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第1部 終わるかもしれない新生代

第3話

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「……ぅ……ぐ……」

 なんとか立ち上がったヒーローだったが、足がふらついていた。
 そこに獣機の左腕が向けられる。

「これはどうかな」

 手首から先が、外れるようにパカッっと開いた。
 ショートして動かない左手がだらりと下に垂れる。

 その断面から覗いたのは、蜂の巣。
 それが多数の銃口であると彼が気づいたときには、すでに遅かったのだろう。

 マシンガンを撃つような、激しく続く銃声――。

「あッあッあアァアアアッ!」

 赤と黒の色で構成された密着型スーツ前面から、次々と火花があがった。
 あえぎ声とともに、ヒーローの体が痙攣する。

「これで終わりだ」

 今度は右腕の刃が格納され、右手首が外れた。
 こちらは蜂の巣ではなく、不気味な円形の広い闇が一つのぞく。

 直後、銃声というよりも爆発音に近い音がした。

「あ゛ああぁぁぁっ――――――――!!」

 同時に、大口径の銃をまともに食らったヒーローの声が響く。
 やがてそれが途絶えると、一瞬、時がとまったかのような静寂が訪れた。

 獣機の右腕からは、銃口より煙が一本。
 ヒーローのスーツからは、全体からあがる煙。大きく破損した胸部では、露出した回路が明滅している。

 その静寂は、ヒーローの手から電子警棒が落ち、床にぶつかった鈍い音で破られた。
 そして――。

 スーツが無数の個所で爆発を起こした。

「あっ、ああッ! あっあっ、あ゛あっッ! あッあッあアァアアアッ!!」

 断末魔のようなあえぎ声とともに、ヒーローの体が反る。
 ダメージの蓄積にスーツが耐え切れなくなったのだ。

「……ぁ……」

 かすかなうめき声とともに、ヒーローの膝はガクリと折れ、ゆっくりと倒れた。
 床にうつ伏せで沈むと、スーツの頭から足先まで全体が光り、消滅した。

「変身が解けたか。これまでのようだな」

 黒のインナーシャツにスパッツという姿を晒したヒーローに、獣機が冷たい声を放った。

「……ぅ……ぐ……」

 露になった真っ黒な髪は、激しく乱れていた。
 うつ伏せで倒れているため、顔まではうかがいしれない。だが、もがくように動く手と漏れるうめき声が、ダメージをよくあらわしていた。
 筋肉で盛り上がっている臀部や、鍛えられた脚。それらにも必死に力を入れているように見えるが、立ち上がれそうな雰囲気はない。

 獣機が、左腕の蜂の巣状になっている銃を構えた。

「さて、とどめを刺――」
「ま、待った……!」

 そこでヒーローの前に立ったのは、日本人にしてはやや色素の薄い茶色がかった髪の青年。
 手には椅子を一つ持っている。

 教卓の陰に隠れていたはずの大学生・ワタルだった。






 獣機の前に立ちはだかったワタル。
 ヒーローが殺されかけている状況に、思わず飛び出してしまった。

 せめて武器代わりにと手にしていた椅子を、思いっきり投げつけた。

「……!」

 当たり所がよかったのだろうか。
 獣機の首と肩から火花が散り、わずかにうめき声のような音が聞こえた気がした。

「まだいたのか。そんなに先に死にたいなら、願いを叶えてやろう」

 ゆっくりと近寄ってくる獣機。
 ワタルは恐怖で後ずさる。

「……っ!」

 つまずいて、尻もちをついた。
 そのまま後ろに下がっていくが、やがて壁に背中が当たり、詰みとなった。

「ただし、楽にではなく苦しんで、な」

 冷たい声と共に、獣機はふたたび右前腕の刃物を出した。
 切り刻む気だ。

 振りかぶられた刃物が照明で鋭く光ると、ワタルは腕を前に出して歯を食いしばった。
 が――。

「グアアアアアッ――!!」

 獣機の悲鳴。そして首の関節から激しいショート音がし、火花を散らした。
 その双眸から、光が消えた。

 静寂。
 振りかぶったまま、獣機は停止した。

 不思議に思うワタル。
 獣機の足元に電子警棒が落ちたことで、やっと何が起きたのかを理解した。
 ヒーローが獣機の背後からスタンガンモードにした電子警棒を投げ、それが首の関節に命中したのだ。

 停止した獣機の背後に、上半身だけを起こしたヒーローの姿。

「――!?」

 ワタルの目は、驚愕により見開かれた。

 ボサボサ気味の真っ黒な髪。自然な眉毛。
 意志の強そうな、大きく黒い瞳。
 シュッとした鼻。
 少し苦痛で歪んではいるが、きれいな顎や頬のライン。

 初めて見るヒーローの素顔は、ワタルが思っていたよりも若く。
 どちらかというと、青年というよりは、少年という表現のほうがふさわしかったからだ。



(続く)
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