俺はようやく自分の置かれた状況を理解した。

「違います! 俺はやっていません! ていうか、横領って一体何なんです!」
「ここ最近になって会社の金が不正に持ち出されていることが発覚したんだ。それで社内調査をしてみたら君のノートパソコンからいろいろと操作されているようでね」
「そんな……何かの間違いですよ!」
「そういう話は署で私たちが聞くから」

 ガチャン、という音とともに俺の両手には何やら冷たい感覚が。
 見ると、刑事ドラマで見るような手錠がかけられていた。

 そのまま複数人の警察に会社の外へと連れていかれる。
 俺は何度も無実を訴えたが、誰も耳を傾けてはくれない。
 
 その時、ひとりの男の顔が視界に飛び込んでくる。
 周りの同僚たちが困惑した表情を浮かべる中、たったひとりだけニヤニヤと下卑た笑みを浮かべているそいつは……確か、数ヵ月前に投資で大きな損失を出し、項垂れていた。

 まさか。

 そんな考えがよぎった直後、俺は警察官を振り払ってヤツのもとへ駆け出す。

 あんな適当に生きているだけの悪党が笑って、真面目に生きてきた俺がバカを見るなんてあっちゃいけない。

 だが、俺の決意はすぐに周りの刑事たちに止められ、揉み合いとなっているうちに道路へと踏み入れてしまった。

「えっ――」

 そのまま俺は突っ込んできたトラックに跳ね飛ばされてしまう。

 何なんだよ、このクソみたいな人生は。
 もしやり直せるのなら、こんな生き方はやめる。

 カッコつけて善人ぶるより、悪党のごとく本能のままに生きる。

 死ぬ直前になってこんな決意をしたって無意味だとは思いつつ、心にそう強く刻んだ直後に俺は意識を失った。


 …………
 ………………
 …………………


 ――ここはどこだ?

 俺はあれからどうなった?

「見てください、あなた。レークが目を覚ましましたよ」
「ふっ、いい面構えをしている」
「きっとあなたのように世界をまたにかける大商人となりますわ」
「そうなるように鍛えるさ」

 頭上で声がする。
 気がつくと、ふたりの男女が俺を見下ろしていた。

 えっ?
 何だ、この状況は?

 トラックにはねられた後、俺はどうなったんだ?

 状況確認をしようとまずは声を出してみようとする――が、

「だっ! あっ!」

 ダメだ。
 まったく言葉にならない。

 というか……なんだ、この短い手足は。

「可愛いレーク……いずれあなたはこの世界を牛耳る存在となるのよ」

 なんかヤバめの発言をしているこの女性は――俺の母親。
 
 ……そんなはずはない。

 俺の母親は物心つく前に事故で死んだ日本人だ。
 茶髪で青い瞳の外国人ではない。

 でも、不思議と俺はこの人を母親だと認識している。
 そして、横に立つ髭面の中年男性は父親だ。

 つまり俺は……生まれ変わった?
 それも今まではまったく違う世界に?

 いわゆる異世界転生ってヤツか。

 ――これはチャンスだ。

 部屋にある高そうな調度品の数々を見る限り、かなり裕福な家庭だと思われる。
 おまけにさっきの母親のセリフ……世界を牛耳る存在、か。

 少なくとも、それに挑戦できる権利はありそうだな。

 必ずなってみせる。
 もう前世のような惨めな生活は御免だ。

 どこか歪んで見える両親の笑顔のもと、俺は新たな人生設計を練り始めるのだった。
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