猫の先生は気まぐれに~あるいは、僕が本を読む理由

中岡 始

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本の内容が会話のネタになる?

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 ガラッ──

 教室の扉を開けると、朝のざわめきが耳に飛び込んできた。

 「昨日のサッカーの試合見た?」
 「やっぱ○○選手すげーよな!」
 「後半のあのシュート、マジで神だったよな!」

 男子数人が、机を囲んで盛り上がっている。

 陽向はいつものように適当に席に着き、リュックを下ろす。
 特に会話に加わるつもりはなかったが、完全に無視するのも微妙なので、適当に相槌を打つ。

 「へぇー、すごかったんだ」

 「お前、見てねぇの?」

 「まあ、なんか別のことしてて……」

 そう言いながら、陽向はふと昨日読んだ『走れメロス』を思い出した。

 ── メロスも、仲間のために命がけで走ってたよな……。

 ── なんか、今の話とちょっと似てね?

 気づけば、ぽろっと口から言葉がこぼれていた。

 「なんか、メロスっぽいよな」

 ── あっ。

 言った瞬間、陽向は一瞬硬直した。

 周りの男子がピタッと会話を止め、陽向を見た。

 「……メロス?」

 「お前、メロス知ってんの?」

 「え、お前国語の授業聞いてたの?」

 「いや、だから別に、ちょっと読んだだけだし……!」

 陽向は慌てて誤魔化す。

 が、意外にもクラスメイトの反応は悪くなかった。

 「メロスってさ、あれ結構熱い話だよな!」
 「メロス、ガチで走りすぎだろww」
 「俺だったら絶対途中で諦めるわw」

 思いのほか、話が広がっていく。

 「……あれ?」

 陽向は内心驚いた。

 今まで、本の話なんてわざわざすることもなかった。
 でも、こうやってちょっと話題に出しただけで、意外とみんな普通に話してくれるんだな……?

 ── 本って、思ったより会話のネタになるのかも?

 ぼんやりとそう考えた瞬間、どこからともなく聞き慣れた声が響いた。

 「フン……やはり読書は役に立つな」

 「……え?」

 陽向が声の方向を探すと、教室の入口で、トラ老師がどっしりと座っていた。

 「うわっ!? なんでお前がそこにいるんだよ!!」

 「む? 俺は朝からずっとここにいたぞ」

 「いや、堂々と校内にいるな!!!」

 驚いて駆け寄ると、トラ老師はまるで「当然だろ?」と言わんばかりに胸を張った。

 「お前、気づいていなかったのか? フン、やはり人間は注意力が足りんな」

 「いや、普通気づかねぇだろ!!」

 陽向は顔を抑えながら深いため息をつく。

 「てか、何ドヤ顔してんだよ……」

 「フフン」

 トラ老師は、明らかに誇らしげに喉を鳴らし、のんびりと前足を舐め始めた。

 「お前が読書の力を理解し始めたことを、俺は見逃さなかったぞ」

 「別に、理解したわけじゃねぇし!」

 陽向はむくれながらも、チラッとクラスメイトの方を見た。

 「……でも、まあ……本の話って、意外と会話になるんだな」

 つい、そう呟いてしまう。

 その言葉を聞いたトラ老師は、再び胸を張って言った。

 「フン、当然だ」

 「……だからその顔やめろ!!」

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