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79話・鎧からの解放
どうやら僕は三日間ほど眠っていたらしい。
傷自体は大したことないけど、血を流し過ぎて危険な状態だったんだって。一歩間違えば命を落としていたかもしれないとお医者さんから言われ、今ごろになって怖くなった。
僕が目を覚さない間、ゼルドさんは僕のそばから離れなかった。身体を拭いたり着替えさせたりもしてくれたと聞いてかなり驚いた。ゼルドさんにそこまで世話を焼かれていたのかと思うと恥ずかしい。
ダールは若い冒険者を引き連れ、ダンジョンまで薬草採集しに行った。僕の治療に使うため、色んな種類の薬草をかき集めてくれたのだ。あと、森でたくさん獣を狩っていた。僕が元気になったら食べさせたい、と。現在オクトの町には塩漬け肉や燻製が溢れているらしい。ちょっと楽しみ。
宿屋の女将さんは僕が目覚めたと報せを受けた瞬間、すぐギルドまで顔を見に来てくれた。現場でいち早く応急処置を施した女将さんのおかげで僕は命を取り留めたのだ。ゼルドさんと二人でお礼を言うと「当たり前のことをしたまでだよ」と太陽のような笑顔を見せた。
メーゲンさんたちは仕事の合間に時間があれば何度も顔を見に来る。パン屋のおばさんや雑貨屋の奥さんもお見舞いに来てくれた。ダールが薬草採集の知識を叩き込んだ若い冒険者の二人もちょくちょく顔を見せるようになった。
たくさんの人に心配かけて申し訳なく思うのと同じくらい嬉しくて、早く元気にならなければ、と心に誓った。
ゼルドさんの鎧も無事外すことができた。
客室のベッドで上体を起こし、僕は両手で『対となる剣』を掲げた。ゼルドさんの鎧の胸元に押し当てると剣と鎧の表面に刻まれた十字の紋様が光り、次の瞬間留め具が全て外れた。床に落ちた鎧の部品を見下ろし、ゼルドさんは不思議そうに首を傾げている。
「……どういう仕掛けなんでしょう」
「失われた技術は理解できんな」
見た目は普通の金属鎧なのに、一体どこに何の仕掛けが施されているのか結局明らかにはならなかった。
「やっと脱げましたね」
「ああ。君のおかげだ」
視線を合わせ、笑い合う。
ゼルドさんが鎧を身に付けていない姿を見るのは本当に久しぶりで、なんだか違和感を覚えてしまう。出会ってからのほとんどを鎧姿で過ごしていたのだから、そう感じてしまうのは仕方がない。
「着替えもお風呂も、これで楽になりますね」
「君に手伝ってもらえなくなるのは寂しいが」
「今までだって『偉大なる神の手』があればお風呂は一人で入れたんですよ?」
「だが、君と二人が良かったんだ」
「もう!」
笑いながら、僕の目の端から涙がこぼれた。
「ほんとに、よかった」
僕が油断したせいで元々の鎧が壊れ、脱げない鎧を装備してからどれだけの月日が流れたことか。ゼルドさんは気にしていないと言ってくれたけれど、相当な不便を強いてしまったのは確か。
「僕はしばらくお手伝いできないし、ちょうど良かったです」
脇腹の傷が塞がるまで、僕はお風呂には入れない。今は自分のことすら満足にできない状態だ。
「ならば、今度は私が君の世話をする番だ」
「だっ大丈夫ですから!痛みがない範囲なら動いていいってお医者さんも言ってくれましたし」
寝てばかりでは身体が鈍ってしまう。ベッドから降りたりトイレに行くのも、時間はかかるけど自分でできる。
でも、ゼルドさんは全てに手を貸そうとする。心身ともに甘やかされたら支援役に復帰できなくなりそう。
「ゼルドのオッサンは人の世話より自分の世話をしろよ」
突然冷め切った声が客室内に響き、僕とゼルドさんはビクッと肩を揺らして入口のほうを見た。
「ダ、ダール!いたの!?」
「いちおー入る前に声かけたんだけど?」
