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第1部 終わるかもしれない新生代

第13話

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「ハヤテ。気をつけて! この人、たぶんだけど……むかし興味本位で火星に違法人工知能ロボットを捨てて、太陽系を獣機だらけにした張本人、山中穣博士だ」

 ワタルがそう言うと、ハヤテの大きな目は、さらに見開いた。

「な、なんだって……? でもよ。そいつ死んだって習ったぞ」
「うん。襲撃されて殺されたはずだ。この人の体はもう生身じゃないんだと思う」

 現時点での結論を伝えたワタル。
 ハヤテが支部長の男を睨み、電子警棒を構えた。

「あれえ? ボクはまだ肯定も否定もしていないのに、なんでそんなもん構えちゃうの? おっかしいなあ。ボク、君の上司なんだけど?」

「ワタルはいい加減なことは言わねーよ。それに、上司だろうが何だろうが、その手に持ってるもんはなんだ? その白衣の返り血はなんだ? 怪しすぎるだろ」

 支部長の男が楽しそうに、手にしている拳銃を指にかけてクルクルと回した。 
 そして笑い出すと、ワタルのほうを向いた。

「三条君。君なかなかにカンがいいね。君が支部職員だったら、ボクが本物の支部長を殺してすり替わったとき早々にバレちゃってたかもしれないなあ。危ない危ない」
「……」
「そうだ。三条君は一つ、間違ってるよ。あ、三条君だけじゃないね。当時みんな間違ってたかなあ。ボクが火星に違法人工知能ロボットを捨てたのは『興味本位』なんかじゃないよ? テキトーに捨てたんじゃなくて、ちゃんと計画を立てたうえで捨てたの」

 支部長の男、いや山中博士は、左手でポイっと何かを放る仕草をした。

「ボクには、人間の脳を模した違法人工知能のロボットを宇宙に捨てたらどうなるのかが、最初からわかっていたんだ。いま太陽系が獣機のコロニーだらけになっているのは、ボクの計画どおりだよ?
 ボクは捨てた違法人工知能のロボットに、ボクのことを『大いなる父』と刷り込んでいたし、獣機を恐怖で服従させるための『死の鍵』の受容体プログラムも仕込んでいた。
 太陽系中に獣機の文明が広がるのを待って、その上でボクが太陽系すべての獣機の上に立つ。で、そのうち地球も陥ちるだろうから、そうしたらボクが名実ともに太陽系の王になれるって算段だったわけ」

「お前、そんなイカレたことを考えてたから殺されたんじゃないか?」

 電子警棒を構えたままのハヤテがそう言うと、山中博士は少し上を向いた。

「計画どおりじゃなかったのは、まだ準備が完全じゃないときに殺されたことくらいかなあ。
 しかしみんなバカだよね。なんかボクが殺されたときにさ、みんなSNSで『ざまぁ』とか盛り上がってたみたいだし。生身だといつ死んでもおかしくないんだから、自分の脳波が停止したらバックアップが立ち上がる仕組みくらい作ってるのにね。まあそれも違法なんだけどさ。
 ただ、『死の鍵』の発動にボクの遺伝子が必要な仕組みにしてたから、生身の体がなくなっちゃったおかげで、ボクだけでは実行できなくなった。でも『死の鍵』が必要なのはまだ先の話だったから、ボクはじっくりと、ボクの遺伝子を持つ人を探してたんだ。ヒーロー組織にもぐりこんだのは正解だったね。見事に三条君が釣れた。素晴らしいよねえ。
 生身の体があるときに女の子を孕ませまくっといて良かった、って思うよ。リクス管理バッチリでしょ? 子孫を見つけるのにちょっと時間かかっちゃったけどね」

「じゃあ、やっぱり僕は――」
「三条君は理解も早いね。正解! 君が獣機に『死の鍵』って言われたってことは、君はボクの遺伝子を持つとってこと。つまりボクの血を引いてるんだろうね」
「ぅっ……」

 急な吐き気を、ワタルは必死にこらえた。

「おやー。そんなに嫌かなあ? おかげで君は頭がいいのかもしれないのに」

 また山中博士が笑う。
 その笑いでふたたびワタルは吐きそうになった。

「まあ、そういうことで。とりあえず君が確保できたので、これから君を加工して半永久的な『死の鍵』をボクの体に埋め込むようにするよ」

「んなことは俺がさせない!」

 ハヤテが叫ぶと、山中博士は肩をすくめる。

「ん? ボクをとめる権利があるとでも思ってるの? 人形にすぎない君が」
「俺は人形じゃねーよ」
「いや、人形だよ? 自分が一度記憶を全消しされて再教育された死刑囚って、知ってた? あ、薄々は感づいてたりするのかな? 君、幼少の頃の記憶、欠けてるでしょ?」
「……あ?」

 ハヤテが聞き返している。

 ワタルの記憶には、関連がありそうな会話があった。
 まずは、この施設入り口の扉の前で聞いた、職員の話だ。装置がどうだの、再教育がどうだのと、確かに言っていた。
 また、過去にハヤテ本人も、学校に行ったことがない旨の発言をしている。

「説明しようか? 宿題を忘れて、注意されただけで逆ギレして担任教師を撃ち殺し、駆けつけてきた他の教師二人も射殺。で、死刑。そんなバカな小学生がいてね。それが君だ。君の人生ってそこで終わってたの」
「……!」

「国際法と国内少年法が改正になってから、死刑になる子供がちょくちょく出るようになってたから、それを引き取って、装置にかけて記憶を一度全部消して、別の装置で言語とか最低限の知識を植え付けて、新しい名前をつけて再教育して、獣機と戦わせる。世間の人は知らない事実だろうけど、それがヒーローの実態なんだよ?
 そういう供給口がなければ、ヒーローなんか減る一方だからね。いくら子供には人気といっても、殉職の危険がある仕事なんて実際は誰もやりたがらないんだから」

 山中博士が、拳銃をハヤテに向けた。

「てことで、そもそも上杉ハヤテなんて人間は存在しないの。君は処刑済みの肉の塊が動いてモノを言うだけの人形。人形は人形らしく、分をわきまえてね」

 ハヤテの視線と、構えられていた電子警棒がわずかに下がったのを、ワタルは見逃さなかった。

「ハヤテ! 違うよ。騙されないで。ハヤテはハヤテだよ。
 人間は体ありきじゃない。人格ありきだ。その話が仮に本当だったとしても、それは君の体に何年か存在した人間が死刑になって死んだという話で、上杉ハヤテという人間には関係ない。上杉ハヤテとして再出発した日が、君の誕生日なんだ。
 ハヤテは人間として生きてるよ。僕を獣機から助けてくれたのもハヤテだし、僕と一緒にタクシーに乗ってくれたのもハヤテ。うちに泊まって恥ずかしがってくれたのもハヤテだ。僕より年下だけどしっかりしてて、かっこいいヒーローだ。ちゃんと人間として存在しているし、人形なんかじゃない。僕が保証する。安心して」

 言い終わると、ワタルは一つうなずいた。

 するとハヤテは、ワタルの言葉の途中から少し開いていた口を、ギュッと結んだ。
 山中博士を見据えたまま、小さく、だが力強くうなずき返す。

「おっさん、もう無駄口叩かなくていいぜ」

 ハヤテが電子警棒のスイッチを押した。

「装着!」

 その言葉でハヤテの体全体が光り、赤色と黒色の密着型特殊戦闘ボディスーツに身が包まれた。

「俺がここでお前をとめる。みんなの未来のためにな」



(続く)
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