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第2部 犯罪者競技の祭典・東京五輪2XXX

第27話

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 五輪テニス会場の有明コロシアム付近で、人型獣機の可能性がある不審者が出現。
 その知らせを受けたワタルとハヤテは、現場に向かっていた。

 移動手段は、車だった。
 普段担当しているエリアの仕事であれば、特殊戦闘ボディスーツの性能を生かし、建物の屋上を飛び移るなど、自分の足で行くところである。
 しかし他エリアへのヘルプであったり遠隔地まで行く必要があれば、車で高速道路を走ることもない話ではなかった。

「俺、高速道路って苦手だったんだよな」
「えっ」

 自動運転のため運転席で腕を組んで前の景色を見ていたワタルは、驚いて助手席のハヤテを見た。

「えっ、ってなんだよ」
「いや、ハヤテが聞かれても無いのに自分のことを話すなんて珍しいなって」
「あれ? そうか? あー、そうなのかな」

 助手席で黒髪をポリポリかいてしまったのを見て、
「さえぎってごめん。どうして苦手だったの?」とワタルは続きをうながした。

「いや、狭いし、景色もすぐ飽きるしな。眠くなるというか」
「今も眠いの?」
「いや、なんでか知らないけど、今は全然眠くないぜ」

 いつもと違って、お前がいるからかな? とハヤテが頭の後ろに手を組んで笑う。
 彼は嘘が得意ではない。というよりも嘘をうまくつけるほど性格が器用ではない。きっと本当にそう思っているのだろうとワタルは考えた。
 と同時に、現場に着いてからはまた緊張の連続となる。車の中くらいは休んでほしい――とも考えた。

「俺、ちゃんと勉強したことないから詳しく知らないけど。昔って車は空を飛んでたんだろ? 昔の人は移動中に眠くなるなんてなかったんだろうな」
「うーん。多少はマシ、くらいじゃないかなあ……。やっぱり眠かったんじゃない?」
「なんでだ?」

「高度制限と速度制限が厳しかったんだ。コースも好き勝手に飛べるというわけじゃなかったみたいで」
「へー。ああ、でも当然なのかな? みんな好き勝手に飛んだらぶつかるもんな」
「そうだね。まあヘリコプターとかドローンにぶつかるといけないからとか、墜落したときにまずいところを飛ばれるとまずいからという理由もあるけど」
「でも、なんでせっかく空を飛ぶようになったのにやめたんだろな?」

 思ったよりも食いつきがよい。
 ワタルの中で、少しイタズラ心が顔を出した。

「地球には重力があるから。陸地での移動はそれになるべく逆らわないほうが合理的――各国の官邸のAIがそのような結論を出したんだ。最初はそれでも企業が夢を求めて、空を飛ぶ車を作ってたらしいんだけど、だんだんそれもなくなって、自動車は地上に戻ってきた」
「……」
「ハヤテ」
「ん?」
「過去の歴史で、人の持つ夢って、その時代においては不合理なことが多かったと思うんだ。でも、それでも人は夢を追い求め続けていたと思う」
「夢、か。んー。難しい話だな。よくわかんねえかも」

 ハヤテが首をひねったり、ボサボサ気味の黒髪を掻いたり。
 ワタルは続けた。

「スポーツ選手にしてもさ。昔はプレーで子供たちを喜ばせて、お金を青天井で稼げて、いろんな人が憧れる仕事だったんだよ。けど、AIはスポーツというものを評価しなかったんだ。そりゃさ、選手が速く走ったり重いものを投げたり持ち上げたりしても、それ自体が何か目に見えるエネルギーを生み出すわけじゃない。だからAIから見ればスポーツは金持ちの賭け事の対象でしかない非生産的なものでしかなかったんだと思う。でも、昔はスポーツ選手はみんなに夢を与えていた。それは事実で間違いなかった」
「……」
「AIってさ。人の持つ夢に対して、感情的で不合理、非生産的なものとして低い評価値を出してしまいがちなんだ。けどさ、目先の合理性にとらわれすぎると、不合理の積み重ねの先にしかない合理には決してたどり着けないような気がする。どう思う?」
「ぁ? いや、わかんねえというか、んー」

「今、獣機が太陽系にあふれて人類が脅かされているのは、直接の原因は山中博士がAIロボットを宇宙に捨てたからだけど、その後の大繁殖や独自の文明発展を招いたのは、各国の政府がAIのアドバイスに従って宇宙開発をやめていったせいってこともある。AIは宇宙開発をコストに見合わないものとしていたからね」
「あ、ああ。よくわかんねえけど、そうなのか」
「なんかさ、人間が夢を捨てた代償を今払わされている感じがして、皮肉だなって思わない?」
「……眠くなってきた」
「ふふ。おやすみ」
「お前、やっぱり意地悪だぞ? わざと変な話してるだろ」

 ハヤテの首から完全に力が抜けた。
 完全に背もたれに体重を預けたようだ。
 そして目を閉じている。

「戦士には休憩が必要だよ。ふふ」

 着いたら起こすからさ――そう言って、ワタルは景色の鑑賞に頭を切り替えた。



(続く)
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