鎧が外せたことが嬉しくて全然気付かなかった。放置されて面白くなかったのか、ダールは不貞腐れている。
「で。さっきの話だけど、ゼルドのオッサン風呂入ってこいよ。ライルのそばにはオレがついてるからさ」
「しかし」
「いいからさっさとサッパリしてこい!」
ダールに無理やり押し切られ、ゼルドさんは渋々客室に備え付けられている浴室へと向かった。
僕のそばから離れたがらず、洗面所に行くわずかな時間すらも惜しむ姿を見兼ねたダールが付き添いを交代してくれたのだ。今なら鎧もないから一人で身体を洗うこともできる。
「さて、と」
ゼルドさんがお風呂に入ったのを確認してから、ダールはベッドの端にドカッと腰を下ろした。
「ハラの傷、どう?」
「動くと少し痛いけど、寝ていれば平気」
「そっか」
そこで言葉が途切れた。
誰が相手でも臆さずものを言うダールにしては珍しく言葉を詰まらせている。そういえば、一番早く駆けつけてくれたのはダールだとゼルドさんが言っていた。あの現場を見られてしまったのかと思うと僕も気まずい。
「あのさ」
しばらく沈黙した後、ダールが口を開いた。
「十年ぶりに会ったたばっかなのに、おまえが死んじまうんじゃねーかと思って怖かった」
今回の事件は再会の翌日に起きた。まさかこんなことになるとはお互い思いもしなかった。
「オレ、怒ってヘルツを責めるばっかでさ。ゼルドのオッサンは冷静に医者の手配してたのに」
ヘルツさんの名前が出て、唇を噛む。
打ち合わせ通りにタバクさんの自白が取れた時点で踏み込んでくれていたら、僕は自分を刺すこともなかった。何か事情があったんだろうけど、ヘルツさんの話を誰もしないから何となく聞けずにいた。特に、ゼルドさんはあの時の話を一切しないから。
「あの、ヘルツさんは……?」
僕が尋ねると、ダールは眉間にシワを寄せた。
「あいつはフォルクスの部屋で軟禁中。自由行動は禁止されてる」
「どうして?」
「おまえが襲われてるって知りながら助けに入らなかったからだよ」
その返答に少なからずショックを受け、同時に納得する。理由はなんとなく察した。僕の存在が邪魔だったんだろう。
「……そっかぁ」
笑顔で協力を求めながら、裏では僕を排除しようとしていたのか。全然気付かなかった。疑うことなく話に乗り、まんまとタバクさんと二人きりになった僕を見て、ヘルツさんは笑っていたのかもしれない。
「オレがあいつを信用してたせいだ。悪いヤツじゃねーって思ってた。ライルがオレの大事な友だちだって知ってるクセに酷い真似しやがって許せねえ」
ダールは憤りを隠さずぶちまける。
王都からオクトまでの移動中それなりに交流して親しくなっていたこともあり、余計にヘルツさんに対する怒りが治らないのだろう。
「もうあんな真似はさせねーから安心しろよ」
「うん。ありがとうダール」
僕は怒りより悲しさのほうが勝っていた。
ヘルツさんに良く思われていなかった。祝福してもらえるなんて期待してはいなかったけど、邪魔な存在だと判断されたことがただただ悲しい。
「それより、ゼルドのオッサン本気でライルのこと好きなんだな。おまえのそばから全然離れねーんだもん」
先ほどまでの険しい顔から一転、ダールは笑顔でゼルドさんについて話し始めた。僕が沈んだ表情をしていたから気を使ってくれたのだろう。
「オレやギルドの人が代わるって言っても聞かなかった。ここから一歩も動かなかったよ」
客室には洗面所があるのに、ゼルドさんは髭を剃ることも髪を整えることもせず僕が眠るベッドのそばから離れなかった。
いつ僕が目を覚ましても、一番に顔が見られるように。
「そーゆートコ、かなわねーなって思った」
ゼルドさんがお風呂から上がってきたら、ダールはすぐ客室から出て行った。
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